第10話:復讐鬼

『おいッ!! こっちに来て。顔を晒せ』

『——ううッ!!』

『暴れるんじゃねぇ〜よ、このおっさんッ!!』


 廃進広大一味の連中に腕を引かれて現れた謎の男。

 薄汚い衣類に貧相な身体付き。

 お風呂に入っていないのか、身体のあちこちが黒く染まり、無精髭を生やしている。リリカは、おっさんを目の前にすると、鼻を摘んで素早くこの場を去っていく。余程、臭いのかもしれない。

 そう思っていると——。

 病人か浮浪者という言葉がふさわしいほどにヨタヨタと歩き、そのおっさんはドスンと音を立てて地べたに座った。

 それから居酒屋の注文を頼むように、酒瓶を握りしめた右手を上げて。


『酒だ、酒を持ってこい。この俺に酒をくれぇ〜よ。もう無くなっちまったぞ』


 大量に酒を飲み、真っ赤に染まった頬のままに謎の男は言う。


『ん……? 何だこれは。画面に俺が映ってるじゃねぇーか』


 間抜けな顔をして、その男はモニターをツンツンと触っている。

 その姿が、ネット配信されているとも知らずに——。


(こ……コイツが……母さんを殺した犯人なのか……?)


 犯人の顔を見た。

 見たこともない顔であった。

 母親の敵相手を発見した。今すぐに奴へ復讐することができる。

 そんな状況なのにも関わらず、氷のように感情は冷め切っている。


『お前に恵んでやる酒なんて、もうねぇ〜よ!!』


 廃進広大が叫ぶ。

 すると、おっさんは眉間にしわを寄せて。


『んあっ? そんな態度でいいのかなぁ〜? この俺が折角、お前らに協力してやっているのに……。お前らはあの最近有名なYo●tuberってヤツだろぉ?』


『……クソ親父だな、こ、コイツは……』


『あれれぇ〜? こんな反抗的な態度をしてもいいのかなぁ〜? 最近は規制が激しいことも、おじさんは何でも知ってるんだけどなぁ〜。おじさん、もしかしたら……うっかり……ち●ぽ出して……君たちの大事な大事なチャンネルをBANにしちゃう可能性もあるんだけどなぁ〜。ブッハハハハハハハアハハは』


『おっさん、アンタ……話が全然違うじゃねぇ〜かよッ!!』

『……話が違う? はて? おじさん、お酒をもらわないと分からないなぁ〜』

『…………飛んだ、クソ野郎だな。このクズは……』


 廃進広大はそう呟き、画面の向こう側にいる視聴者へと声を届ける。


『アイツは自首して、罪を償うらしい。だが、今のままでは面白くないよな?』


「面白くないッ!」「何、アイツ?」「マジで反省の色なし!」「ゴミはさっさと排除するべき」「てか、何者? 頭ぶっ飛びすぎでよ」「アルコール中毒?」


『だから、ここでその被害者の遺族——バチャ豚にも連絡して、アイツに決めてもらおうじゃねぇ〜かよ。この男がどんな結末を辿るのかをさ』


「犯人捕まえて自首する前に遺族に突き出すとかやばすぎ!!」「これは伝説の回だろッ!」「廃進広大の情報網エグい!」「格が違うッ!」「令和のカリスマは、一味違うわぁ〜。ただで、警察に引き渡さないとか最強すぎるだろ!」


『よしっ。というわけで、リリカ。アイツに連絡を入れてやれ。喜ぶだろ?』


 冷め切った感情が徐々に変化していく。

 熱く煮え切った復讐心と大事なものがスッポリ抜けた虚無感に。

 こんな男が母親を殺してしまったのかと。

 こんなクソ野郎が大切な人から命を奪ってしまったのかと。

 頭に血が上り詰め、正常な判断ができる状況ではなくなる。

 次から次へ母親への想いと犯人への憎悪が生まれてくるのだ。


『はぁ〜い。剛くん、今どこにいるのかな……?』

『それはこっちのセリフだッ!! お前らはどこにいるんだ!!』

『どうしたのかなぁ? もしかしてリリカに会いたくなった?』

『違うッ!! その男を僕に渡せ。殴り殺すから。さっさと引き渡せよ』

『だよねぇ〜。殴りたい気持ちも、殺したい気持ちもあるのも分かるッ!』


 でも、と西方リリカは電話越しで言うのである。

 配信画面上には、彼女が涙を流す瞬間が映し出されている。


『残念だけど、それは無理。だって、それやったら剛くんが犯罪者になるじゃん』


 西方リリカは捲し立てるように。


『あたしはそんなこと絶対にさせない!! あたしは剛くんを犯罪者にさせることはできないよッ!! だってだって……あたしたちは大切な仲間だもんっ!』


 それに合わせて、廃進広大一味も同調するように。


『お前は人殺しになったらダメだッ!! 友達としてそれは止めてやるッ!』『ダメだダメだ。そんなことしても何の意味もないだろ?』『復讐の感情を抑えて、次に進まないとダメだろ? 犯人は自首すると言ってるんだぞッ!!』


 あぁ、そうか。

 コイツらは……コイツらは……。

 ただ自分たちを更なる高みの存在にするために……。

 自分たちが善人であることを証明するために……。


「バチャ豚を止めて!!」「踏み止まれッ!! バチャ豚ッ!」「殺人はダメだぞッ!」「怒りを押さえろ!」「仲間を信じてくれぇ〜!」「リリカ可愛い」


 わざと連絡を入れて、お涙頂戴な展開を演出しているだけなのか。


「何だよ……ただの茶番劇じゃないか。これじゃあ、僕の怒りは……」


 苔ノ橋剛は電話を切り、椅子から立ち上がる。

 キッチンへと向かい、一番切れ味が高そうな包丁を手に取る。


「ちょっと待って!! どこに行くのッ!! 苔ノ橋くんッ!!」


 奴等は今から犯人を自首させると言っていた。

 つまるところ——。


 奴等が警察に行く前に、犯人を奪い、復讐の刃を向ければいいんだ。

 そうすれば——。


「母さん……待っててね。すぐに犯人を殺して……あの世で謝らせるよ」


————————————————————

次回予告


 第1部 最終話「賽は投げられた」

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