第10話 旅の終わり

 真帆露と言う名の老人と出会い、数時間の僅かな間に、自分には欠けている思いや考え方など、色々と沢山教えられた慎司。

 話の続きを明日の同じ時間、同じ場所でしようと、昨日真帆露と約束をした慎司。

 同じ会社の面接に居た女性、鷹爪 茉莉奈も偶然公園で出会い、真帆露に誘われ、話の続きを聞く事になった。

 その為、簡単にでは有ったのだが、真帆露の過去の話を教えておいた。

 彼女も真帆露の過去を知り

「真帆露さん、私には想像出来ない辛い幼少期を過ごしたのね…。でも真帆露さんを見つけ、救ってくれた人が居てくれたから、凄く嬉しいって思ったわ…。それも最愛の人として共に過ごしただなんて、何て素敵なの。少し羨ましくも思うわ」

 物語などの恋愛にトキメク女性ならではの視点で、真帆露の人生に想いを馳せる茉莉奈だった。

 面接の時、面接官の横暴な言動により、他人の前で醜態を曝け出された茉莉奈。

 これ迄の人生の中で、これ程の侮辱と屈辱を受けた事など無い筈だと、慎司は思っていた。

 実際にその通りで、茉莉奈自身、悔しくて悲しくて、身を引き裂かれる様な思いをしていた。

 慎司と別れてから、家路に着くのが辛過ぎて、誰にも見られたくは無い思いから、カラオケ店で一人、声を出して泣いていた…。

 気持ちが少し落ち着いてから、重い足取りで自宅に向かう途中、通り道の公園にて、慎司とバッタリ出会ったのだった。

 お互いの名前や連絡先も知らないのに、慎司と別れた後、会いたいと思ってもそうそう簡単に会える訳がないと、茉莉奈と慎司も思っていたのに、偶然とは言え、こうもあっさり再び出会えるなんてと、驚いてしまう。

 その後、先程のお礼をちゃんと出来たと、気持ちが少し楽になったと思えば真帆露から、明日また此処で会って欲しいと言われ、真帆露の過去の話の続きを聞く事になった。

 話を聞くにしても、どんな内容だったのか分からない茉莉奈は、簡単ではあったが、慎司から真帆露の過去を聞き、何て素敵な二人の物語何だろうと、想いを馳せた。

 二人のロマンスを聞き、表情が穏やかになる茉莉奈を見て、あれ程辛い思いをして、先程迄ずっと暗い顔をしていたのに、今は別人の様だと思った慎司は

(良かった…彼女から伝わってた辛い気持ちが、今は消えたみたいだね…。僕もだったけれど、真帆露さんの話は、人を前向きにさせてくれるみたいだね。その事を僕は感謝しなくっちゃね…。でも…何故僕達は、真帆露さんに惹かれてしまうんだろう…不思議だなぁ…)

 そう思いながら、自宅に向かって歩き出す。

 一夜明け、朝早くからキッチンに立つ慎司。

 帰宅途中、ATMでお金を引き出し、食材を購入して来ていた。

 正直、蓄えが乏しい慎司だったのだが、真帆露に感謝の気持ちを込めて、冷たい飲み物とサンドイッチを作って持って行こうと、張り切ってキッチンに立っていた。

 出来れば手の込んだ物を作りたいと思っていたのだが、余り料理が得意じゃ無く、簡単に作れて簡単に食べられる、サンドイッチを作る事にした。

(多分真帆露さんの事だから、今日も暑い中、美味しいお菓子と冷たいお茶を持って来てくれるんだろうなぁ…。それにしても、今日も朝から暑いよなぁ…。木陰のベンチはあそこだけだから、少し早めに場所取りしておこうか…)

 そう考えながら、狭いキッチンでサンドイッチを作っている時、ふと慎司が思った事。 

 それは、他人の為に作る事がこんなにも、嬉しく楽しく思えると言う事。

 実際、慎司は無意識に、鼻歌を歌いながら作っていた。

 完成したサンドイッチと、真帆露だけではなく、女性にも受け入れ易いと思う冷えたジャスミンティーを用意した。

 準備が出来、少し早いが待たせるよりも良いだろうと、家を出る慎司。

 約束の公園は、自宅から乗り継ぎをして7駅の所に在る。

 何時もなら、面倒な乗り継ぎや人混む電車に乗るのは気が重いのだが、何故か今日は、とても気持ちも足取りも軽く感じていた。

 予定よりも30分早く到着し、木陰のあるベンチを確保するべく足早に向かうと

「おや、時間よりも早く来たのかい?慎司君」

 と、既に真帆露がベンチに座っていたのだ。

「早く来たのかって、それは真帆露さんもですよ〜。しかも、僕よりも早く…」

「あはは、だね…。いやぁ〜何、年寄りは早いんだよ?色々とね…。その代わり、動く事全般は時間が掛かる様には成ったから、前もって早めに来ただけだよ。それにね君の事だから、きっと早く来るんじゃないかってね、そう思えたんだが、思った通りに早く来てくれたね、感心したよ。何だかそれも嬉しく感じるよね…ふふふっ…」

