祖父さんのラジオ
奈那美
第1話
おれのとうさんの、父親だ。
田舎の家にひとりで暮らしていて、近所づきあいもほとんどしないへんくつものだったらしい。
とうさんは高校を
もちろん、とうさんたちは結婚の挨拶にも行ったし、結婚式には去年亡くなった
でも、それだけ。
俺という孫の顔を「見せに来い」というわけでもなく、見に押しかけてくるでもなかったらしい。
本家ではないので祖母さんが亡くなるまでは墓も無く、おかげで俺は田舎には縁遠い
『らしい』
こんな伝聞ばかりって、変だと思うだろ?
でも仕方が無い。
全部、
俺の両親は、もういない。
祖母さんの葬儀に、両親そろって参列した帰り道で事故に遭って、そのまま帰らなかったんだ。
たまたま、俺は大事な試験を受ける日で、参列できなかった。
そのおかげで今も生きているのだけど、正直さびしくてつらいときもある。
おもてには、出さないようにしているけどな。
両親の葬式は、さすがに祖父さんが喪主を引き受けてくれた。
俺が、まだ未成年だったから。
葬儀のあれこれは、親戚が手伝ってくれた。
そのときに、昔のことをいろいろ教えてもらったんだ。
その親戚は面倒見がいい人で、俺にはわからない諸々の手続きを一緒にやってくれた。
保険とか、相続とかいろいろ面倒だったけど、すげぇ助かった。
よくネットとかで“親戚にだまされて”なんて読んでたけど、そんなこともなかった。
で、その人は祖父さんに『
でも祖父さんはソッコー却下してたらしい。
『わしは、ひとりのほうが性にあっとる』とか言っていたと。
そういうわけで、祖父さんと俺は別々に住んでいたんだが、その結果がこれだ。
祖父さんは持病がもとで、家を出たところで倒れてて。
発見も遅くて救急車が来たときにはすでに、ということだったと聞いた。
親戚の助けを借りて、通夜・葬儀とひととおり終わることができた。
早いかとは思ったが、納骨も済ませてもらった。
『もう遅いから、うちに泊って明日帰ったらいい』と親戚が言ってくれたが、甘えっぱなしなのは悪い気がした。
といって祖父さんの家にひとりでいるのもぞっとしない。
だから、無理を承知で自宅に戻ることにした。
帰る前に祖父さんの家に行き、形見代わりにと文机の上に置いてあった古いラジオを持ち帰らせてもらった。
自宅に帰りついた時には、深夜になっていた。
疲れていた俺は窓を開け放ち、着替えもそこそこにベッドに倒れこむように入り、眠りについた。
ラジオは、朝起きたら使うつもりで机の上に置いた。
窓を開け放つなんて不用心───そう思うかもしれないが、俺の部屋は十五階建てマンションの八階。
ベランダ側の窓以外は、真冬でなければ在宅時には開けているんだ。
ふと、目が覚めた。
一度寝たら起きない俺にしては珍しいことだ。
目をつぶり寝返りをうって寝なおそうとした俺は、ハッと目をあけた。
(音がする……なんの音だ?)
かすかに“ザザ……ザ、ザザ……”という音が聞こえた。
暗闇の中で耳を澄ます。
“ザザ……ザ、……マエモ…、ザザザ……レバイイ”
雑音に混じって、声が聞こえる気がする。
音の出どころが部屋の中なのか外なのか。
確認しようと思った俺は、ベッドのヘッドランプをつけた。
白い光が部屋を満たしたとたん、音はピタッとやんだ。
部屋の中には、もちろん誰もいない。
開けっぱなしの窓に近づいて外を見ると、都会の喧騒にあふれる闇が広がっている。
ここは八階だというのに、煩い……普段は気にもならなかったが改めて聞くと結構な騒音だ。
(どうして、こんなに煩いのにあんな微かな音が聞こえたんだ?俺の気のせいか?)
