第2話 魔法少女も恋をする。

 ふと、窓の外を見る。校庭ではサッカー部が朝練に使うコーンを並べていた。その中に見知った顔を探してみる…が、いない。珍しいなとか思いながら、僕は眩しさに耐えられなくなってカーテンを閉めた。

 興味もないのに暇つぶしのためだけに読み進めた小説を取り出し、意味もなく挟んだ栞のデザインを眺めている僕に、珍しく声がかかる。

「よっ!陽向ひなた。」

 振り返ると、通学用のカバンとは別に、それよりデカいスポーツバッグを持った奴が立っていた。

「…あぁ。だからか。」

「『だから』ってなんだよ。」

「いや、練習始まりそうなのに燈がいないからさ。珍しいなって。」

 185cm程はある恵体に、一目でその鍛え方が分かる足腰。彼が空乃燈そらのあかり。サッカー部キャプテンだ。この学校が中高一貫だからこそ、中学三年になっても朝練の手が緩むことは無い。

「おっ、遂に陽向もサッカーに興味出たのか?」

「いや、いいよ。僕には似合わない。」

「そんな事ないだろ。体育とかでも良く見れば良い動きしてるじゃんか。積極的じゃないだけで。」

「僕は表舞台の人間じゃないってことさ。」

 身体能力とかそういう問題じゃない。僕とサッカーってのは、そう、水と油だ。決して混じり合わない。

「ほら、急がないと、もう顧問の先生来てるよ。」

「おっ、やべっ!じゃあまたな。」

 慌てて飛び出していく燈。

 彼を見送って、僕は目の前に広げた大して面白くもない小説を読み始めた。

 と、その時。僕の腕時計(連絡装置)が震え始めた。

「ちっ。今か!?」

 思わず漏れた悪態。周囲からの訝しげな目が僕にとって突き刺さるのを感じる。

 だが、そんなことには構っていられない。周りの生徒にバレないよう、右腕を隠しながら人気の少ない場所へ走った。

「…はぁ、はぁ、ここら辺で、いいか?」

 人気のない旧校舎、その中の空き教室の一つに入り、腕時計(多機能)についたボタンを押し込む。

「ぷいぷいぷーい!遅いプイ!」

「ごめんって、プーイ。」

 この、腕時計(プロジェクター)により浮かび上がった、シマエナガのようなマスコット。こいつはプーイ。ある日突然…

「ひなた!もう時間は無いプイ!エンドの幹部がアーケード街に来てるプイ!」

「あーあー、分かったよ!」

 憂鬱な僕とは対照に、今日も敵は襲ってくる。でも大丈夫。この街をあんな奴らに好きにはさせない。

「Re:veal!」

 腕時計(鏡)に映る顔は”本当の僕”。

 ショートカットの髪はポニーテールに、野暮なメガネは外れ、その奥に潜む深紅の瞳が明らかに。

 そう、僕は…

「まじかる☆ぱわーでみんなを守る!魔法少女、ただ今参上!」

 普段は普通の男の子。でも、女の子には秘密が付き物。ブーツの底は4cm。今日も街の平和、守っちゃうぞ?


「って、何?コレ?」

「本当の僕を見せてあげようと思って。」

 いつも通りの放課後。いつも通り僕の部屋。中には僕と華陽はなびの2人。特に普段と変わらない今日という日に、少しの異常を見出すとすれば、そう…

「前髪を1mm切ったんだよね。」

「って、ちがーう!!」

 いつも通りの絶叫ツッコミが耳に心地良い。華陽ってこういうの、キャラじゃないと思うんだけど。これが僕にしか見せない顔ってやつか。独占欲働いちゃう。

「もっと大きな間違いがあるから!その格好!その杖!もう何!?」

「いや、だから、僕は街を守る魔法少女なんだよね。」

「ウィッグとカラコンは褒めてあげる。よく用意したね。それと、メイクも無駄に上手いし。でも、明らかにおかしいのよ!その格好は!」

「…うーん、どこがかなぁ?」

 いつもの制服姿じゃないのはそうだけど、この赤いドレスも杖も魔法少女の格好っぽくない?