 何て事の無い言葉だが、真帆露が言うと違って聞こえる慎司。

 何故こんなにも、自分の心を温められるのだろう…。

 それが心地良くもあり、不思議でもあった…。

「約束の時間迄後少し、彼女は来てくれるかなぁ…」

「大丈夫、鷹爪さんならきっと来てくれますよ」

「おおっそうかい?君がそう言うのなら、きっとそうなんだろうね…。ふふっ君の言葉には、力が有るね。そうだと思わせてくれる力がね」

「そ、そうですか?」

「そうだよ、とても素晴らしい力をね…」

「あ、ありがとうございます…」

 照れながら、感謝を述べたら

「おや?何か荷物を手にしてるけど、この後用事でも有るのかい?」

 と、深く考えずに聞く真帆露。

 その質問に

「これですか?これは昨日のお礼に、朝から僕が作ったサンドイッチと、冷たいジャスミンティーです。多分、真帆露さんも何かしら持って来ると思いましたが、僕もと思って作って来たんです。余れば残りは僕の夕食にすれば良いとも思いまして…」

「おやおや何と…。ありがたいねぇ…。お礼をしたいのは、私の方なのだがね…」

「そんな事言わないで下さいよ。唯僕がしたいと思ったのですから。…あれっ?今日は細長い包み一つだけで、他は何も持って来て無いのですか?」

 真帆露の所持品を見て、思わずそう聞く慎司。

「あちゃ〜こりゃ申し訳ない…。今日はこれを持って行く事ばかり考えていて、君のお気に入りのお菓子やお茶を忘れてたよ…。私とした事が、本当抜けてるねぇ…」

 やらかしたと、シュンとする真帆露に

「あははっ気にしないで下さい。真帆露さんのお菓子とお茶には敵いませんが、人数分用意した甲斐があったので、僕的には少し嬉しくも思えましたから」

 シュンとする真帆露の仕草が可愛く見えて、笑ってしまう慎司。

 笑いながらも、気にしないでと伝えると

「そうかい?それなら良かったよ、ありがとう慎司君。おや、そろそろ待ち合わせの時間だが、彼女は来る…」

「すいません、お待たせしちゃいました」

「って、言ってる側から来たみたいだね、良かった良かった」

 ほっと安堵して、嬉しそうな真帆露。

 足早に駆け寄る茉莉奈。

「お二人共早いんですね、多分一番近くの私が待ち合わせギリギリに来てしまい、本当にすいません…」

 二人の下に着いて直ぐに謝る茉莉奈に

「気にしないでおくれよ、私が貴女を誘ったのだから、来てくれただけで嬉しいのだから」

「そうそう元は僕がさ、真帆露さんにお願いした話の続きに君が付き合ってくれるんだから、僕も来てくれただけで嬉しく思うよ」

 二人の言葉からも、気にしていない事が伝わり、その優しさに心が温かくなる茉莉奈。

「そう言って頂けてありがとうございます。唯何故かしら…、二人の言葉が私を温めてくれて、とても懐かしさを感じるのが不思議な感じ…」

 それは慎司も思った事だった。

「あっそうそう、ギリギリになったのは、これを作ってたからなんです」

 そう言って、手に持っていた袋から、甘い香りのする包みを取り出す。

「お口に合うか分かりませんが、クッキーを焼いて来ました」

 包みの中には、簡易の容器に綺麗に並べられた、様々なクッキーが入っていた。

 どれもお店に並ぶ様な出来栄えのクッキーで、とても美味しそうに目に飛び込んでくる。

「わぁ〜凄い…」

「本当だね〜、こんなにも綺麗に焼けるなんて、とても凄い事だよ…。幾ら家電が進んでいても物によっては、焼き加減は変わってくるものだから、かなり気を遣った筈だよ…」

 二人が仕切りに感心してくれて、更に嬉しさを増す茉莉奈だった。

「何だか褒めて頂いてばかりで、照れてしまいますね…。でもそう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます。後は飲み物と思ったのですが大きな水筒が無かったので、近くのコンビニで買って来ようかと思いまして」

