第6話:一週間の謹慎処分
謹慎処分を喰らってしまった苔ノ橋剛。
保護者を呼ばれ、校長室で何度も頭を下げる羽目になった。
ただ、自称慈悲深い女神様——西方リリカが警察沙汰にすることを止めたおかげで、苔ノ橋剛は少年院送りにされることはなかった。
相手側の親御さんからは「もう二度とうちの娘には近づくな」と口酸っぱく言われ、「片親育ちの苔ノ橋さん家では、正しい教育が受けられなかったようですね」と嫌味なことさえ言われてしまった。
自分のことだけを言われるのは慣れたものだが、母親のことまでバカにされるのは無性に悔しかった。それでも、母親から頭を下げるように強要され、苔ノ橋剛は、奥歯を噛み締めて言われた通りにしたまでだ。
そんな謹慎処分を喰らい、意気消沈をしてしまった帰り道。
何もできなかった自分が悔しくて、子供のように涙を流していた。
次から次へと流れ出し、一向に留めることを知らなかった。
「ごめん……お母さん……ぼ、僕のせいで……迷惑ばかりかけて」
「何言ってるよ? 剛は何も悪いことしてないんでしょ?」
「えっ……?」
唯一の家族——苔ノ橋剛の母親から漏れ出た発言。
もうこの世界には、誰一人として味方はいない。
そう思っていたのに——。
「
「……えっ?」
「学校では頭を下げるように言ったけど……お母さんは違うと信じてる」
「僕を信じてくれるの?」
「うん。信じてるよ。お父さんが生きてても、剛のことを信じてると思うから」
苔ノ橋剛の父親は優秀な自衛官だったと聞いている。
と言えども、海外派遣先で殉職してしまったのだが。
幾ら優秀な軍人で、国を守る大義を持っていたとしても——。
それでも大切な家族を残して、先に亡くなってしまったことに変わりはない。
「他の誰もが剛を信じないかもしれない」
それでも、と強く言い切り、剛の肩を掴んで。
「それでも、お母さんだけは絶対に剛のことを信じるから」
「あれだけ証拠が出たのに……どうして僕を??」
「お腹を痛めて産んだ我が子が違うと言ってる。それだけの理由で十分でしょ」
それに、と母親は胸を大きく張ってから。
「それにお父さんとお母さんは大切な息子をそんなふうに育てた記憶がないわ」
父親が亡くなってから、母親は女手一人で育ててくれた。
毎日朝から晩まで働いて大変そうだが、彼女はその生活が苦ではないようだ。
息子が少しでも幸せな生活を送れるなら、それだけで十分だと語っていた。
「とりあえず、今からの一週間は休養を取りなさい。長い休暇と思えば楽よ」
謹慎処分は一週間。
校内で最も重たい罰である。
「心身ともに回復したら……また頑張って学校に行きなさい」
西方リリカの助け舟を出さなければ、即刻退学を命じられていたらしい。
別に、それはそれでアリかもしれなかったのだが。
「もしも嫌になったら辞めてもいいから。だから、今はゆっくり休みなさい!」
◇◆◇◆◇◆
母親からの助言を受け、苔ノ橋剛は楽しい一週間の休養を取った。
好きなだけ寝て、好きなだけ食べて、好きなことだけをして過ごす日常。
最高な自堕落な生活だが、母親には申し訳ない気持ちになってしまう。
それでも嫌な顔を一つ見せず、彼女は息子である自分に接してくれた。
でも、そんな生活は長く続くはずもなく、あっという間に謹慎処分最終日が訪れた。今までの楽しかった日常が嘘のように感じられ、学校に行く気など全く起きなかった。
「苔ノ橋くん。お元気ですか……?」
謹慎処分最終日——鳥城彩花が自宅に来た。
先生と言えども、彼女を家に上がらせる気は更々ない。
裏切られたのである。彼女と喋ることさえしたくない。
それでも仕事の一環で、問題児の自分に会いに来てくれたのだ。
多少は相手をしてやらないと困るだろう。
そう思い、苔ノ橋は扉にチェーンを付けたままに応答を行う。
「……僕のことを犯罪者扱いしてた先生がどうして来たんですか?」
「生徒の心配が気になるからよ」
「仕事だからでしょ? そんな嘘は吐かないでくださいよ。イイ人振って」
「……はぁ〜。そうよ。先生は仕事の一環で来た。だから喋るぐらいはしてくれない? こっちも時間があるのよ。ったく……こんな犯罪者の相手をさせられて……マジで疲れるわぁ」
やっと本性を表したか。
でも、こっちのほうが百倍喋りやすい。
「で、先生の用件は何ですか? 目的があるんでしょ?」
「明日から絶対に学校に来ればいいわ。こっちも給料問題があるのよ。教師はね、生徒全員を管理しなければならないの。だから、強姦魔のクズにも同じように対応しなければならないわけ。というわけで、明日から来るわよね?」
「……そうですか。僕が学校に行かなかったら、先生の給料に問題が起きるのか。教師としての評価が下がるのは面白そうだな……ハハハハハ」
