第3話 篠突く雨、乱れ舞い、穿つは大地。~雨の日に助けた獣が実は美少女だった件!?最強種の彼女といちゃラブ無双で世界にざまぁw~

 ポツポツと降る雨。通りを行く人の中、傘をさす者の方が少ないくらいだ。

「…こんな雨じゃなぁ。」

 人のいない路地、俺は1人、呟く。

 今日もまた、見覚えのないやからが突然に襲ってきた。俺は目の前に迫った拳に、思わず目をつぶっていた。その後のことはハッキリと分からない。ただ、次に見た光景は、俺を襲ったヤツらが皆、酷い怪我で倒れていた。顔が腫れ上がり、誰の物かも分からない吐瀉物としゃぶつが撒き散らされていた。俺はいつものように、その場から逃げ出した。

「バケモノ、か…。」

 毎日のように思い出す記憶。

 泣き叫ぶ女の子。手を伸ばす俺。その手は遮られ、それで…。

「もう俺に、関わるのはやめてくれ…。」

 視界も良好。音をかき消す程でも無い。こんな雨じゃ、見たくないものからも、知りたくないものからも、逃げられそうにない。

 雨粒に乱されることもない、綺麗な水溜まり。そこに映るものを見なくて済むように、俺はボロボロの靴でその水鏡を踏み抜いた。

 だが、どんな世界だって、俺が一番辛いわけじゃない。ここにもほら、小さな受難に、必死で抗う命がある。

「…お前は、こんな雨だって辛いよなぁ。」

 目つきは鋭く、耳を尖らせ、それでも吠えることすら出来ない。哀れなこいつを俺はそっと抱き上げた。

「そんな甘噛みじゃ、自分のことも守れねぇよ。」

 震えるそいつを、上着で包む。明日には俺の元にいねえかもしれねぇ。それでも良い。

 いつだって自分が一番辛い訳じゃない。でも、自分の辛さを一番分かってるのは自分だ。

 辛さを知ってる俺達なら、上手くやれると思った。

「お前の名前は、そうだな、今日にふさわしい名前がいい。」

 雨模様。そして出会い。

 このクソみたいな世界で、クソ扱いされた俺。そして、誰からも望まれないこの小さな獣。

「『篠突く雨、乱れ舞い、穿つは大地。~雨の日に助けた獣が実は美少女だった件!?最強種の彼女といちゃラブ無双で世界にざまぁw~』なんてのはどうだ?」

 思いついた言葉をそのまま口にする。心無しか、こいつも嬉しそうにしっぽを振っている。

 元の名なんて聞く気は無い。今日から生まれ変わるんだ。こいつも、そして俺も。

 空気を読んだ空が晴れ上がり、濡れたアスファルトには太陽がきらめいていた。


「…どこからツッコめばいいの?」

 額に手を当て、お手上げだと言わんばかりのため息。華陽はなびが僕に質問してるように見えるかもしれないけど、「私はツッコまないよ?」と言ってるかのようにも感じる。

「メインディッシュは後に残して、小さなボケから拾っていくと、盛り上がりが右肩上がりになっていいんじゃない?」

「おのれはお笑いコンサルタントか!」

「あ、いや、そうじゃなくて。」

 あの、華陽さんのツッコミを前提にしてこの茶番は成り立ってるのですが…。

「例えば?」

「ほら、『その短ランなに!?もしかして自分の学ラン切った?』とか。」

「おー。勉強になる。」

 これを勉強して何になろうと言うのか…。この部屋以外でツッコミなんてやらないのに。だから、ラブコメ定番の「おい、またあいつら夫婦漫才やってるぞー。」「「夫婦じゃない!」」「息ぴったりかよー(笑)」みたいな弄りもされたことない。あのノリ本当に面白くないと思ってるから要らないんだけどね。

「それで、他には?」

「『BGM、豪雨すぎ!』とか?」

「どういうこと?」

「ほら、『ポツポツと降る雨』って言ってたのに、スピーカーから流してるのは『台風の室内』の環境音だから。」

「へー。」

「まさかの、気付かず!?」

 雨の音とかじゃなくて、風邪で窓がガタガタ揺れる音入ってたんですけど?もしかして、避難警報とかでも目を覚まさないタイプ?秋の風物詩”スズムシの声”とかにも無関心な、音ズボラ?

