第5話 覚めない現実、起きた夢

 木森 桜改め、セリヴィア 桜。

 事故にあい、2年もの間、昏睡状態で眠り続けていた…。

 その間、恐怖やみ幸福ひかりの淡く儚い、素敵で切ない夢を見ていた…。

 事故から2年、目を覚ました彼女に突きつけられた現実は、受け入れるには、余りにも辛いものだった。

 彼女にしてみれば、ほんの数時間にしか思えない眠りだったのに、まさか2年もの月日が経っているとは、思いもしなかった。

 ずっと寝たっきりの彼女の体は痩せ細り、筋力は衰え、起き上がるどころか、息をするのも辛く感じていた…。

 それでも一つだけ、とても辛く思えるこの体でも、弱音を吐かず、前を向いていける気持ちになれる、ある出来事を知った。

 彼女がずっと聞き取れなかった、ある人の名前。

 その名前とは、実際に会った事もない恋人の名前…。

 会うと約束した日、お互いの気持ちが変わらなければ彼の了承を得た後、婚姻届を直ぐにでも出せる様、サインした用紙を鞄の中に入れておいていた…。

 事故の後、自分の携帯などから、彼の下にも事故の事が伝えられた筈…。

 連絡先を登録してあるのは、仕事をくれる出版社と数名の社員に、彼のメルアドのみ。

 親族は居らず、天涯孤独の彼女。

 大学の時に、父親の不倫から一家離散し、その後バラバラになったまま、彼女の両親はどちらも数年後、自殺と病気で他界する。

 だから残されてるのは、出版社の者達と、大切な彼のアドレスのみだった…。

 駆け付けた彼等に、自分の所持品を渡されて、その中から出てきた彼女の覚悟に、彼が応えてくれたのだと、彼女は確信していた。

 あの時看護師が言った、“ご家族にも連絡を”の言葉が、何故か少し気になったのだが、彼と結婚したのが事実なら、彼に向けての言葉だったんだろうと、そう思えてもいた。

 だからこそ、彼女の口から出た名前“セリヴィア”に

「セリヴィア?それは誰の事言ってるの?」

 の言葉で質問をする看護師に、“えっ?”となる彼女…。

「誰の事って…勿論…わた、私の…恋人の…なま…」

 まともに息も出来ない彼女が、息を切らしながら、やっとそこ迄言った時、話の途中で遮る様に、看護師が答えた…。

「セリヴィア?…だからそれは、一体誰の事?」

 また同じ事を言う看護師。

「…えっ?…だから、私の恋人…」

「ええっ!?恋人?…貴女の恋人で、旦那様の名前は世良場せらばさんでしょ?」

「えっ!?」

「……どうやら、未だ意識がハッキリして無いみたいね…。ごめんね疲れてるのに、色々と語らせてしまって…。取り敢えず、もう少しゆっくり休んでて…。世良場さんも、直やって来る筈だからね…」

 そう言って、彼女の元から離れて行く看護師。

「ちょっ、ちょっと待って…」

 引き留めようとするが、声が上手く出て来ない為、今の彼女の小さく掠れた声では、届かない距離迄離れて行く…。

 困惑する彼女…。

(一体どう言う事なの!?セリヴィアじゃ無く、世良場って人が私の恋人で旦那!?…意味が分からない…。世良場…?誰…?その人誰なの…?)

 全く誰だか分からないと、必死に思い出そうとする彼女の元に、息を切らせて駆け付けた人は、会議を同席した部長だった。

「桜!目が覚めたんだね!良かった…」

 良かったと言うが、彼女にしたら寝耳に水。

「何故…部長が…。私の恋人は、セリヴィア…貴方じゃ無いわ…」

「何言ってるんだ?…どうやら本当に、未だ本調子じゃ無さそうだな…。悲しいな…俺達あんなに愛し合ったじゃないか…。セルヴィア?あぁ、あの作者の事か?彼なら居ないぞ。君が事故にあってから、行方知れずなんだ」