「あっそれなら大丈夫。僕も皆んなで食べようと、サンドイッチと冷たいジャスミンティーを沢山用意して有るから」

「えっ?そうなんですか?」

「君や真帆露さんには及ばないけど、エヘヘ作って来ちゃったんだ。良かったら食べてくれる?あっそれと、ジャスミンティーは大丈夫かな?」

「わぁ〜嬉しい〜、私ジャスミンティー大好きです」

「そうなの?あぁ〜良かった。それじゃ皆んなで食べましょうか?」

 食べようと言って直ぐ、ワイワイと賑やかに楽しく、サンドイッチとジャスミンティーに、デザートの焼き立てクッキーを堪能していく。

 昨日今日の仲なのに、何故か気を許せる気がしていた、慎司と茉莉奈。

 この不思議な感覚は、一体何処から来るのだろう…。

 全ては真帆露から漂う優しい感情が、二人をそう思わせていた…。

 そして、この不思議な感覚は何なのかを真帆露が語る内容で、二人は知る事になる。

「いやぁ〜久々に楽しく、美味いと思える食事をさせて貰えたよ。ありがとう、お二人さん…」

「そんな、昨日真帆露さんが用意してくれたお菓子には到底及びませんし、鷹爪さんのクッキーを食べた後だったら、美味いと思わなかった筈ですよ…」

「そんな事無いですよ?貴方の作ったサンドイッチは、どれも私の好きな味で、凄く美味しかったです」

「私も同じだよ。それにね、鷹爪さんのクッキーも、私好みの美味しいクッキーだったよ」

「あっそれ、僕も思いました。でも不思議ですよね、それぞれが作ったモノが、それぞれの好みに合ってただなんて、偶然にしても凄いと思いますよ…」

「そうよね…。本当、不思議…」

「ふふっ二人はきっと、そう思うのだろうね…。私にしてみたら、愛する彩夏が作ったクッキーにも思えたし、慎司君が作ったサンドイッチも、私が彼女に作ったのと同じだったよ…。あぁ懐かしいねぇ…遠いあの日が甦る気がするよ…」

 空を見上げ、遠い過去に思いを馳せる真帆露の言葉に二人は、体の中心…いや、魂の根源から、ドクンっと衝撃が走るのだった。

 二人は今迄味わった事の無い衝撃に、驚き固まってしまう。

 その様子を見た真帆露は

「如何やら二人には、が起きたみたいだね…」

 真帆露が言った言葉が、全く理解出来ない二人。

 なのに何故か、これは当然の出来事なのだと思ってしまうのだ。

 そう得も知れない思いが、二人を支配した時、真帆露の存在が薄れ、儚く朧に感じて来た。

 あれ程優しく包む様な真帆露の存在感が、まるで陽炎の様にユラユラと揺れ、透き通って見えて来た…。

 その事に驚き、動けない慎司と茉莉奈。

 二人の様子を見て、やはりなと思う真帆露が、静かに話し出す。

「二人を驚かせたみたいだね…すまないねぇ…。でも多分、君達に起きた事を理解し始めてるんじゃないかな?既に、から伝わっている筈だ…」

 真帆露が言った言葉、と聞き、二人同時に何かを思い出しそうに成る。

 突然の事に戸惑うばかりの二人に、真帆露がまた語り出す。

「鷹爪さん、私の過去を慎司君から聞いていると思うが、私の過去の人生を知っているかな…?」

 真帆露は茉莉奈にだけ、そう問い掛けるのだ。

 その問いに茉莉奈は

「簡単にでは有りましたが、真帆露さんの歩んで来た人生は概ね聞いたと思います。辛く苦しい幼少期、愛と幸せに満ちた青年中年期、悲しみと希望が訪れた高齢期、そして今に続いている事を…」

「………そうかい、それなら良かった…。今日君に来て貰いたかったのはね、君にこれを渡したかったからなんだよ…」

 そう言って、持って来ていた細長い包みを茉莉奈に渡す。

「これは…」

「これはね、とても…とても大切な約束のモノ何だ…。私と彼女、彩夏との間で交わされた約束を破らない為の…大切な道具だよ…。そして、私と彼女を深い絆で結ぶ為の道具何だ」

