第3話「助けてくださいお母様」


「はぁーっ!? どぉーして助けに来てくれないの! 聖女ママぁ!」


 峠からほど近い街の教会支部にて、私は電信機を乱打していた。

 実家に向かって送ったメッセージは『母ヘ。救援求ム』だったのだが、返ってきたメッセージは『娘ヨ。大丈夫。ガンバレ』だった。


 何が大丈夫なのか。

 だいたい、あんたがわたしを甘やかし過ぎたのが悪いのだ。おかげで私は何の力もないのに最強だと思いあがってしまって、こんな死地に赴くハメになってしまったではないか。親としてもう少し責任を感じるところはないのか。


 憤慨しながら私は『来イ。今スグ。来イ』と電信を打つ。

 実家からの返答は『忙シイ。無理。ガンバレ』の三単語。


 やがて母は新たな討伐任務にでも赴いたのか、電信を打ってもまったく返事をよこさなくなった。

 私は苛立ちのあまり、電信機の置かれた机を思いきり蹴とばした。


「メリル様、どうなさいましたか?」


 その音を聞きつけて、この教会の支部長――ドゥゼルという老人が駆けつけてきた。支部長といっても、こんな辺境の支部は部下もまともにいない一人経営だ。うだつの上がらない典型的な田舎神父といっていい。


「ああ、いえ。ちょっと机に脚をぶつけてしまいまして」

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。ご心配なく」


 むすくれたまま私は机から立ち、ドゥゼルに残りの用を言いつける。


「お母様は忙しいとのことだったので、教会本部に正式な増援の要請をお願いします」

「はあ……分かりましたが、なぜわざわざ増援を? メリル様ならばお一人でもあの程度の悪魔に後れを取ることなどないでしょう」

「それは――」


 私は一拍だけ置いて咳払いする。


「これから私はこの街で事件の詳しい調査を行わなければなりません。その間、万が一に備えてあの悪魔を見張っておく者が必要なのです」


 実は――この期に及んでも私は、自分が弱いということを周囲に隠していた。

 理由は単純。己が無能と告白してしまえば、これまで神の御子として散々に崇め奉られてきた名声をすべて失うことになってしまうからだ。


 そりゃあ聖女の娘だから今後も裕福な暮らしはできるだろう。

 しかし、これまで私に跪いてきた者たちは、一挙に掌を返して陰口を囁き始めるはずだ。

 そんな屈辱は私のプライド的に耐えられない。


 昨晩は命が助かるなら名声など捨ててよいとすら思ったのに、こうして安全圏に逃れることができた今は、なんとか体面を保とうと考えてしまっている。我が事ながら、つくづく人間というのは現金な生き物だ。


「しかしメリル様。あの悪魔はメリル様が結界で封じたのでしょう? それなら見張る必要など……」

「わっ、私は結界のような小細工は少しばかり苦手なのです! もちろん普通の悪魔祓いよりは遥かに優秀ですけど!? きっと大丈夫とは思いますけど!? でも念には念を入れるべきですから!」

「はあ……」

「とにかく、増援の要請をお願いします! できる限り迅速に!」


 私的な電信で母に直談判するのと違って、教会本部に増援要請をするのは事務的に面倒な手続きが必要になる。

 そのあたりはすべてドゥゼルに任せ、私は籠城の準備に入った。


 あの結界はハリボテだ。あの白狼はいまごろとっくに脱走しているだろうし、なんならこの街を襲いにやってくるかもしれない。


 そうした場合に備えて、私は増援の到着まで教会支部の地下壕に引きこもることを決心していた。一人で事件の推理に集中するという建前で。地下壕の外から「助けてくださいメリル様!」と悲鳴が上がっても、断固として扉を開かない覚悟で。


 そうして、食糧庫に赴いて日持ちしそうな食品をあれこれ漁っていたところ――


「あっ。メリル様! さきほどあの悪魔の様子を見てきましたよ!」


 教会本部から引き連れてきた下っ端の一人が、いきなり背後から声をかけてきた。


「……は?」


 私は驚愕のあまり、手に持っていた食糧をどさどさと床に落としてしまう。

 だって今頃、もうあの白狼は脱走しているはずで。つまり私の失態がバレたということで。私に対する苛烈な責任追及が始まるというわけで。


「いやあ、あの悪魔め。メリル様の結界に手も足も出ないようで、犬っころみたいに大人しく座ってましたよ」


 と思いきや。

 下っ端は普通にヘラヘラとしていた。曰く悪魔はろくに抵抗もせず、完全に諦めきった様子で佇むばかりだったという。


 その報告を聞いた私は、ある結論に辿り着いた。


(あ~よかった~! さっすがお母さまの指輪! あんないい加減な結界でも十分に効果があったようですね! いや、実は私って結界の才能はあるんでしょうか?)


 結界が十全に機能しているならば、黴臭い地下壕に引きこもる必要はない。

 悠々自適に増援を待って、悪魔の始末を押し付ければいい。


 それまでは――


「そうですか。結界が機能しているなら、私も安心して事件の調査に専念できるというものです」


 そんな建前でのんびり過ごすとしよう。

 下っ端は私の言葉を聞いて、やや複雑な顔になった。


「メリル様……本当に悪魔などの弁明を信じるつもりなのですか?」

「無根拠に信じるわけではありません。ただ、万全に万全を期するだけのことです」


 企みが上手く運んで機嫌がよくなっていた私は、滑らかに嘘八百な建前を並び立てる。


「というわけで、事件の資料を改めて持ってきてくれますか?」

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