ふと、机の上に置いたラジオを見た。
電源は入っていない。
結局、二度寝できないまま朝を迎えた。
その日からずっと、毎晩のように微かな音が聞こえるようになった。
“ザザ……ザ、ザザ……ザザ……、ミンナソ……ザザザ……ビシイダロ……”
“ザザ……ミンナマ……ザ、…マエガク……、ザザザ……デクラソ……”
毎晩のように聞いていると耳が慣れてきたのか、雑音の合間の声が何かを語りかけているように聞こえてきた。
それも、男性のようだったり女性のようだったり。
なんだか複数の人が、かわるがわるしゃべっているみたいだ。
何かの怪奇現象?誰かに相談するか?とも考えた。
けどそんな変な話、友達に言ったって『気のせいだろ』って笑われるだけだ。
(逆に、なにか音楽でもかけて寝たら、聞こえないんじゃないか?)
そう考えた俺は、祖父さんの家から持って帰ったラジオを点けて寝ることにした。
普段、音楽聴くときはスマホ&イヤホンだけど、さすがにイヤホンつけて寝る気にはなれなかった。
ラジオを手に取る。
(小学校で授業の時に“消えゆく昔のモノ”って担任が古いラジオの実物を持ってきて、見せてくれていたのが役に立つとは思わなかったな)
アンテナを伸ばして、スイッチをいれる。
“ザザ……ザ、ザザ……”
音が聞こえてきた。電池はまだあるらしい。
本体の横についた丸いつまみを少しずつ動かしていくと急に雑音が晴れて、クリアな音質で軽快なおしゃべりが聞こえてきた。
テンポの良いしゃべりと最新のヒットソングが、交互に流れている。
「このチャンネルでいいかな」
俺はラジオを点けたままベッドの枕もとに置き、眠りについた。
真夜中になった。
きっと、いつもの微かな音が聞こえてくる時間だろう。
毎晩のように目覚めるから、つい習慣で目が覚めてしまったようだ。
でも、今夜はラジオがついているから聞こえないはず……?
ラジオからの音声が流れていないことに気がついた。
(電池切れか?)身体を起こして、枕もとのラジオを手にする。
電源が入っていることを示すランプはついているのに、音が出ない。
つまみを回しても、なにも変わらない。
故障か?
そう思った時に、手にしたラジオから急に音がした。
びっくりした俺は、ラジオを自分のひざの上に落としてしまった。
音と聞こえたものの正体は声だった。
ボソボソとした、でもはっきりとしたしゃべり声。
“オマエモコッチニクルトイイ”
“ソッチハモウヒトリボッチダロウ”
“ミンナモウソッチニハイナイカラネ”
何なんだ?誰の声?
身震いがした。
ラジオから目を離して、部屋を見回す。
ひとり暮らしの部屋だ。
俺以外にはだれもいな……。
ベッドの周囲に、ぼんやりと光る塊があった。
ぜんぶで四つ。
ゆらゆらとゆっくりゆれている。
ラジオからの声が続く。
“オマエモヒトリボッチハサビシイダロウ”
“ミンナオマエガクルノヲマッテイル”
声がするたびに、塊がゆらゆらと動く。
気のせいか、さっきよりはっきりとした姿になってきたようだ。
姿が見えるだけじゃない。
塊からも声が聞こえていた。
ラジオからと塊から。
二重奏の声が、増幅されて響いてくる。
“コッチデミンナイッショニクラソウ”
“カゾクミンナデイッショニクラソウ”
“サアコッチヘクルンダ”
突然、塊が人の形をとり、八本の手が同時に俺に向かって伸びてくる。
く……来るな!こっちに来るな!
俺は手から逃れようと、ベッドの上で、窓がある壁にはりつくように身体を縮こまらせた。
背中を丸め、両腕で頭を抱えて膝の間に入れる。
ゾワリ……
冷たいような温かいような感覚が両腕と両足とを這いずり回る。
その異様な感覚にプツプツと鳥肌が立つ。
───いつの間にか手足の表面を這い回っていた感覚が、ぞわりぞわりと肌の内側を這っている。
その感覚がどんどん身体の中を、頭の中を這いまわる……。
無数の虫が這いまわるような───
いやだぁぁぁ!
やめてくれぇぇぇぇ!
俺はその感覚から逃れようと、手を振り払い窓から外へと逃げ出した。
開いた窓から入る風が、カーテンを揺らす。
朝の白い光が、乱れたベッドを照らす。
ベッドの上には、バラバラに壊れたラジオがひとつ───
祖父さんのラジオ 奈那美 @mike7691
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