春霞

@usagi327

ある春のカフェでのそのあと、


なぜ彼女が勇敢に見えたのか彼にはわからなかった。

ただ何かを決意したような、その先を見据えるようなそんな雰囲気が凛として見えたのである。


ここで、ただ眺めているだけで終わりにしたくはない、

そんな衝動に駆られた。


そんな時、彼女が彼を見た。

2人が見つめ合うと、時は止まり、音は消えた。


見すぎてしまっただろうか。

彼はすぐに後悔した。

彼女という存在に自分がカフェにいた見知らぬ女性をただ茫然と眺める変質者として認識されたという事実が痛かった。

まぁ、事実その通りなのだが。


声をかければ、この痛い印象を払拭できるのだろうか。

それとも、さらに余計なことをして傷つくことになるのだろうか。

彼は考えた。でも何一つ考えはまとまらない。

この”一瞬”があとどれだけ続くのかもわからない。


彼は勇敢になりたかった。

だとしたらすべきことはたった一つ。


気がつくと彼は発言していた。

「今何をされてるんですか?」


知らぬ間に彼女の席に移動していた。

それも自分の荷物まで持って。

さらにはこれから彼女と同じテーブルの向かい席に座ろうとしていた。



彼はまるで自分の意思に反して体が動いているように感じた。


彼女はその瞳を見開いて、少し間を空けてから答えた。


「寄宿学校の願書を出すのやっぱりやめようかなって考えてました」


「他にやりたいことが?」

彼が聞いた。

見ず知らずの人に話すわけないだろうな

とこれからやって来る拒絶に心の準備をした。


しかし意外にも彼女は答えた。

「実は何かを創ってみたいんです。

なんでもいいんです。

音楽でも、絵画でも、小説でも」


彼は妙に納得した。

そして彼女が”花”を創る様子を想像した。


なぜ”花”なのかはわからなかった。

でも確かにそれは”花”だったのだ。


「できたら見せてくれる?」

ただ、ただ、その”花”を間近で見たかった。


「でもいつできるかわからないので、、、」

彼女は辿々しく答えた。


しかし彼はどうしてもできたことを知らせるための連絡先聞きたくなかった。

この物語をカフェで偶然出会った不思議なものとして保存しておきたかった。

チャットをやりとりとして、日常生活の中に組みこれたものではなく。


だからこう返した。

「じゃあ、いつかできたら水曜日の朝、このカフェに持ってきてくれないかな?」


訳のわからないことを言ってしまったと後悔する反面、ちょうどいい答えを見つけられた気がして彼はホッとした。


「いつかの水曜日、、、」

彼女は少し悩んでいたが、次第に穏やかな表情になってから答えた。


「はい。持ってきますね。水曜日の朝に」


彼は訪れるかもわからないいつかの水曜日を夢見て安堵した。



「今何をされてるんですか?」

口火を切った彼の一言に彼女は戸惑った。


何をしているのか。

そんなに変な表情をしていたのだろうか。

完全に自分の世界に入っていたことを彼女は後悔した。


「寄宿学校の願書を出すのやっぱりやめようかなって考えてました」


えっ!?私何言ってるんだろう。

見ず知らずの人に突然話しかけられたのに、当然のことのように答えてしまったことにも、

その内容にも驚いた。

願書を出さないなんて。

そんなことできる訳ないじゃない。

自分に対する疑問が次々に湧いてくるが、

その全てが彼により消えいった。


「他にやりたいことが?」

わからなかった。

彼女に”やりたいこと”なんてなかった。

しかし答えはすんなりと彼女の口から発せられたのだ。


「実は何かを創ってみたいんです。

なんでもいいんです。

音楽でも、絵画でも、小説でも」

そんな夢物語。。

彼女は自嘲した。

一体何を考えているんだと。


「できたら見せてくれる?」

ナンパされてるのだろうか。

疑心暗鬼にならざるおえないこの状況。


「でもいつできるかわからないので、、、」

思いがけない発言をしてしまったことも相待って、彼女は逃げ出したくなっていた。



「じゃあ、いつかできたら水曜日の朝、このカフェに持ってきてくれないかな?」

いつかの水曜日から朝?

そんなの無理でしょう。

逃げ道を作ってもらえたということなのだろうか。


「いつかの水曜日、、、」

ほぼ間違いなく何かを作るなんて無理なんだから、とりあえず了承しておけばいいのだ。


「はい。持ってきますね。水曜日の朝に」

社交辞令は彼女にとってお手のものだった。

相手が返して欲しいであろう言葉を告げて、その場をやり過ごす。

それが彼女の生き方だった。

誰も彼女自身がどうしたいかなんて気にしていない。

自分の思い通りに彼女が動いてくれれば、

彼女が自分の邪魔をしなければ、

後はどうでもいいのだ。


これでこの変な会話も終わり。

彼女は安堵した。

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