「いや、音ズボラってなんやねん!流行語狙ってんのかい!」

「だから、ツッコんで欲しいのはここじゃないって!」

 エセ関西弁は良くないよ?関西人そういうのに厳しいからね?関西人じゃないから知らないけど。

「他にツッコんで欲しい小ボケあった?」

「…『その動物何!?』とか?」

「その心は?」

「こういうシーンで拾われるのって決まって子犬なのに、僕が用意したぬいぐるみ(inダンボール)はタスマニアンデビルだから。」

 なんで僕は自分で用意したボケを説明させられてるの?悪いことしましたか?強いて言うなら、幼馴染にツッコミを強要したこと?…なんか字面良くないな。

「それで、メインディッシュってどこだったの?」

「いや、それは分かるでしょ。」

「ごめん。あんま聞いてなかった。イヤホンしてて。」

「ここに来て衝撃のカミングアウト!?そりゃ、台風にも気付かない訳だよ!」

「環境音『伐採される木々の泣き叫ぶ声』聞いてた。」

「いや!って…………ん?なになになに?環境音の思想強すぎるって!スピリチュアル過ぎて想像も及ばないから!」

 熱心な環境活動家でもそんな声聞こえないと思うよ?というかどっち?その声を聞いて喜んでるの?悲しんでるの?それによって全てが変わるからね?

「無だよ。」

「…いや、サイコパス?」

 怖いよ。『無だよ。』って言った時の顔、辞書の”無”の欄に挿絵で乗せていいくらいの無だったよ?

「それで、メインディッシュって?」

「『篠突く雨、乱れ舞い、穿つは大地。~雨の日に助けた獣が実は美少女だった件!?最強種の彼女といちゃラブ無双で世界にざまぁw~』のところだよ!言わせないでよ!これを思い付いたってだけでも結構恥ずかしいのに!」

 そもそも、こんな簡単に流せるほどの話題じゃないからね?『伐採される木々の泣き叫ぶ声』の件は。

「えーと、どういうツッコミが理想なの?」

「そりゃ、『いや、なろう出身の湯婆婆!』とかだよ!」

 もしくは『お前の煩悩108じゃ足りなそうだな!』とかだよ。

「説明してくれない?」

「いや、ほら、『贅沢な名前だねぇ。』の件があるじゃん?」

「そっちじゃなくて、『お前の煩悩108じゃ足りなそうだな!』の方。」

「いや、ほら、小さな命を拾うのに『助けた獣が実は美少女だった件』は下心見え見えじゃん?」

「え?それだけ?」

「あ、はい。ごめんなさい。」

 湯婆婆だけにしとけば…!なれないツッコミに冷静さを欠いていた…!不覚…!一生の不覚…!

「え?背中に銃口突き付けられてる?」

「いや!さっきから不意のツッコミがハイセンスすぎるって!」

 用意されたボケじゃモチベ出ないタイプ?暗記科目は軒並み悪いのに数学は満点以外取らないみたいな天才?