「その杖!松葉杖でしょ!」

「いや、キューティクルロッドだよ?」

「キューティクルに可愛いって意味は無い!」

「…えっ!?」

 キュート/キューティー/キューティクルじゃないの?またひとつ賢くなっちまった。

「それと、そのドレス?アジアンテイストが過ぎるでしょ!」

「これは”心の形”だよ?女の子の僕を解放することで現れる神聖な衣装なんだ。」

「うるさい!チマチョゴリみたいな格好して!あんた大和男子でしょ!」

「これはアオザイだよ。ベトナムの民族衣装。チマチョゴリは韓国。勉強不足なんじゃない?」

「キューティクルが分からいくせに!というかそもそも、そういう…!いや、もう…!………はぁ。」

 諦めたように肩を落とす華陽。うっかりツッコミのキャパを超えてしまったようだ。

「あれ?僕、また何かやっちゃった?」

「腕時計()とか、サッカーと僕とは水と油とか、その格好も、部屋に入ってから長々と聞かされた設定資料も、何もかも意味がわからない!」

「それって、僕がスゴすぎてって意味だよね?」

「普通は低い方で勘違いするの。『それって、俺の魔法が弱すぎるってことだよな?』みたいに。」

 なろう系まで把握してるとは、さすがだね。僕のライバル、魔装少女No.01なだけはある。

「これ以上情報を増やさないで。それに、私を出すなら出演料払って。」

「ちょっと今、懐厳しいから勘弁して欲しいなぁ〜。」

 主に今日の出費のせいで。

「そのアオザイ?どうしたの?」

「通販で買った。4000円くらいだね。」

「松葉杖は?」

「2000円くらいかな。」

 ちなみに1ヶ月のお小遣いじゃ、赤字です。しかも二度と使う機会ないだろうし…。特に松葉杖。必要な時って絶対病院側で用意してくれるし…。

「…華陽。」

「アオザイは可愛いから貰ってもいいけど、お金は払わない。」

「…うん。まぁ、プレゼントだと思えば。」

 プレゼントでアオザイ(使用済み)を渡す幼馴染(異性)って…。なんかもう事案の香りだよね。

 そもそもアオザイじゃ華陽のサイズには合わないし。僕もちっちゃいけど、それでも165cmくらい。華陽は154cmだ。

「154.5!四捨五入したら155!」

「一緒じゃん。」

「一緒じゃない!」

 僕が気にしなさすぎなのかもしれないけど、身長気にする人って多いよね。その1cmがどうでも華陽は華陽なのに。

「メイクはどうしたの?」

あおいさんに頼んだんだよ。」

「燈くんの彼女の?」

「そうそう。」

 大地葵だいちあおい。チア部で、燈の彼女。当然僕が直接頼める訳でもないから、燈に計画を話して葵さんを紹介してもらったってわけ。

「だから今日は帰ってくるのが遅かったわけね。」

「Exactly。」

 放課後にチア部の部室でメイクしてもらってました。葵さんも途中から楽しくなっちゃったみたいでチア部のメンバーへの披露会があったのは内緒。

「私を待たせて、ねぇ?」

「あっ、考えないようにするつもりだったのに。」

「ふーん。へー?」

 華陽の僕が考えてることが分かる能力さぁ、思想の自由を侵してない?そんなことない?

「…同一人物になれば大丈夫だよ。」

「…?」

「いずれ分かるんじゃない?」

 ポカンとしている僕を他所に、華陽は「ところで…」と切り出した。

「あの話ってオチとかあったの?」

「あぁ、それはね…。」

 当然、オチのない中途半端な物語なんか作らない。プロだからね。

「…プロ?」

 華陽が何やら言いたそうだが、華麗に無視。

 僕は自慢気に妄想を語り始めた。

「魔法少女の敵対勢力は”エンド”っていう別世界から来てるんだけど、そこには魔法少女の代わりに”魔装少女”がいる。その魔装少女のNo.01、量産化前のプロトタイプが華陽だってわけ。実は華陽は初期調整のために小さい頃こっちの世界にやってきてて、任務のために僕と出会ってるんだ。その任務っていうのが…」