「笑い事じゃないわよ、こっちの問題も考えなさいよ。このクズが」
「僕はクズですから。先生の言う通り……最低最悪な犯罪者ですからね」
「…………そ〜いう自虐ネタはつまらないわよ。それで来るの? 来ないの?」
学校に行きたいか行きたくないか。
その二択ならば、行きたくない欲のほうが大きい。
学校に行ったところで、自分の居場所はあるのかと思ってしまうのだ。
そもそも論、学校に行っても、何もイイことが起きていない。
それでも——。
「……学校には行きますよ、約束したから」
「約束……? もしかして私との約束を?」
「先生ではありませんよ。僕を裏切った人じゃあね」
「じゃあ、誰と……?」
「母親です……だから、僕はちゃんと行きます」
一週間は好きなようにしていい。
でも、それが終わったら、自分が立たされた現実に立ち向かえ。
母親との約束を果たす必要がある。
それで実際に無理だと思ったら、学校を辞めてもいいと言われたし。
苔ノ橋剛が「行く」と発言したので、鳥城彩花は意気揚々と帰って行った。彼女は優しさなどで、苔ノ橋に関わりを持ってくれたわけではないのだ。
ただ、教師としての自分の成績を上げるために、問題児の自分に関わっただけ。
◇◆◇◆◇◆
苔ノ橋剛の家を出た
(これで問題も解決……私の評価は鰻登りッ!!)
教師になる気なんて更々なかった。
ただ教員免許という響きに憧れていた。
誰かに「先生」と呼ばれ、崇拝される存在に憧れていたのかもしれない。
(……生徒たちの間でも周りの先生たちからも、評価は高い!!)
近い将来的には……誰か素敵な殿方を見つけて結婚して。
美人で若い女教師という肩書きで、結婚を迫ればいいだろう。
もしくは、今の間に若くて有望な男に目を付けておくこともいいかも。
医学部に進学する男子生徒でもいれば、玉の輿できるかもしれない。
(例えば……今なら廃進広大もアリかもしれない。動画投稿者という不安定な職業である点を除けば……彼は容姿も優れている)
鳥城彩花は頬っぺたに両手を当てた状態で。
(って待て待て……ダメダメ。何を考えてるんだ、私は……)
悶々と今後の未来を思い悩む彼女は、まだ知らなかった。
彼女の背後に襲い掛かる魔の手があることを。
何も知らないからこそ、美人教師と評判の彼女は幸せそうな笑みを浮かべているのだ。
それとて、彼女の笑顔が崩壊するまで——。
——3、2、1ともう既にカウントダウンは始まっている。
◇◆◇◆◇◆
「はぁ〜」
鳥城彩花が出て行った後、苔ノ橋はリビングへと戻った。
明日からの学校を考えると、嫌な気がしてしまう。
それでも覚悟を決めて、もう行くしかあるまい。
そんな折——。
スマホがけたたましく鳴り響いた。
電話の主は、母親からだった。
「仕事終わったからもう帰ってくるよ。今日の夕飯は何がいい?」
「カレーがいいな、久々に食べたくなってきたよ」
「うん。分かった、カレーね、カレー。家帰ったらすぐに作るから」
空になった弁当箱を見ながら、苔ノ橋は直接言えないことを伝える。
「あのさ、一週間ありがとうね。僕のために毎日弁当作ってくれて……そのさ、最高に美味しかったよ」
「母親として当然よ。それに作っておかないと何も食べないでしょ?」
「う、うん。それと、卵焼きメチャクチャ美味しかったよ」
「そっか。それはよかった。剛が美味しいと言ってくれたから多めに作ったのよ。それじゃあ、今日の夕飯はそれにしようか」
「えっ? カレーに卵焼きって組み合わせが……」
「いいじゃないの。明日からまた学校始まるのよ。そのためだったら、お母さん張り切って作ってあげるからね」
「うん、分かってるよ。明日からはちゃんと学校に行くよ。約束する」
欺くして、苔ノ橋剛は電話を切り、母親の帰りを楽しみに待つのであった。
だが、しかし。
この日——お母さんは帰ってこなかった。
もう二度とお母さんが作る美味しい卵焼きは食べられなくなってしまった。
最後に聞いた母親の声は笑みに満ち溢れ、剛の心に突き刺さったままだ。
◇◆◇◆◇◆
【???SIDE】
「お、お前!! 何やってるんだよ!!」
「殺すのは違うだろうがよ!! 少し脅すだけでよかったのに!」
「違うよ!! あの女が当然飛び出してきたんだよ!!」
「もうそういうのはどうでもいい。どうすればいいんだよ、オレたちは!!」
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作者から
この回は悩みに悩んだ末の結論です。
読者の皆様が肯定するか否定するかは分かりません。
ただ、今後も全力で書くので、何卒よろしくお願いします。
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