「ゆ…行方…知れ…ず…?」

 息をするのも辛い彼女が、しぼり出した声を聞き

「まだまだ辛そうだな…。俺は帰るから、ゆっくり休むと良いよ…。それじゃまた来るから…。愛してるよ桜…」

 そう言って、病室を後にする世良場。

 “愛してるよ”の言葉に吐き気を催す彼女。

 それに違和感と、また一つ思い出した事があった。

 何としてでも、思い出した事を確かめたい。

 でも、今の彼女には、それを確かめる術が無い…。

 だから考えた…。

 体の辛さなんて関係ないと、必死で考えを巡らす。

(カーリマー・アセビ…どうすれば良いのか教えて…。貴方に…会いたい…)

 虚無の存在のカーリマー・アセビに、つい助けを求めてしまう事に、彼女は恥ずかしさを覚えてしまう…。

 何度も何度も助けられたのに、大切だと思っている存在なのに、自分の都合でまた助けて欲しいと、情け無い事を思ってしまった事に、とても恥ずかしくて、情け無くて涙が止まらない…。

 定期的に様子を見にきた看護師が、涙を流す彼女に気づき

「どうしたの世良場さん?何処か痛い?それとも辛いの?」

 彼女の声が小さいと分かっていた看護師は、顔を近づけて聞いてきた。

 この時彼女の中で、何かが聞こえた気がした。

「ねぇ…教えて欲しい事が…ある…の…」

「えっ?…何?」

「知りたい事…教えて欲しい…の…」

「教えて欲しい?それは良いけれど、一体何を聞きたいのかしら?」

「わた…私を…撥ねた人…」

「あっ…あぁ!貴女を撥ねた犯人の事ね?」

「うん…そう…」

「別に教えても良いけれど、聞いても大丈夫?…正直、聞いてショックを受けると思うけれど…」

 その言葉を聞き、とても嫌な感じがしたのだが、それでも

「えぇ…お願い…。教えてくれる…?」

 聞かせて欲しいと言う彼女の目は、とても真剣で力強さ感じた看護師。

「分かったわ…。でも聞いてて辛いと思ったなら、目を閉じて教えてくれる?そうしないと、貴女の体にも障るといけないから…」

「えぇ…」

「それじゃ教えてあげるわね…。残念な事に、未だ捕まってはいないの…」

 未だ捕まっていないと、辛そうに話す看護師…。

 看護師は、何も悪くは無いのに、自分のせいかの様に、申し訳なさそうに言う姿を見て、また止めどなく溢れる涙…。

「ごめんなさい!やっぱり言わなければ良かったわね…」

「違う!違うの!」

か細く掠れていた筈の声なのに、生命力を持った力強い声で否定する彼女。

「!!」

 思わず驚き、退けぞく看護師。

 彼女自身も、その事に驚く。

「ごめんなさい…。まさかこんなに大きな声が出るだなんて…思わなくて…」

「えっ…いいえ、そ、それは別にだだ、大丈夫よ…。でも、耳元でいきなりだったからつい…」

「本当にごめんなさい!」

「ふっ…ふふふ…。驚いたけれど、元気が有るみたいだから良かったわ〜。ふふっうふふっ…笑っちゃってごめんね…ふふっ…」

「ふふふっ…あははっ…こちらこそ、ごめんなさい…。何だか前にもこんな事あったけど、笑える事は、やはり良い事よね…」

「そうそう、その通りよ。っで、本当に大丈夫?辛い事聞かされたのに、辛くは無い?」

「………その事何だけれど、お願いが有るの…」

「お願い事?何かしら…?」

「幾つか私の言う通りにして欲しい事が有って、貴方達の助けが必要なの…」

「私達の助け?私だけじゃなくて?」

「えぇそう…。出来る限り、多くの人の助けが必要なの…駄目かしら…?」

「それは、話を聞いてみないと、何とも言えないわ…」

「そうよね…うん分かってる…。話を聞いてからで良いから、お願い…」

「出来る事ならね…。で、何をお願いしたいのかしら?」

「それはね…」

 彼女は看護師に、先程思い出した事と、今迄の事全てを話し、看護師に協力を仰いだ。

 彼女から聞かされる内容に、驚きを隠せない看護師。

 しばらく沈黙が続く…。

 沈黙の後

「分かったわ、私から関係者全てに話を付けておくから、貴女の思う様にして頂戴…」

 彼女のお願いを真剣に考え、真っ直ぐに見つめて言ってくれた。

「ありがとう…」

 彼女が感謝を述べると

「気にしないで。でも正直、貴女の言った事が本当かどうか、信じられないって気持ちの方が勝ってるけれど、だからと言って、貴女の言った事が本当なら、とても許せないからね…。間違いか間違いじゃないのか、しっかり見極める為にも、慎重に事を進めてね。出来る限りのサポートはするから」