 渡されたモノの包みを開けると、細長い木の棒が一本入っていた。

「こ、これは…」

「そ、それってまさか…」

 その木の棒を見た慎司も、茉莉奈と同じモノを思い描いていた。

「もう分かってるだろう?それは君達が思った通りのモノ…箒の木の棒だよ…」

 フワッと笑いながら、二人が思い描いたモノを言い当てる真帆露。

「唯ね、長い年月の間に、箒の穂が抜け落ちてね、唯の木の棒になってしまったのだが、彩夏と約束を交わした時の約束の箒何だ。それをね、君達に渡す事が、私の最後の役目だったんだよ…」

「えっ最後の役目!?」

 真帆露が最後だと言うものだから、思わず聞き返してしまう慎司。

「そう、最後の…ね…」

「そ、それは、一体如何言う事ですか!?わ、私何だか…悲しくなって…」

 茉莉奈が悲しいと言った時

「何言っているんだい、悲しむ必要なんて何も無いだろ?寧ろこれからの事を思うと、喜びに満ち溢れて来る筈だ…。だってそうだろ?なぁ…」

 茉莉奈に向けて彩夏と言った事に、慎司は“一体何を言ってるんだ!?”と思ったのだが、茉莉奈は違った…。

「ま、真帆露さん…」

 真帆露と呼びながら涙を溢れさせ、愛しい者を見つめる様に、優しく笑うのだ…。

 二人に何が起きたのか、理解し切れない慎司に

「次は君だね、慎司君…」

 “えっ次は僕?”と思った時、真帆露が慎司を優しく抱き寄せた。

「!!」

 唯驚くしか出来ない慎司。

 抱きつかれた事に驚いたのでは無く、唐突に全てを理解した事に、慎司は驚いたのだ。

 何を理解したのかと言うと

 真帆露が自分の過去だと言う事を理解したのだ…。

「ふふっようやく理解出来た様だね、慎司…いや真帆露…」

「…あぁそうだね…うん、ちゃんと理解したよ…」

「そうかい、それなら良かったよ…」

「良かったって、それ何だよ!?何が良かったんだ?此処に同じ人物が居るんだぞ?」

 慎司は、同じ時同じ場所に姿は違うが、同時に同じ人物が存在しても大丈夫なのかと、不安になってきたのだ。

 それを真帆露に問うのだが、問われた本人は

「それは別に構う必要何て無いさ、同じ魂だとしても、生きてきた時間や環境は、全く同じでは無いのだから、唯限りなく近い存在で在って、別人と捉えられても間違いじゃ無いだろう?」

 そうあっさりと言われ、確かにそうなのかもと思う自分が居た。

「それに私は、君と違って正義感は強く無いし、真っ直ぐな気持ちも持ち合わせて無いから…。どちらかと言えば、ズル賢い嘘吐きなのだからね…」

「えっズル賢くて嘘吐き?」

「あぁそうだよ…君にも幾つか嘘を吐いてるもの…」

 これ迄大切な何かを話す時は、必ず目を見て話していた真帆露が、初めて目を逸らしたのだ。

 それを見た慎司は、本当に嘘吐きなのかと思ってしまう。

「幾つかって言ったけど、どれが嘘何だよ?まさか全部が嘘だとは…」

「全てじゃ無いよ、本当に幾つかだ…」

「今の言葉が嘘じゃ無きゃ、どんな嘘を吐いたのか正直に教えてよ…。貴方は過去の僕なのだから、その嘘も僕が吐いた事に成るんだろ?なら、教えてくれても良いよね?」

 慎司にそう言われると、自分自身に嘘は吐けないと思った真帆露。

「初めに会った時君を見て、現在の自分だと直ぐに分かったよ。だからね、君に私の話を無理矢理にでも聞かせる為に、大好物のお菓子とお茶を用意したんだ…。何度も君の言葉を遮ったりしてね、話せる所迄を聞いて貰う様にもしたよ。如何だい、ズル賢いだろ?」

 真帆露の過去を聞いてからは、聞くべきだと思っていた慎司は

「確かにズル賢いって思えるけど、それだけ必死だったんだと考えれば、それでも良いと思う…。ズル賢いのはそれで良いとして、嘘はどんな事を吐いたのさ…」

「……私が高校を出たと言ったがね、本当は中学だって事だ…」

「中学!?」

「まぁ時代が時代だからね、今で言う高校と変わらないのだが、当時は高校何て制度が無く、中学が中高一貫の制度だったんだ」

 今の聞いた内容に、疑問しか浮かばない慎司は

「それならそのまま、中学と言えば良かったんじゃないのかな…?別にわざわざ嘘を吐く事も無かっただろ?」

「いや必要な嘘だったよ。良く考えてごらん?高校の制度が出来たのは、昭和二十二年何だよ?まぁその年に高校に行ってたとしても、生きてればかなりの年寄りではあるがね、それじゃ君の存在は如何なる?それこそ矛盾が生じてしまうだろう?」

