第15話 さてさてこれからどうするか

 うん、正しい反応だ。


「帰るってどういうことですの!? 魔導士様に会わずに!? それにこの小汚い子供たちはなんなんですの!?」

「うるせぇな、玉ねぎ頭」

「んなっ!? 玉ねぎの何がいけませんの!?」

「お兄ちゃん、ダメだよ」


 なんとかタマラたちと合流してオルニールの屋敷まで戻ってこれた。あいつらも貴族の屋敷の中までは追ってこないはずだ。


 はずだとは思うが、用心に越したことはない。すぐにここを、王都を離れたほうがいいだろう。


 それにここはキムリツク家の屋敷だ。この子たちを連れて来たのはこちらの勝手だし、そんなことでオルニールに迷惑をかけられない。彼女にはこの兄妹を受け入れる義務も匿う義理もない。


 そう思ってさっさと王都を離れようとリリアンヌと相談したんだが……。


「ごめんなさい、オルニール様。せっかく連れてきていただいたのに」

「そうですわ! せっかくのチャンスなのに何を考えてますの!」


 その通り。オルニールの言うことはわかる。魔法学校を受験するなら宮廷魔導士に会って話をするチャンスを逃す手はない。もしかしたら推薦状のひとつも書いてくれるかもしれない。


 でも、それよりも大事ないことができたんだ。


「本当にごめんなさい。これは私のわがままです。ご厚意を無下にしてしまい、申し訳ありません」

「そう思うならどうして!」

「どうしても、です」


 リリアンヌの決意は固い。この子は結構頑固者だ。こうなってしまったらどうやっても意見を曲げないだろう。


「やらなければならない事ができたんです。それは宮廷魔導士様に会って話をするよりも、ずっと大切なことなんです。だから」

「もう、もういいですわ! せっかくわたくしが誘ってあげましたのになんなんですの!」


 まあ、この反応も正しい。当たり前だ。こちらが悪いに決まっている。これで嫌われたとしても文句は言えないし、追い出されたとしても何も言う権利はない。


 ……帰る準備をしよう。これ以上オルニールに迷惑をかけては。


「あ、あの!」

「まだ何かありますの!」

「た、体調は良くなったのですか?」

「見ての通り!」

「そ、そうですか。よかった」


 おいおい、リリアンヌ。あんまり変なことを言うのは。


「熱が出たと聞いて心配だったんです。でも、元気になったみたいで、本当によかった」

「…………ああああああああああああうううううううう! あなたって人はああああああああああ!!」


 あー、こりゃ完全に怒らせてしまったな。しかし、まあ、仕方がない。これで完全に嫌われてしまった。


 しかし、今はこの子たちが最優先で。


「ご、ごめんなさい、本当に、心配だったから」

「リリアンヌ・ガブリエール!」

「は、はいっ!?」


 な、なんだ?


「その泥だらけの姿はなんですか! それでも淑女ですかはしたない!」

「こ、これは、大丈夫。泥の魔法が使えるから、泥汚れはすぐに」

「すぐに着替えて体を洗ってきなさい!」

「はいっ!」


 なんだなんだ? いきなりなんだ?


「そこの二人もそのきったない姿をなんとかしなさい! ここはわたくしの屋敷なのですわよ!」

「な、なんだよ玉ねぎ女!」

「うるさいですわこのクソガキ! 追い出しますわよ!」

「お、お兄ちゃん」

「さ、お二人とも、あちらで服を」


 ……うーん、よくわからない。よくわからないが、どうやらオルニールは俺たちを受け入れてくれるようだ。


 ありがたい、ありがたい。神様玉ねぎ様だ。


「まったく! 体をきれいにしたら食事にしますわよ! ほら、さっさと行きなさい!」


 なんというか、まるでおかんみたいだ。


 そう言えば、俺もゲームばかりしていてよく怒られたなぁ。早く風呂に入れって何度も怒鳴られた。


 懐かしいなぁ。もう汚れることもないし、暑いも寒いもわからない。おかんにも、二度と会えない。


 寂しいなあ……。


「あ、ありがとう、オルニール様」

「うるさい! 勝手なことばかりして!」

「ご、ごめんなさい」

「謝る暇があったらさっさとなさい!」


 とりあえず、今すぐに帰らなくてもよさそうだ。それは本当にありがたい。

 

 自分たちだけで帰るなら問題はない。けれども、今は他に二人いる。特に妹のほうが心配だ。


 帰るとしたらここからリリアンヌの屋敷までは馬車で一週間。それなりの長旅だ。そうなると妹のほうには体力的に不安がある。


 体力と言うか体調だ。おそらくだが、この子は自分の持っている力が強すぎて体が悲鳴を上げている状態だ。幼い子供に見合わない魔力量ががかなり悪さをしている。


 ただ、どうにかできないわけではない。俺ならなんとかできるかもしれない。


 この一年、俺はリリアンヌの側で、というか顔でいろいろなことを見て、感じてきた。リリアンヌと共に魔法を学び、彼女が魔力を制御している感覚も知っている。


 俺は魔法のメガネだ。掛けている人間の魔力を消費することでいろいろな機能を使用することができる。その魔力の流れは一方通行ではない。こちらから掛けている人間にある程度干渉することができる、ということがこの一年間でわかった。


 どうにかすればこの子の魔力の調節ができるかもしれない。ただ、それには少し時間がかかりそうだ。


 この子のメイのためにも今は腰を落ち着けて調整に専念したい。


 ……メイ。


「……本当に、世界は、厳しいな」


 スラムから脱出する最中にタマラが二人からいろいろと聞き出してくれた。


 二人は兄と妹だが血のつながりはなく両親もいない。親がいたら誘拐になってしまうところだったが、良いのか悪いのか……。


 血のつながらない兄と妹の二人暮らし。1年ほど前から一緒に暮らしているらしい。


 兄の名はレオ。親に売られたが人買いから逃げ出し王都のスラムで暮らすようになった。


 そして、妹の名はメイ。彼女も親に見捨てられスラムに置き去りにされたらしい。目の見えないの子供なんていらない、と言うことだろう。


 厳しい世の中だ。タマラが言うには二人のような子供は珍しいことでもないらしい。


 助けてあげたい。どうにかして幸せになってほしい。せっかく出会えたのだから、なんとかならないものか。

 

 何とかしたい。そのためには時間がいる。


「……この際だ、話してみるか」


 どうなるかはわからないが、信じてみるか。

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