第5話「『悪魔祓い』と『聖騎士』」
「説明が遅くなり申し訳ありません。あの荷馬車は異国の商人が手配したものなのです。中身は船来の希少な薬草だったと」
教会支部に戻るころには、ドゥゼルも増援要請の手続き仕事を終えていた。
そこで積み荷の件を尋ねてみたところ、彼は淀みなく答えた。
「異国の者ゆえ、あの峠に悪魔が棲んでいるなど知らなかったのです。だから通商ルートに組み込んでしまい、不用意に通行してしまったと。そう訴えておりました」
「そうですか……ありがとうございます」
説明を受けた私は、どことなく違和感を覚えていた。
被害の件数が一件限りならこれで納得したかもしれない。
しかし、高額な積み荷を載せた馬車が一台失踪したら、どんな商人も必死になって再発防止を講じるものではないだろうか。
今回の白狼によるものとされる被害は馬車だけでも35台。これがすべて同じ商人の手配したものだというのは、あまりに無策が過ぎる。むしろ被害額を進んで増やしたようにすら思える。
「ん-……」
「メリル様。何かご不明な点でも?」
「いえ、このくらいで大丈夫です。もう眠いですし」
釈然としない点はあるが、別に私は本気で真相を究明しようとしているわけではない。ただ戦いを先延ばしにするため調査のフリをしているだけだ。
そもそも、最終的にはあの悪魔の仕業に決まっているだろうし。
大きくあくびをした私に、ドゥゼルが思い出したように告げる。
「ああ、そうですメリル様。本部からの増援の件ですが、順調に要請が通りそうですよ。早ければ明日にも追加人員が到着するでしょう」
「え! 本当ですか!」
「はい。悪魔祓い様ではなく、聖騎士団の方ですが」
なんだ、と私は肩を落とした。
教会の持つ戦力には二種類いる。
母のように奇蹟的な力を持って生まれた『悪魔祓い』と、一般的な兵士が聖別武器などで武装した『聖騎士』。前者は単騎で悪魔を相手取れるのに対し、後者は質より量という印象が否めない。
「ご安心ください。メリル様の初任務を支えられるよう、精兵中の精兵を送ってくださるそうです」
「……それはどうも、ありがとうございます」
まあ、ただでさえ希少な悪魔祓いを同じ現場に二人以上投入するなど、普通はありえない。
私自身が悪魔祓いとして認識されているのだから、そもそも増援を認めてくれただけでも異例の扱いなのだ。
(でも、やっぱりそんな連中に任せるのも不安だし、
私は再びあくびを漏らして、寝泊りしている客間に足を向ける。
ちなみに下っ端連中は礼拝堂で雑魚寝である。討伐を先延ばしにすればするほど彼らの疲労は蓄積するだろうが、社会勉強だと思って耐えて欲しい。
客間に戻った私は、大して柔らかくもない安物のベッドに身を埋める。
そして眠りに落ちる前に、ほんの少しだけ考える。
――さらなる言い訳を。方便を。あの悪魔との戦いを拒絶できる建前を。
―――――――――――……
増援が到着したのは翌日の夜遅くだった。
漆黒の外套に身を包み、どこか殺伐とした空気を纏ったものが二十数名。
正直なところ、私の知る聖騎士とはずいぶん様子が異なっていたので驚いた。聖都に駐留していた聖騎士たちの多くは、上等な絹の外套に白銀の鎧を纏って、貴族のように堂々と振る舞っていたものだが。
私の背後に控える下っ端連中も、どこか訝しむ表情になっている。どうやら同じことを考えているらしい。
「駐留部隊と実働部隊は性質がまったく違うのですよ。悪魔のように狡猾な存在を狩るためには、同じく狡猾な戦士が求められるのです」
怪訝な顔をする私たちにドゥゼルはそう説明してきた。
「へえ、そういうものなんですね……。全然知りませんでした。てっきり聖騎士といえばみんな、聖都にいるみたいな人たちかと」
「はは。ああいうのは、住民を安心させるための象徴のようなものですよ。真に人々を護っているのは、血と汗にまみれて泥臭く戦う者たちなのです」
泥臭いというより、目の前のやさぐれた連中はどこか酒や煙草臭いような気がしたが、夜を徹して駆けつけてくれた者たちにそれを言うのはさすがに憚られた。
なので、当たり障りない謝辞でごまかしておく。
「勉強になります。いろいろとお詳しいんですね」
「大したことはありません。長いこと雑用をこなしてきただけですよ――さて」
そこでドゥゼルは黒い聖騎士たちにちらと視線を送った。
「有罪が確定するまで処刑を猶予なさるという方針は既に伝えております。が、彼らもまずは討伐対象の悪魔を直接確認しておきたいとのこと。急な話で申し訳ありませんが、これより峠に同行していただいても構いませんか?」
「えっ。今からですか?」
「はい。相手を確認した上で、戦術を組み立てておきたいと」
私が聖騎士たちの方に視線をやると、先頭に立っていた男が静かに頷いた。
「メリル様。どうなさいますか?」
下っ端の一人が尋ねてきて、私はしばし黙考。
正直、気乗りはしない。気乗りはしないが、あの結界が今後も効果を発揮し続ける保証もない。いざというときのため、始末の算段を練ってもらうのは必要か――
「あくまで様子見。この場では絶対に戦闘を避けるというなら、構いません」
熟考の末に、私はそう答えた。
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