第3話:❤︎幼馴染みは被害者だった……?❤︎
大好きな幼馴染みから裏切られた数日後の放課後。
ホームルームが終わり、部活動に行く者、仲が良い友達と遊びに出かける者などがペチャクチャと楽しそうに喋る中、苔ノ橋剛は死んだ瞳を浮かべ、教室を出ていく。彼に「じゃあ、また明日」と言ってくれる人なんてどこにもいない。
クラスメイトたちは知っているのだ。
もしも、アイツと関わったら、次は自分の番だと。
アイツと関わりを持ってしまえば、イジメの標的になるのは自分だと。
(まぁ〜仕方ないよね……誰だってイジメられたくないもん……)
(僕だって……同じ立場だったら率先して関わろうと思わないだろう)
階段を降りて、生徒玄関まで辿り着く。
そこでシューズから靴に履き替え、学校の校門を出ようとすると——。
「待ってたよ、剛くん」
偶然にも、西方リリカに出会ってしまった。
バスケ部に所属している彼女は部活があるはず。
それなのに今の彼女は学校の制服を着て、鞄を持っている。
「……………………」
一度傷付いた心は戻らない。
苔ノ橋はリリカの言葉を無視して、歩みを進めた。
だがしかし——。
「ねぇ〜!! 待ってよ!! 剛くん!! ねぇったら!!」
西方リリカは、苔ノ橋の隣で喋りかけてくる。
それがうざったらしいので、イヤホンを装着する。
流すのは大好きな『天使のツバサ』の曲である。
「ちょっと待っててずっと言ってるじゃん!!」
痺れを切らしたのか、西方リリカが制服を掴んできた。
破れる恐れがあったので、苔ノ橋はようやく立ち止まる。
それから怒りも悲しさも消え失せた瞳を向けて。
「……もう僕はリリカと話すことなんて何もないよ」
信じていた彼女から散々酷い言葉を投げ掛けられたのだ。
もう二度と関わらない。そう決めていたのに。
この女は、どの面を下げて現れたのかと思ってしまうほどだ。
「そうだよね。うん、そうだろうと思ってるよ。あたし最悪なことしちゃったもんね。本当にごめんなさい。剛くんにまで迷惑をかけちゃって……」
謝罪の言葉を述べ、頭を下げてきた西方リリカ。
遠い昔には、結婚の約束までするほど仲良しだった幼馴染み。
だが、彼女の本性を知ってしまった以上、もう関わりたくない。
彼女自身も、もう自分と関わる必要なんてないだろう。
そう思っているのに——。
「ごめんなさいぃ……剛くんにずっと謝りたかったの。ずっとずっと謝りたかった。本当はあたしもこんな真似したくないの。で、でも……」
茶色の瞳から涙が溢れ落ちた。
次から次へと溢れ出す涙の数々に、苔ノ橋は狼狽てしまう。
我ながら自分でもバカだなと思えてくる。
自分を裏切った女が泣いているのだ。
このまま話も聞かずに逃げ出せばいいのである。
でも——。
数日前までは本気で大好きだった女の子だ。
今でも好きかと言われれば判断に困るのだが……。
それでも、彼女が涙を流す姿なんて見たくないと思ってしまう。
やはり、幼馴染みという関係の呪いは、苔ノ橋の心を縛っているのだ。
「あたしね、広大くんたちに脅されてるのッ!! あの人たちの言うことを聞かないと、家族も友人も……それに剛くんも全員酷い目に遭わせてやるって……あ、だから……あのときはとっても酷いことをしちゃった。本当にごめん」
彼女の言い分を察するに、西方リリカも被害者ということなのか。
権力とお金が大好きな廃進広大だ。
その力を使って、リリカを脅して酷いことを……。
考えれば考えるほどに、その可能性は高い。
「……そっか。そうだったんだ……リリカは僕の味方だったんだね」
苔ノ橋は安堵の声を漏らした。
大好きな幼馴染みが自分を裏切るはずがない。
そう信じていただけに、その言葉を聞けて嬉しかったのだ。
「ごめんね……剛くん。あたし、あんな酷いことをして……」
「いいよ……僕の方こそ……ごめん。何も気付いてあげられなくて」
「ううん。いいんだよ、剛くんが分かってくれたなら……それで」
茶色髪の美少女は口元を僅かに緩めて。
「ねぇ、剛くん……ちょっとだけ話を聞いてもらえるかな?」
「話……? 何の?」
「あのね……大切な話なんだ。お願い。剛くんしか頼れないの!」
◇◆◇◆◇◆
西方リリカの話を聞くために、二人は学校へと戻った。
立ち話で話す内容ではないからだ。
センシティブな内容なので、
そういうことになり、女子バスケ部の更衣室で話すことになった。
「剛くん〜。こっちだよ!!」
体育館の窓から顔を出し、リリカが手を振ってくる。
苔ノ橋剛はそこまで小走りで向かい、部屋の中へ侵入した。
「どうしたの? そわそわしちゃって」
「いや……その……別に何でもないよ」
部屋の中は女性特有の甘い香りが漂っていた。こんな場所に一度も足を踏み入れたことがない苔ノ橋は、思わず首を左右に動かしてしまう。
(何だろう……物凄く、今の僕は場違いな気がするぞ!!)