「ちょっと例えが長いよ。」

「そうだね!凡人でごめんね!」

 真のお笑いコンサルタントは華陽だったみたい。僕はいつもこんな傑物を相手に低レベルなボケを披露していたのか。

「…うぅ。これは祟りじゃあ。今まで付き合わせ続けたせいで、華陽様の怒りを買ったんじゃあ…。」


 って感じの流れだったんだけどさぁ…。」

 長い回想を経て、聞いてくれていたあかりに向き直る。すると、いつの間にか同席していたあおいさんの目が丸く見開かれていた。

「…何の話?」

 この質問、僕に対してじゃなくて燈を見ながら聞いています。僕のことを本当に理解不能な謎の生命体と認識したみたいです。

 …なんか普通にちょっと悲しい。

陽向ひなたが、華陽ちゃんに告白したいらしくてな。」

「それがどうしたらこうなるのよ。」

「陽向本人に聞いてやれよ。捨てられた子犬みたいな顔でこっちみてるぞ?」

「…。」

「いや!黙らないで!お願い!」

 ほんとに涙目だからね?今。メイクの時は僕が黙ってたからセーフだったのか。喋るとこうなっちゃうのか。やっぱりこの感じに付き合ってくれる人って珍しいんだな。

「…華陽って大切な存在なんだな。」

「もしかして私、バカにされてるの?」

「いや、違います!」

「…それで?」

「えっと、今回のは『ドキッ♡幼馴染の不意の優しさで高鳴る鼓動。』作戦なんだけど。」

「…………。」

「そんなに困惑した顔でこっちを見ないでくれ。葵。俺にも理解不能だ。」

 2人して酷いよ。僕は真剣なのに。

「…とりあえず、優しさを見せたかったのよね?」

「はい。そうです。」

「どうしたらあの寸劇まで繋がるの?」

「優しさと言えば、”雨に濡れた子犬のために自分の傘を差し出す不良”かな?って、…思ったん、ですけど。」

 説明の途中から既に葵さんの目がどんどん感情を失ってたんだけど?燈も『諦めろ』とでも言いたげに首を振ってるんだけど?

「10000歩譲って、その化石化したイメージが間違ってなかったとしても、やり方がおかしいでしょ?やり方が。」

「いや、だって、笑えないと、ダメかなって。」

「陽向って昔から笑いにシビアだよな。」

「そうかな…?」

 あの、燈は僕の相談に興味が無いのかな?僕の悩みに対する言葉が1度も聞けてなくない…?友人としてどうかと思うけどなぁ?

「陽向くん。映画とか見たことないの?」

「そりゃ、あるけど…。」

「ラブストーリーよ?」

「それは、あるかな…?」

 あるにはあるんだけど、華陽に連れられて。でも、つまんなくて寝ちゃった。

「誰と?」

「え?あぁ、華陽と。」

「なんで驚いてるのよ。」

「いや、あの、…なんでもないです。」

 華陽のせいだよ。これ。僕、『…1回言ったんだけどなぁ。』とか思ってたよ。

「で?どうしたの?」

「…後半は寝てました。」

「…もうダメね。三ツ谷さんのことは諦めなさい。」

「いや、待てよ。葵。そこからは成長したんだからこうして相談に来てるんだよ。陽向は。」

 燈…!君は最高の友達だよ。

「…それもそうね。大事なのは今よね。」

「まぁ、その今がこの有様なんだけどな。はっはっはっ。」

『はっはっはっ。』じゃないよ燈。せっかく葵さんが協力姿勢を見せたとこだったのに。掻き乱してるだけだよ。ただの狂人でしかないよ。

「その2人で映画に行ったのはいつ?」

「今年の春かな?ほら、人気の映画があったじゃん。」

「あーあれか。余命3ヶ月みたいなやつだよな?」

「そう。それ。」

「その映画は、どっちから誘ったの?」

「そりゃ、華陽だよ。」

 僕は微塵も興味なかったし。感動系は嫌いじゃないんだけど、途中の会話に起伏がない感じがどうにも退屈しちゃう。

三ツ谷みつやさんは映画が好きなの?」

「いや?その時だけだよ。」

「…それってさぁ。」

「葵。」

「…。」

「ん?どうかした?」

「なんでもないの。ちょっと脱線しすぎたかも。ごめんなさい。」

「大丈夫だよ?」

 なんのことかも分からないけど、燈が止めたってことは、僕が聞かなくてもいいことだったんだろう。

 …いや、気になってないよ?ほんとに。

「じゃあ一応言うけど、ロマンスは然るべき雰囲気の中にしかやってこないの。」

 詩的だね。公用車で家族旅行に行く官僚くらい詩的。…ってそれ私的!

