第21話 ヴィルヘルムの十三予言

 さて、俺に話ってのは一体なんでございましょうか。


「昔々、ヴィルヘルムという名の魔法使いがいた」

「その魔法使いが十三の予言を残した、と」

「急かすんじゃないよ。まだまだ話したいことがあるんだ」


 面倒なことも長い話も嫌なんだが、おそらくこれは聞いておかなければならない話だろう。


「あたしの何代か前の話さ。ヴィルヘルムって名の賭け事好きの魔法使いがいた。まあ、好きなだけでほとんど勝てずに借金ばかりこさえるダメな奴だったらしいがね」


 賭け事。どんな世界にもギャンブル好きはいるもんだ。


「そのヴィルヘルムってのはね、予言が得意だったらしい」

「……賭け事で負けてばかりなのに?」

「そうさ。そいつの予言は当たった試しがなかった」


 ……なんというか、どうしようもない魔法使いだな、そのヴィルヘルムって人は。


「そんな奴が死ぬ間際、十三の予言を残したんだ。それがヴィルヘルムの十三予言」

「で、その当たりもしない予言がどうかしたのか?」

「……当たったんだよ、その予言がね」

「当たった?」


 生前は当たったことのない予言が死後に的中するようになった。何かの勘違いじゃないのか?


「最初は誰もそんな予言信じちゃいなかった。だがね、300年前にその予言の一つが的中した」


 300年前。……300年前?


「悪霊王さ。その予言はね悪霊王の出現を的中させた」


 今のロックの何代も前のジョン・ロックが倒したというあれか。


「その予言が当たったことで、信じ始めたと」

「いいや。その頃はたまたまだと思ったらしい。だがね、たまたまも12回続けば誰でも信じるようになる」

「12回。と言うことはその予言はすでに12個的中していると」

「そうさ。それで最後の一つが残った」


 ……嫌な予感がする。


「神の目を持つ悪魔の子。空へと昇る星の元。それは闇を喰らい、それは光を奪い、魔を貪る。やがて希望は潰え、世界は夜の中に沈み、大地に永遠の冬が訪れる」


 神の目を持つ悪魔の子……。


「……メイが悪魔の子だと?」

「さてね。それを確かめるためにあたしはここにいる」


 嫌なことを聞いてしまった。だが、知らないよりはよかったかもしれない。


「あたしたちはね、予言が当たるかどうかなんてどうでもいいのさ。当たらなければそれでいいし、当たったとしてもどうにかできればいい」

「あなたたちは準備をしている」

「そうだ。もしこの予言が的中した時、被害を最小限にするためにね」


 ロックはなかなかに面倒なことをしているらしい。見た目や行動を見ているとそうは思えないが。


「別にあたしはあの子を殺そうだなんて思っちゃいない。もしあの子が悪魔の子じゃなかったら取り返しがつかないからね」

「だが、事件を未然に防ぐにはそれが一番では?」

「あんた、なかなかひどいことを言うじゃないか」

「わかっている。それぐらい」


 当たるかもわからない予言のためにメイを殺す。そんなひどいことできるわけがないし、してはいけない。だが、世界が危機に瀕しているとしたら、それを考える人間もいるだろう。


「メイのことを知っているのはあなただけか?」

「今のところは、おそらく。あの星を見ている奴があたし以外にいなければ、の話だがね」

「……噂は広まっているだろうな」

「だろうね」

「この予言を知っている人間は?」

「あたしを含めて7人。この予言は代々正当な継承者にしか教えられていない。あんたを作ったベーコンもその一人さ」


 つまりジョン・ロックのように名前を受け継いでいる魔法使いがいるということだろう。ベーコンも継承者の一人、か。


「まあ、先代や先々代の魔法使いも知っているだろうから、7人だけじゃないだろうが」

「そうなると、どれぐらいだ?」

「さあねぇ。生きてるか死んでるかわからないのが大勢いる」


 つまり、わからないということか。いやはや、これは面倒なことになった。


「それで、あなたはこれからどうするつもりだ?」

「今まで通りさ。あの子たちを鍛える。それだけだ」

「もしメイが悪魔の子だとしたら、鍛えるのはまずいのでは?」

「そうかもしれないねえ。だが、そうじゃないかもしれない」

「と、言うと?」

「さあ?」

「さあ? って」

「今のところあの子から危険な臭いは感じない。なら、それでいいじゃないか」


 それでいいのか? もし予言が本当だとしたらかなりまずいと俺は思うんだが。


「で、あんたにはあの子の監視を頼みたい」

「常に側にいるからな」

「顔の上にね」


 監視にはぴったりだろうな、俺は。常にメイの近くにいて、あの子の状態も観察できる。異常があればすぐにロックに報告も可能だ。まさに俺は適任と言うことだろう。


「わかった」

「頼むよ。あんたに世界の命運がかかってる」

「あまり脅さないでくれよ」

「ははは、冗談だよ。半分はね」


 ヴィルヘルムの予言。厄介なものを残していったもんだよ。まったく。


「で、これがひとつめ」

「……まだあるのか?」

「あんたこの世界の奴じゃないね?」

「な、なな、なあにを言ってんのかなあ?」

「わかりやすく動揺してるね」


 まずい。まさかバレるとは。


 いや、バレたところで問題ないか? いや待て、俺が異世界からの転生者だとわかったらこいつはどうする?


 そもそも俺は嘘をついてる。リリアンヌたちには俺は妖精と言うことになってるんだ。


 いやいや、だからなんだ。もしかしたらこれは良い機会なんじゃないか? ここで本当のことを伝えておけば、これから先苦しい嘘をつかなくてもよくなる。そのほうが楽じゃないか。


 だが、それはあの子たちの夢を壊さないことにはならないか? 妖精のままでいた方が夢があるじゃないか。ただの人間でした、なんて言ったらあの子たちはどんな顔をするか。


 いやいやいや、やっぱりここで。


「いつまで考えてんだい?」

「あ、いや、すまない」

「まあ、言いたくなきゃ深く詮索はしないよ。人間、誰にだって秘密のひとつやふたつあるもんさ」

「そ、そそ、そうか。そう言ってくれると助かる」


 ……本当のことをあの子たちに伝えるのはもう少し後にしよう。俺がもとは平凡などこにでもいる社畜だと言う夢のない現実は。


「さて、話は終いだ。頼むよ、メガネ」

「……ああ、善処しよう」


 いろいろと厄介なことになってきた。まあ、だからと言って俺にできることは限られている。メガネにできることなんざたかが知れてる。


 それでもできることをやる。それだけだ。


 それしかできないのだから。

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