 この時未だ、真帆露が言った内容の意図を理解出来ない慎司だった。

 だからつい、深く考えもせずに疑問を投げ掛けた。

「矛盾って何が矛盾してるんだよ…」

 と…。

 その疑問を投げ掛けられた真帆露は、初めてがっかりした顔をし

「慎司君、君はもう少し物事を考えようとしなきゃいけないみたいだね…」

 と、言われてしまうのだ。

「なっ…」

 顔を真っ赤にし、それ以上言葉が出ない様だ。

「昭和二十二年以降に産まれてから、高校を卒業した老人は沢山居るし、私を初めて見た時は君もそうだと思った筈だよ?そうしないと君に話を聞かせても、唯怪しまれてしまうからね…」

 そこ迄聞いて初めて、真帆露が何を言いたいのかを何となく分かった気がした。

「それじゃ…真帆露は…」

「そう…私は既にこの世に居ないモノだ…」

「えっ…!?」

「私はもぅ何十年も前にね、人としての生を全うしたんだ…。だから君が私の生まれ変わり何だよ…」

 真帆露から伝えられた真実。

「う、嘘だ!だ、だって僕は貴方に触れられたし、食事もしてたじゃないか…。そ、それは如何説明がつくんだよ…?」

「……私の死に際に、見知らぬ誰かが願いを叶えてくれたんだよ…」

「見知らぬ誰か!?何だよそれ!?」

「これ以上は語れない約束だから、教える事は出来ないんだ…すまないねぇ…」

 そう言って、頭を下げる真帆露。

 頭を下げた後、切ない目をしながら

「悪いがね、私はここ迄の様だよ…」

「…えっ!?」

 慎司は、思わず疑問符のついた返事をしてしまう。

 その慎司を見ながら

「茉莉奈さん、悪いがもう少し側に来てくれないかな…」

 と、茉莉奈を近くに呼び寄せた。

「茉莉奈さん、貴女も今の私達の話を聞いていただろう?」

「…はい…」

「少しだけ…ほんの少しで良いから、貴女の中に居る彩夏と話をしたいんだ…良いかな?」

「…えぇ是非そうして下さい」

「ありがとう。…彩夏…彩夏、私はちゃんと約束を守ったよ…。どんな形にしろ、生まれ変わりの君を見つけたよ…。褒めてくれるよね?でもこんなに長く時間を掛けてしまって、申し訳なかったよ…」

 謝る真帆露に、茉莉奈の中から声が聞こえて来た…。

“何言ってるの真帆露さん…貴方は約束をちゃんと守ってくれたわ…。約束を破ったのは私なのよ?謝るのは私…ごめんなさい…”

 一言も声を発していないのに、茉莉奈から柔らかな女性の声が聞こえ、慎司と茉莉奈が驚愕しているのに、真帆露だけが

「またそうやって謝るんだね、君は何も悪い事などしてないんだよ?…ふふっ、二人して謝ってばかりだ…。君も僕も似た者同士って事だ、何て嬉しい事なんだろうね…彩夏」

“えぇ…本当にそう思うわ…真帆露さん…”

 最愛のひととの、何十年振りの会話が出来た事に、感極まって涙を流していた…。

「君との約束も果たせたし、そろそろ君の元へ行くよ。今度は二度と離れる事は無いからね、少しだけ待ってておくれ」

“はい、此処でお待ちしてます。あぁ…これで貴方と永遠とわに、共に居られるのですね…運命の神に感謝します…”

 そう言い残し、柔らかな女性の声が消えていく。

 慎司と茉莉奈は、現状に追いつくのが精一杯なのだが、それをも許されそうに無かった。

「それじゃぁ私も彼女の元へ向かうよ…」

 真帆露が別れを二人に、告げてきたのだ。

「ちょっと待って!彼女の元に行くって言うけど、僕は貴方の生まれ変わり何だろ?彼女も彩夏さんの生まれ変わりなのに、何故僕達に別れを言うんだよ!?貴方が消えるのは理解したけど、それは僕達の中に宿るって事じゃないのかよ…」