「ちょ、ちょっと!長い長い!簡潔に言って?」

「『世界か華陽か選べない』って感じ。」

「…パクりはダメだよ。」

「いや!タイトルだけだから。中身は別物だから。そもそもこっちはSFバトルアクションだから!」

 あっちはファンタジーラブコメって感じ。全然別だね。許してね。

「それで、感想は?」

「このおかしな格好の?」

「杖さえ持たなければ、普通じゃない?」

 メイクの時『中国風のキレ目でバチバチな感じにしたから!』って葵さん言ってたし、割と合ってるんじゃないかな?

「…肩幅がごつい。」

「ホント?僕、結構細身な方だと思うんだけど。」

「女子に比べたら骨格が違うんだから仕方ないでしょ。」

「他には?」

「それ以外は結構良いんじゃない?」

「華陽より可愛い?」

「どう思う?」

「…華陽の方が可愛いと思います。」

「正直でよろしい。」

 やっぱ女装ってあくまでも”女装”の域を出ないっていうか。フィルター無し、構図フリーの条件で男子が可愛さを手に入れるのは難しいよ。

「…刺がある言い回しだなぁ。」

「華陽は敏感すぎるよ。」

 どれくらい敏感って、ペットボトル入れられがちな入れ口の丸いゴミ箱くらい敏感。

「それ、ビン・カンでしょ。」

「よくわかったね。」

 ペットボトル飲料しか売ってない自販機の横に、何故かビン・カンのゴミ箱だけがある時ってあるよね。え?ない?皆ドン・カンすぎるよ。

「…。」

 あ、この天丼は面白くないみたいです。お前が滑ってるのに私を巻き込むなと言わんばかりに、ツッコミもしてくれません。ここは、話題のテン・カンが必要でしょう。

「…コホン。ところで、女子って大変だよね。」

「…。」

 あぁっ!痛い!視線が痛い!僕の肌に突き刺さるような冷たい視線が痛いよ!

「あの、華陽さん?」

「…何?」

「えーっと、女子って大変だよねー?って…。」

「…どこが?」

 本当に手厳しい!でも、僕は負けない!魔法少女なんてのは前座に過ぎないから!僕の本懐を遂げるためにも、ここで終わるわけにはいかない!

「…私、ハッキリ言えない男の人って嫌いなんだよね。」

「あの、アオザイ以外にも色々買ってるので着てくれませんか。」

 0コンマ数秒。反射と反応の境目を縫うような、恐ろしく早い土下座だった。

 そりゃあ、そう。僕が床に這いつくばるだけで良いなら、安いもんですよ。

「…あー、そういうことだったんだ。」

「なんのことでしょう?」

「魔法少女の衣装なんて世に溢れてるのに、わざわざ民族衣装にした理由。」

「…そういうボケだよ。」

「女児アニメの服なんて華陽さんは着てくれないと思ったわけよね?」

 もしかして流れ変わった?ストーリーフェイズから推理フェイズに移った?

「でも、最近社会の授業で見た民族衣装なら、1度見てる分受け入れられやすいと。それに、普通にドレスだと高すぎて買えないと。」

「…。」

「それに言ってたもんね。『アオザイじゃ』って。」

「…それは言ってはないはず。」

 考えただけで。

「私からすれば同じだよ。」

「…。」

 全部バレてない?頭の中まで。僕、華陽の前で嘘つけない(原理的に)から詰んでない?

「正解みたいだね。」

「…はい。」

 だが、ここで折れる僕じゃない。なんせお小遣いnヶ月分、合計三着の服(女物)を買ってるんだ。僕にはもう退路はない!