 励ます様に、グッと握り拳をし、優しく笑って言う看護師。

「…本当にありがとう…。でも迷惑掛けると思うと、申し訳なくて…」

「何言ってるの!患者さんの為に、私達が居るのよ?それに、貴女の言った事が本当なら、その手伝いが出来るって思うと、闘志が燃えて来て激ってるんだから〜。あぁ〜何だかヤル気出てきたわ〜!」

 彼女に気を遣わずに、わざと言ってはいない事が、看護師の表情からも伝わり

「あは…ははは…」

 少し冷めた笑いをしてしまう…。

「あっごめんなさい!つい興奮しちゃってたわ…。正直こんな事、身の回りで起こる事なんて無いから、ワクワクしちゃいました…」

 シュンとする看護師に

「うふふっ気にしないでね…。正直言うとね、こんな妄想信じてくれないと思ってたの…。でもね、今の貴女からは、信用と信頼のおける人だと思えて、とても嬉しく思えたの。ありがとう…」

 やはり彼女の言葉には、人を惹きつける力が有る様で、看護師の心に真っ直ぐに突き刺さり、響くのだった…。

「いいえ、此方こそありがとう…。私を信じてくれて…。だから絶対にしくじらないでね。全力で、サポートするからね」

「はい、是非お願いします」

 こうして、短いやり取りながらも、互いに信じられる間柄になれた…。

 そして、彼女のお願いが叶う日が、直ぐに訪れる。


 看護師との約束をした次の日…

「やぁ桜、調子の方はどうだい?」

 面会時間にやって来た、が部屋に入るなり、そう言ってくる。

 この男の声を聞くと、激しく気分が悪くなり、吐きそうになる。

 段々と青褪め、息も苦しくなってくる…。

 それを必死に堪え、何とか気持ちを整えようとしているのに

「何だ?未だ調子が悪いのか?…やっと目が覚めたのに、お前って奴は…。それに愛する相手が、こうやって来てやってるのに、そんな不機嫌そうな顔をしやがって…」

 こいつは何を言っているんだ!?と、怒りが込み上げてくる。

 誰が愛する人何だ!?

 2年もの間、昏睡状態だった者に対して、そんな馬鹿にした様な言葉を掛けられて、嬉しいと誰が思うのよ!?

 不機嫌なのは、そっちでしょ!?

 そう思えてくればくる程怒りが増し、平静を装うにも限界が来てしまう。

「あぁ本当気持ち悪い…吐き気がするわ!それ以上喋らないでくれる?臭い息吐き出さないでよね!」

 切れた彼女が怒鳴る。

「なっ!」

 未だ、碌にも喋れないと思っていた世良場は、驚き言葉につまりながらも

「おいテメー!それが愛する旦那に言う言葉なのかよ!わざわざ見舞いに来てやってるのに、その言い草は何なんだよ!お前、昏睡状態から目が覚めたら、人が変わったみたいだよな!それともそれが素なのか!?まさか、こんな素性の悪い女だったとは、思いもしなかったよ!」

 悪鬼の様な表情をして、悪態を吐く世良場。

 そんな世良場に、負けじと

「本当、何から何迄気持ち悪い人ね!あの会議の時もそうだったけど、悍ましくて悪漢で、背筋が凍りそうな気持ち悪い生き物としか、アンタからは感じなかったわよ!同じ空間に存在してんじゃないわよ!」

 気の強い彼女の罵り。

 その罵りに、ブチ切れる世良場。

「このぉおぉぉー!黙って言わせておけば、人の事を何処迄も馬鹿にしやがって…。一度痛い目に合わせないと、その腐って歪んだ性格は治らない様だな…。ふふっよし…今の状態なら、無茶をして怪我したと言い訳も出来るだろう…。覚悟しろよ…クズが…」