「ふぅ〜ん。もしかして、あたしと二人っきりで緊張してるの?」
「ええと、そ、それは……」
「大丈夫だよ、今日は女バスお休みだからさ」
西方リリカ曰く、ここなら邪魔な人も来ないだろうとのことだ。
本日は、女子バスケ部は休みなので、安心して入ってもいいだと。
でも、女子バスケ部の更衣室は体育館の中に設置されている都合上、苔ノ橋剛は窓から侵入した次第である。
というのも、現在体育館内は、男子バスケ部が使用中。
男女二人っきりで閉ざされた更衣室に居るのは、変な勘違いされかねない。
そういう話になり、苔ノ橋剛は回りくどい侵入経路を使ったというわけだ。
「それで……リリカ。大事な話って何なのかな?」
苔ノ橋剛と西方リリカはプラスチック製のベンチに座った。
横に長く、公園に置かれていると同じものだ。
ただ、背中を預けるものもないが——。
「あたしね、あの人にね、レイプされちゃったの」
苔ノ橋剛は言葉を失った。
そんな彼をお構いなしに、最愛の幼馴染みは捲し立てる。
「それでね、裸の写真を撮られちゃって……何か反抗的な態度を取ったら……これをネットに晒すぞって脅されてるんだよ。これも……全部剛くんのせいだよ」
(僕のせい……? 僕のせい……?)
「あのとき、あたしが剛くんを好きだって報告したじゃない? だからさ、あの男はそれが許せなかったみたいで……あたしに酷いことをしてきたんだ」
(僕がリリカを傷付けてしまっていたということなの……?)
(なら、僕は今まで勘違いしていたということなのか?)
(大切な幼馴染みに裏切られたわけではなく……)
(弱い僕のせいで……)
(大切な幼馴染みを助けられなかったということなのか……?)
「それにね……あたし、あの人の子供を孕んじゃったみたいなんだ」
「…………妊娠?」
「あたし、あの人に無理矢理犯されて……そのまま……」
「……………………」
苔ノ橋剛の頭はいっぱいいっぱいになってしまう。
自分が愛していた幼馴染みが妊娠してしまった。
それも、自分をイジメているクズ男のせいで。
そう考えると、無性に苛立ちが止まらなくなる。
「どうすればいいかな……? あたし、頼れる人が誰もいなくて……。もう本当に頼れる人は……剛くんしかいなかったから。ねぇ、どうすればいいかな?」
自分が大嫌いな男の手で孕まされてしまった幼馴染み。
彼女を救い出す方法は何かないのか。
貧相な頭しか持っていない苔ノ橋は言った。
「警察に相談するのが一番いいんじゃないかな?」
「……警察か。でも、あの人に言われてるんだ。警察や学校に連絡したら……ただじゃおかないって。地獄の底まで追いかけ回して、お前を殺してやるってさ」
「だ、大丈夫だよ!! 僕が……僕がリリカを守るから!! 任せて!!」
少しでも勇気付けたい。
そう思い、苔ノ橋剛は大きな声で宣言する。
すると、茶色髪の美しい少女は目線を逸らしながら。
「本当にあたしのことを守ってくれる……?」
「うん。守るよ、僕に全部任せて。僕が絶対にッ!!」
「ならさ、証明してよ、剛くんが本気で守ってくれるのか」
「証明……?」
首を傾げると、西方リリカは潤んだ瞳を向けて。
「うん。今ここであたしを抱いてくれる?」
「抱く……?」
「アイツのことを忘れたい。だから、今ここで剛くんを感じたいの!!」
幼馴染みが迫ってくると、ジャスミンの香りが漂ってくる。
あぁ、懐かしい。彼女が昔から愛用している香水だ。
この香りに、何度魅了されてきたことだろうか。
「リリカは僕のことが今でも好きなの……?」
「好きに決まってるじゃん。子供の頃に約束したでしょ? 一緒に結婚しようって。それに指切りげんまんしたじゃん。あれはウソだったの?」
(叶わない恋だと思っていた。リリカのことだけをずっと見てた)
(優しくて可愛い彼女に何度、僕は惚れてきたことだろうか)