「お願いします!着てください!必死で選んだんです!」

「…えーっ?」

「全部無料でプレゼントしますので!」

「…一応、どんなのがあるか見せて?」

「はいっ!これです!」

 クローゼットにしまっていた3着の服を持ってくる僕。これ、お母さんにバレてないかだけが心配。バレててもいいんだけど、そういう趣味だと思って気を使われるのが怖い。

「まずこの左のやつが…。」

「…出てって。」

「え?」

「今すぐ出て行って!」

 あの、ここ僕の部屋…。なんて言う暇もなく閉め出された僕。暖房前提の薄着に寒々とした廊下が堪える。

「あぁ、神様。ごめんなさい。僕は幼馴染の女の子に着て欲しい服をウキウキで選んでしまいました。」

 僕の部屋にいる華陽は何をしているんだろう。買った服を切り刻んで捨てているところだろうか…。

「…。」

 それにしても、長い。流石に退屈してきたので、秘密にしていた隠し芸を披露しようと思います。実は僕、

「親指が…」

「もう入っていいよ。」

「あ、はい。」

 突然部屋の中から聞こえてきた許可。声音が穏やかなのがむしろ入室を緊張させる。

 …まぁ、僕の部屋なんだけどね?

「お邪魔しまーす。」

「自分の部屋でしょ?」

「そりゃ、そうだけど。」

 部屋の中に変わりはなく、いつも通り華陽がベッドに座っている。変わったところと言えば…

「華陽、もしかしてそのコートの下って…」

「さっき何言おうとしたの?」

「え?」

「『親指が…』の続き。」

「あぁ、大した話じゃないよ。」

「…そう。」

 少しソワソワしている華陽。話したがらない僕のことを恨めしそうな目で軽く睨んでくる。

「…いや、本当に大した話じゃなくて、『親指が腕に付きまーす。』ってだけなんだけど。」

「…。」

 え?無視?そりゃ面白くないんだけどさぁ。独り言を拾ったんだから面白くなくても良くない?

「…見たい?」

「いや、そりゃもう。」

 そのために買ったわけだし。お金払ってるようなもんだよね。最早。

「…私、帰るから。」

「えっ!?」

「私は帰るから、大人しくしてなさい。」

「え?あぁ、はい。」

 荷物をまとめて出て行く華陽。結局コートの下は明らかにならないまま。シュレーディンガーの華陽。

「大人しく待っててよ?」

 ドアが閉まり、1人になる。

 そこで気が付く。服が3着とも回収されていることに。

「ん?」

 スマホの通知が鳴り、メッセージアプリを起動する。

「…わっ。」

 そこには『DL禁止』の文言と共に、それぞれの服でちょこんと座った華陽の姿があった。

「…ポーズ取るのは恥ずかしかったんだろうなぁ。」

 華陽の言いつけ通りダウンロードはしません。嫌われたくないからね。

 …まぁ、メッセージ画面のスクショは1000枚撮ったよね。




「ほんとに、最高だったなぁ〜。」

 枕を抱えながらゴロゴロと転がる僕。脳裏に焼き付いて離れない華陽の姿。ちゃんと気持ち悪いんだけど、許して欲しい。

 1人になると、一日が終わる。

 実感と共にカレンダーを捲り、そこで、思う。

「あれ?今日の僕、欲望を満たしただけ?」

 ”チキチキ、卒業までに想いを伝えようダービー”の進捗が0なのはいつも通りなんだけど、いつもは計画だけはしっかり立ててる。こういう流れで、こういう雰囲気で、こういう言葉で、っていつもは考えてる。でも…

「…今日は本当にファッションショーのことしか頭になかった〜。」

 満足はしてるのに、後悔が残るという、世にも奇妙なお話。風呂上がりで冷静な頭に、焦りがどんどん湧いてくる。

「まずいって、最近。」

 好きすぎて、今に満足してるんだよね。本当に。よくあるじゃん?『今のままじゃいられない』みたいなラブコメ。僕は完全に逆。今がずっと続いて欲しくて、来るかも分からない終わりに怯えてる。

「今焦るより、明日のことを考えないと…。」

 不安を押し殺しながら、『明日こそは』と決意を固める。その明日が、予想通りとは限らない。そんな事実からは目を背けた。




 …その日の夜、「陽向この変な服洗うの~?」というお母さんの声で絶望したのは言うまでもないかな?

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