「私もそう思いました…」

 二人の疑問は正しいモノであり、その答えを知らないままではこの先、如何すれば良いかさへ分からなくなる。

「確かにそうだね、このまま消えてしまうのは、二人に失礼だ…。さっき君に言ったが、魂は同じでも既に別人として、この世に存在しているんだよ…分かるかな…?」

 先程真帆露が言っていた事を、思い出す二人。

「私の役目はね、彩夏の生まれ変わりを見つける事何だ。唯、役目を果たす前に私も死んでしまったから、何時生まれ変わるか分からないからね、君にその役目を受け継いで欲しかったんだよ…。私がこの姿で居られるのも限りが有るからね…」

 だから無理矢理にでも、慎司に話を聞いて貰いたかったのだと、理解した二人。

「同じ魂でも別人なのだから、君達は君達で、人生を思う様に歩んでおくれよ…」

 真帆露と彩夏として生きて欲しくは無いと真帆露は願いを込め、二人にそう言ったのだった。

「あ〜それとさっき君に、深く考えないのは良くないと言ったけど、ははっそれは私もだね。何も考えずに、君達から去ろうとしたんだからね…すまないねぇ…」

 罰が悪そうに謝る真帆露。

「あぁそうだった、大切な事一つ伝えるの忘れていたよ」

 何だかんだと、少し抜けてる真帆露。

「その木の棒を持って、君達が面接を受けた会社に行ってみなさい。私の遺言でその棒を持つ二人が現れたら、全てをその者達に与える事になってるから…」

 此処に来て、とんでも無い事を伝える真帆露。

「如何やら私が退いてから、情け無いモノへと変わったみたいだ…。出来れば君達で正しい会社へと導いてくれないかな…」

 更に此処で二人、あの会社は、真帆露が創った会社だったのだと知る。

「えっ…そ、そんな無茶な…」

「大丈夫、君達にはそれを成す力が有るのだから、如何かお願いするよ…」

「そ、そんな…私には無理…」

「本当すまない、これ以上此処に留まる事が出来そ…」

 最後迄言い切れずに、真帆露は消えてしまった様だ…。

「ええっ!?」

「嘘…!」

 唯、呆気に取られるしかない二人…。

 しばらく呆然とした後

「如何します?」

「それ僕が聞きたい…。本当如何しよう…」

 茉莉奈の手に有る木の棒を見つめ、溜め息を吐き、また無言の時が流れた。

 頭をポリポリと掻きながら

「僕は取り敢えず、あの人の願いを叶えようと思う」

「えっ…それ本気?」

「うんまぁ〜ねぇ…。願いだけじゃ無く、あの最低な奴らを懲らしめてやろうってさ、思っちゃったんだよね…。最後は怪しいお爺さんだったけど、やっぱり真帆露さんが懸命に創り上げた会社だもの…。ちゃんとした会社にしてやりたい気持ちがさ、ちょこっとだけ芽生えちゃったよ」

「まぁ!…うふふっでも、何だか慎司さんらしい気がするわ〜。それじゃ私も!」

「えっ?君も一緒にしてくれるの?」

「当たり前じゃ無い、私も頭に来てたんだから!…でも一番の理由はね、二人が一緒にやらないと、遺言通りにならない気がしたからって思ったの」

「…多分そうだろうね…。何せ真帆露さんの事だから、未だ沢山の隠し事してそうだしね」

「ふふっ私もそう思う〜」

 そう言った後、二人は大いに笑うのだ。

「ハハハ…あ〜笑った…。多分今頃、してやったりと、最後の消え方に対してやらかしたって、真帆露さん思ってそうだよね…」

「そうね…うん、そんな気がするわ〜」

「あははっ」

「うふふふふっ」

 慎司はこの時真帆露達が、楽しく笑い合っている二人を嬉しそうに見ていると、そう思えていた。

「それじゃ早速、乗り込もうか?」

「えぇっ!」

 木の棒を持って行くと、本当に真帆露の遺言が残されていて、二人は真帆露の残した全てを手にする事が出来た。

 それから数年後…。

 人の上に立つ立場になった慎司と茉莉奈は、一から経営学を学びながら、腐敗し切った会社を立て直して行く。

 たった数年でそれを成せたのは、魂に真帆露と彩夏の記憶が刻まれていたからなのだが、二人はそれに気づいてはいない…。

 だが何時か、それに気づく時が訪れるだろう…。

 何故ならば、二人は真帆露達の様に、幸せな家庭を築いているのだから…。

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