第91話『財宝を暴く⑯』

――――――……


「やっぱり改めて報告をした方がいいんじゃないですかっ!? 【迷宮の蟻】が生きているというのもそうですし、『錬金術の悪魔』についても決して割愛していい情報ではないと思います!」


 列車の走行音にも負けじとシャロが熱弁する。

 私が回想に耽っている間、まったく憎たらしいほどに正論を述べやがってくれた。

 そんなことは私だって分かっている。もし今後『錬金術の悪魔』らしき悪魔が発見されたら、その周辺を監視していれば【迷宮の蟻】も一緒に釣れるかもしれない。


 だが、そんな馬鹿正直な報告はしない。

 なぜなら、私の立場がマズくなるからだ。聖女の娘メリル・クラインが忌まわしき悪魔に情けをかけたなど、断じて教会の公式記録に残すわけにはいかない。


「いいんですよ。寛大な心で見逃してあげましょう。そんなに悪い悪魔でもなかったんですから――」

「だからこそ、です!」

「はい?」

「ちゃんと見逃してあげるためにも、きちんと【迷宮の蟻】は悪くない悪魔だったと報告した上で、一連の顛末について正確な記録をすべきだと思います!」


 私は首を傾げた。

 てっきりシャロは「教会に事実を報告して、【迷宮の蟻】を再追跡・討伐すべき」と主張しているのかと思ったが。


「見逃すこと自体には反対しないんですか?」

「はい」


 あっさりとシャロは頷いた。


「本当にいいのかな、と最後まで迷ったのは事実ですけれど。それでも、あの蟻さんたちを倒してしまうのは……違うと思いました。だからこそ」


 ごくんとシャロは、意を決するように喉を鳴らした。


「しっかり、堂々と報告すべきだと思うんです。あの顛末を詳しく書けば、きっと教会の人たちだって【迷宮の蟻】がそんなに悪くない存在だって分かってくれると思います。メリル・クライン様のお言葉であればなおさら」


 私は苦虫を噛み潰したような表情となる。

 なんで私が悪魔のためにそんなことをしなければならないのか。


「やめておけ」


 私が苛立ちながら反論を考えていると、白狼が横から会話に滑り込んできた。

 心なしか、その赤い眼光がいつもより鋭い気がする。


「教会は我らを『討つべき絶対悪』と定めている。この娘の威光がいくら大きかろうと、一声でそれを覆すことはできまい。悪目立ちして逆効果となるだけだ。この娘もそれを分かっているからこそ、軽々に事態を公表せんのだ」

「で、でも――」

「それにだ。我も少し、思い至ったことがある」


 白狼はシャロを見て、こう尋ねた。


「貴様は己自身が恐ろしい、と言っていたな。己が悪魔なのではないかと疑うことがある、と」

「は……はい」

「案外、あの極端な教義はその対策なのかもしれん」


 呆れたように、嘲笑うように、白狼は僅かに口の端を上げた。


「我らを絶対悪に貶めれば、それを討つ悪魔祓いたちは絶対善となる。悪魔などではなく、人間であることを証明できる――という具合でな」

「えっ……」


 なんか変なことを言う犬畜生だな、と私は思った。

 犬の癖にカッコつけて教義を語るなぞ百年早い。


「狼さん。それは考えすぎですよ。ママもユノ君もヴィーラさんもシャロさんも、みんなどこからどう見ても普通に人間じゃないですか」

「……そうだな。少なくとも貴様は、そんなことを気にもするまいな」


 微かに笑った白狼が、車窓を眺めにスタスタと客車の脇へと歩いていく。

 シャロは何やらじっと考え込んでいたが、所詮は犬の戯言である。そんなに深く考えなくていいだろうに。

 と、二人だけになったところで、私はふと今回の本題を思い出した。


「そうだ、シャロさん! よければですけど、今後も機会があったら私の仕事に同行するつもりはありませんか?」


 使い勝手のいいボディーガードの調達という本題である。目の前で事件を解決してみせたわけだし、シャロもちょっとは私に畏敬の念を抱いたことだろう。

 そこに付け込んで、これからもいい感じに利用させてもらいたい。


「そ、それは――大変嬉しいです。わたしなんかに、恐縮です」

「うんうん。それじゃ今後とも……」

「でも、もう大丈夫です」


 ん?