(何度僕は儚い恋心を抱き、自分には無理だと諦めてきただろうか)
「もうリリカは僕のことなんて……どうでもいいんだと思ってた」
(でも、違ったんだ……僕とリリカは両思いだったんだ)
「僕、勘違いしてたよ。リリカは、僕のことなんて嫌いなんだって」
◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、剛くん。今ここであたしを抱きしめて」
西方リリカはそう呟き、両腕を広げてくる。
第三ボタンまで外し、僅かに開いた制服のブラウス。
花柄に刺繍された紫色の下着と新米のように輝いて見える美白の肌。
「……………………」
女のカラダを知らない苔ノ橋剛は戸惑いを隠せず、彼女の華奢な体躯に身惚れてしまう。昔は一緒のお風呂に入っていた関係だったが、今ではそんな仲ではなくなった。もうこの女性と関係を持つことはない。そう思っていたのに——。
「早く来て。女の子を待たせるなんて……剛くんダメな男の子だね」
可愛い幼馴染みはほっぺたを膨らませて、唇を尖らせた。
自分でも不甲斐ない男だと分かっている。
だが、緊張してしまうのだ。彼女に触れていいのかと。
「ただ抱きつくだけじゃん。な、何を照れてるのさ」
「そ、そうだよね……ご、ごめん……」
「もしかして、あたしのことが嫌いなの……?」
西方リリカが茶色の瞳を濁らせて訊ねてくる。
それを聞き、苔ノ橋は首を横に振って。
「違う……違うよ……リリカのことが大好きだ」
「それなら、早くあたしを抱きしめてよ。それで嫌なこと全部忘れさせて」
(男を見せるんだ……僕! 覚悟を決めろ!!)
何の迷いもなく、苔ノ橋は近づいていく。
その姿を見て、紅葉色の瞳が小さく緩んだ。
「……最初は優しくしてね」
幼馴染みからの心中を聞き、その通りに動く。
大好きな女の子との距離が少しずつ狭まっていく。
その形で、彼女の吐息が鼻先に当たった。
そこで、苔ノ橋は極度の緊張で動きを止めてしまう。
「どうしたの……? 抱いてくれないの?」
不満気な声を上げる西方リリカ。
「……やっぱり、あたしのことなんて嫌いなんだ」
「違う、違うよ……リリカ。ぼ、僕は……」
「それなら早く抱いてよ、優しくギュッと」
苔ノ橋は、最愛の彼女を力強く抱きしめた。
女性特有の柔らかさを体の前面で感じる。
むにゅッとした感触と生温かい彼女の温度。
もっともっと彼女を大事にしたいと思ってしまう。
もっともっと大切な幼馴染みを大好きになってしまう。
その思いが募りに募って、彼女をもっと強く抱きしめよう。
そう思った直後——。
「……ありがとう、剛くん。でも、さようなら」
「えっ……? さようなら?」
変な予感が
「あたしの幼馴染みでありがとうね。アンタのおかげで、あたしはもっともっと可愛い存在になれる。皆から愛される超絶美少女になれるの」
一度も抱きしめてくれなかった幼馴染みの西方リリカ。
彼女が自分を力強く抱きしめてきた。
まるで、蛇が狙った獲物を逃さないために巻きつくように。
「ど、どういう意味……?」
「信じていた幼馴染みに騙され、脅迫され……挙げ句の果てにはレイプされかけた可哀想な女の子だってこと。そしたら、あたしに皆優しくしてくれるでしょ? というわけで——本当に、お疲れ様❤︎」
「な、何を言ってるの……? リリカ」
「もうアンタの人生はおしまいってこと。バイバイ、二次元大好きなバチャ豚❤︎」
もしかしたら、これは全て罠なのではないかと。
でも、そう思ったところで全てが遅かった。全てが浅はかだった。
「きゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
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