003 出会いの真相は雨の中(沙耶の独白)

 ちょっと、強引だったかな?

 私はちょっと反省する。

 謎な部活という謂れの『空気自然同好会』をミス研と勘違いするなんて、下手なミステリよりこじつけ感が半端ない。

 そう、私は別に『空気自然同好会』に用はなかった。用があったのは独り、久川先輩のみ。

 何故か、鳩山先輩を久川先輩と間違えてしまった。会える嬉しさで思考が止まっていたのかな?顔はしっかり覚えていたはずなのに。


 丁度半年くらい前になるかな?私は当然中学3年生で受験を控えていた。私は特に勉強に困っているわけでもなかったし、毎日淡々と復習を繰り返していた。

 そんなある日に比較的仲が良かった、いやそうだと思っていた、友人からLINEが送られてきた。

『稲田先生とデキてるってホント?』

 稲田先生というのは当時の私たちの担任の男の先生。

 私は当時生徒会をしていたし、稲田先生からはよく頼まれごとをしていた。そういったことが誤解を招いたのかな?当時の私はそう思ってきちんと誤解を解いたつもりだった。いや、解いた。

 が、その結果として出たのは友人からの突然の拒絶。クラスラインからの外し……。

 次第に例の"誤解"には尾鰭や背鰭がつき一人歩きならぬ一人泳ぎ。

『永沢沙耶は私の彼氏を奪った』『浮気をしている』とまで言われ、陸の孤島、クローズド・サークルを自ら作り上げるしかなくなった。


「はぁ」

 あの日、塾に行く気にも、かといって家に帰る気にもなれず近くの公園のベンチに座っていた。

 私の気持ちを表すように空には暗い雲が広がっていたが、気にならない。雨が降ることは判っていたが、敢えて折り畳み傘は置いてきた。

 どのくらい経ったろうか。ポツンポツンと小粒の雨が降り出す。

 折り畳み傘をのだろう、スーツ姿の中年男性が小走りに公園の前を通り過ぎて行く。手元には駅前のケーキハウスの紙袋。誰かが誕生日なのだろうか。

 誕生日か……。昨日は私の誕生日であった。両親は二人とも仕事で忙しい。毎年、祖母はこの日に電話をくれるが、あの声を聞けば色々と喋ってしまいそうなので勉強が忙しいことにして早めに切った。

 誕生日とは一体何なのだろうか?クラスメイトからの祝福の水を被る日なのだろうか?

「ほう、誕生日なのか?お前」

 そんな声が頭上から降ってきた。

「へっ?」

 突然のことで、間抜けな声が出てしまう。

 ふと、考えてみれば雨が体に当たっていない。どうやら、声の主は私を傘で覆ってくれているらしい。

「いや、ボショボショと言うのが聞こえたから。

 で、そんなことはどうでもよくて、早く帰ったら?濡れて風邪ひくぞ。

 ほら、傘やるから」

「どうか、お構いなく」

 そう言いながらも、私に声をかけてくるという稀有な人に出会って素直に驚いていた。

「いや、こっちが気になるし。別にお前のためじゃねぇよ」

 と、さしていた傘を押し付けてくる。

 この時初めて、傘の主はこの近くにある聖嶺せいれい高校の生徒だと制服から判った。私立だが、この地方で群を抜いて難しい学校。私の志望校には入れているが簡単には判定Aを取れない難関高。

「ありがとうございます……」

「ああ、これも」

 と言って、紺色のハンカチも渡してくる。少し厚めで大きめのハンカチ。濡れることを想定したものなのだろう。

「いや、ここまでは……」

「大丈夫。もう1枚持ってるから。さっきも言ったけど、返さんくていいし」

「じゃぁ、お言葉に甘えて……」

 私が公園から去ろうとすると、少し先から

「お〜い、彗早いんだよ!」

 同じく聖嶺の男子生徒が走ってくる。

 さっきの人、ケイって言うんだ。

「光瑠!お前が遅いんだよ」

 

 私は"ケイ"に借りた傘を持って塾に行く。ほんのりと心が軽くなった気がする。

 そういえば、あの人たちは雨の中公園に何の用事があったのだろう?

 真相は雨の中、である。

 でも、聖嶺に入れば、"ケイ"がいる!

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