 …虚しい。

「然るべき雰囲気って?」

「場所は大事ね。日常の中でプロポーズみたいなのも良いけど、相手にも心の準備がいるの。それにデートスポットは、勇気をくれるのよ。」

「勇気ってより、退路を断たれてるんじゃ…。」

「次に時間。例えば教室はデートスポットでも何でもないけど、夕焼けに照らされてたら良い雰囲気でしょ?」

「あ、うん。」

「それに、最終下校時刻付近はもう誰も残ってないから2人きりの世界なの。特別な感じがして、凄くドキドキするの。」

「…2人の時はそうだったの?」

「なっ…!」

「まぁ、この言い方だと流石にバレる。葵が悪い。」

「確かに、付き合い始めたの夏頃だし、18:00でちょうど綺麗になってそうだね。」

 2人は部活やってるから、18:00過ぎに教室戻ってもおかしくないし。でも、燈ってこういうこと考えなさそうだしなぁ。

「葵さんが考えたの?」

「…そうよ?悪い?」

「いや、素敵な計画だなぁって。」

「これくらいしないと、燈から告白させるなんて無理だと思ったの。」

 …やっぱりそういう理由なんだ。

「…コホン。それで、後はその日の話。小さいところからアプローチして、少しずつ良い雰囲気にしていくの。」

「わぁ、詐欺と一緒。」

「…。」

「ごめん!やめて!叩かないで!」

「これは陽向が悪いな。」

 でも、思っちゃったんだから仕方ないじゃん。

 何が怖いって、葵さんと喋るのって2回目なんだよね。明日から顔も合わせてくれないかも。

「…いつも僕の部屋だから良くないのか。」

「あなた達、順番おかしくない?」

 なんか「…私はまだ…」って聞こえてきたけど?まぁ、燈は鈍感だからなぁ。仕方ないか。

「幼馴染だからね。」

「世の幼馴染はお前らほど仲良くないぞ。」

「僕が華陽のこと大好きだからね。」

「…はぁ。」

 え?ここに来てため息?

 決意表明的な意味だったんだけど?何が悪いところある?

「まぁ、その勢いで頑張れ。」

「うん。とりあえず遊びに誘ってみるよ。」

「どこに行こうと思ってるの?」

「…それは、まぁ、追々決めようかな?」

「燈。」

「そうだな。」

 葵さんに言われて、ポケットから何かを取り出す燈。白いレターケースのように見える。

「ほら、これ。」

「何?」

「イルミネーションショーのチケット。それもクリスマス当日分。」

「え?」

「元々は俺達が行こうと思ってて取ったんだけど、お前にやる。この日で決めろ。この日までに準備を済ませろ。もう1回言うぞ?俺達が行く予定だったからな?無駄にしたらラスト二ヶ月はサッカー部に入ってもらう。」

「そんな、申し訳ないよ。」

「元々、相談しに来た時に決めてたからな。問題ない。」

 葵さんも頷いてる。多分、燈が提案してくれたんだろう。本当に頭が上がらない。

「というか、お前の話はこれ以上聞いてたら頭がおかしくなりそうだからな。もう相談に来ないでくれ。」

「そんな!もう燈なんて友達じゃない!このチケットだって後悔しても返してやらないからな!」

「おーいいよいいよ。もうさっさと帰れ。可愛い幼馴染が待ってるんだろ?」

「可愛いとか言うな!あばよ!」

 僕はバッグを掴み、教室を飛び出した。飛び出した理由は別に燈に愛想を尽かした訳じゃなくて、華陽に会いたいだけなんだけど。

 …あと、葵さんが燈をチラチラ見てたんだよね。




おまけ

「あんな言い方で良かったの?」

「陽向だって分かってるよ。わざとああいう言い方したことくらい。あの態度も照れ隠しみたいなもんだろ。」

「…結構楽しみにしてたんだけどなぁ。」

「分かってるって。ごめんな?」

「ううん。親友なんでしょ?そうじゃなくて…」

「うん。それも分かってる。」

「えっ!?」

「葵。クリスマスは空いてる?」

「う、うん。」

「じゃあ、良かったらなんだけど…。」

「なに?」

「家でクリパでもしない?」

「…誰を呼ぶの?」

「…2人で。」

「家族は?」

「うちは毎年クリスマスは外食なんだよ。」

「じゃあ2人きりってこと?」

「嫌?」

「嫌じゃないけど…。」

「でも、10時くらいには帰ってくると思うから、昼はちょっと出掛けて、夕方くらいから俺ん家で。ケーキとか買って、クリスマスっぽい料理とか作ろう?」

「…料理できるの?」

「出来ないけどさ…。手伝うよ。」

「…その後は?」

「うーん。あんまり考えてないけど、プレゼントは用意するつもり。」

「ふーん。」

「あれ?違った?」

「…ううん。じゃあ、楽しみにしてるね?」

「ごめんな?」

「言ったでしょ?楽しみにしてるって。」

「うん。」

「じゃあ、帰ろ?」

「…そうだな。」

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