 何が大丈夫なんだ?

 疑問に目を細める私の前で、シャロは元気そうに両手をぎゅっと握ってみせた。


「わたし、悪魔祓いになるのはきっぱり諦めます」




――――――――――……


「あー……」


 無事に帰り着いた自宅。

 自室のベッドでごろりと仰向けになりながら、私はひたすらに自問自答していた。


 ――どこでミスった?

 ――なんでこうなった?


 なんとあの直後、シャロは悪魔祓いの候補生という立場を捨て、教会の資料室へ勤務希望を出したのだった。

 一定の歳に達した候補生が神職などに移る例はよくあるらしいが、資料室のように地味な裏方仕事というのは、過去に例がないという。


 なんでまた、そんな地味な仕事を。

 この私にこき使われる方がよっぽど名誉だろうに。


「あの小娘が心配か?」


 ずしん、と。

 庭から地鳴りのような足音。窓を振り向けば、白狼がデカい面を下げて立っている。


「別に。資料室なんて心配することもないでしょう」

「そうとも限らんぞ」


 しゅるり、と白狼は一瞬にして身を縮め、窓から室内に飛び込んできた。

 器用な真似が上手くなってきたものである。


「あの小娘。『悪魔が本当に悪い存在なのかもう一度確かめてみたい』と息巻いていたからな。あの姿勢で教会のお偉方に目を付けられなければよいが」


 呆れたようにそう言いつつも、白狼はどこか楽しげである。


「だけど、そういうことなら実地学習で私のお供をする方が効率的だったと思うんですけどね。資料を漁るよりも実物の悪魔を見る方が勉強になるでしょう?」

「む。それについては、我の方から定期的に伝えることにした」

「……はい?」

「妥当な判断だろう。あの小娘では最前線についてくるには力不足だ。我が代わりに現場での体験を伝えた方が手っ取り早い」


 何言ってんだこいつ。

 シャロ本人がついてくるならともかく、資料室勤務の裏方にわざわざ私の実情を伝えて何になるというんだ。何のメリットもない。無駄な情報漏洩にも程がある。

 と思っていたら――


「というのも、貴様の活躍について建前でなく『本当のこと』を記録しておきたいと言うのでな」

「ぶっ!」


 思わず私は噎せ返って、ベッドの上から飛び起きる。

 情報漏洩どころじゃない。大々的に私の恥を公表しやがるつもりか。


「待ってください! それは公表したらマズいって狼さんも言っていたでしょう!?」

「今はな。だが、いつか公表できる日がくるはずだ」


 白狼はしんみりと空を仰いだ。

 その空を仰ぐ仕草が非常に情緒に溢れていて、大変ムカついた。


「きっと、そう遠くはあるまい」


 永遠に来ないぞそんな日は。来てたまるものか。

 私はげんなりとした顔でそう思った。





――――――――――……





 ――以上で、本日のお話は終わりです。


 みなさんは将来、悪魔祓いになるかもしれない方々です。

 だからこそ悪魔についてよく知ってもらいたいと思い、拙いながら講義の場を持たせていただきました。


 はい?

 結局、悪魔のことはよく分からなかったって?


 そうです。それでいいんです。

 実際のところ、会ってみるまでよく分からないんです。もしかしたら【瀉血の蚊】も凶悪な悪魔だったかもしれません。わたしの憶測が正しいなんて保証もありません。


 でも、いつか悪魔に出会ったとき、徒に怖がらないでください。

 恐れずに向かい合うことで、見えてくるものがあると思いますから。


 はい、やっぱりよく分からないですか。

 では次回はもっと具体的なお話をしましょう。あのの初任務の話なんてどうでしょう――……

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二代目聖女は戦わない 榎本快晴 @enomoto-kaisei

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