 不敵な笑みを浮かべて、近寄ろうとする世良場に

「それ以上近寄らないで、このクズ野郎!どっちがクズなのよ!クズはアンタでしょう!一度痛い目に?…ハアッ!?何言ってるの?アンタ既に一度、私を痛い目に合わせてるじゃない!痛い目どころか、じゃないの!」

 彼女の言葉を聞き、目を見開き驚きながら、青褪める世良場。

「ななな、何、何を言ってるんだ!?おお俺が…誰が殺人犯何だって!?何馬鹿な事を言ってるんだ!?…あぁそうか…、未だ本調子じゃ無いから、妄想に取り憑かれてるんだな…」

 勝手な解釈をし、心を落ち着かせ様とするが

「妄想ですって!?妄想してるのは、貴方でしょ!あの日、あの時あの事件の事、私全てを思い出したのよ!私が意識を失う迄の事全てをね!」

 の言葉に、完全に動揺してしまう。

「はぁっ!?えっ…なっ…何を馬鹿な事言って…。ふふふ、ふざけるなよ!俺がお前を!?こんなにも愛してるのに、何故俺が!?馬鹿ばかしい、未だ夢でも見てるのか?…そうか、長い間眠っていたから、夢と妄想が、現実と区別つかないんだな?…ははっそれなら今の言葉にも、説明がつくよな…」

 世良場は、自分の都合の良い様に、勝手に解釈する。

 だが…

「何勝手な解釈してるの!?アンタ本当、何処迄も自己中で、頭が悪いのね!完全に思い出したって言ったでしょ!」

 彼女の否定を否定出来ない世良場。

 人に、自分の心を真っ直ぐに、伝える力を持つ彼女の言葉の凄さが、世良場を黙らせていた。

 彼女の記憶は、完全に戻っていると、確信した世良場なのだが

「記憶が戻ってるだなんて、信じられる訳がない…」

 と、最後の悪足掻きの言葉を吐く。

「あの日の事故の瞬間に見た全てを…私は今も、ハッキリと思い出せるわ…。撥ねられて、地面に叩きつけられる迄の、流れる景色全てをハッキリとね…。それと私を撥ねた車が、クラクションを鳴らして、ワザと私の足を停めさせ加速して来た事も、全て覚えてるわ」

 酷く冷たい視線を向ける彼女。

 その視線はとても鋭く、見つめられるだけで、切り裂かれそうにも思えた…。

 その視線に恐怖した世良場は

「あぁ…ぁうぅ…。そ、それが本当だとしても、おお、俺が犯人だと、ど、どうして言いきれるんだ!?」

 冷静になれば此処迄の話で、したとしても、鮮明過ぎる記憶力だと、普通は思うのだが、彼女の視線に恐怖した世良場は、未だ言い逃れ様とするのだった。

「貴方、本当残念な人よね…。私がこれだけ記憶してるって言ってるのに、犯人の顔を見て無い覚えて無いとでも、そう思ってるわけ?」

「………」

「私は見た!薄ら気持ちの悪い笑みをした貴方が、私を撥ねた途端に歓喜した事もね!大きく口を開けて、笑ってたのも覚えてるわ!」

 実際には、撥ねた犯人の顔や表情など、見てはいない。

 突然の出来事なのだから、そんな余裕などある筈が無い。

 それでもそう言ったのは、自分を撥ねた犯人の面影が、世良場と似ていたから、カマを掛けるつもりで、ハッタリをかましたのだ。

 だがやはり、それで充分だった…。

「クッ…ククク…アッハハハハッ…。チッ…まさかこんなにも、記憶力が良いなんてなぁ…。今迄上手く、周りを欺いてこれたのに…。警察にも捕まらずに、これたのになぁ…」

 ふぅ〜とため息を吐き、冷静さを取り戻した世良場。

 先程迄とは違い、冷徹な表情になり、彼女をまるでゴミでも見る様な目で見ていた…。

 最早完全に、犯罪者そのものの顔をしていた…。

「しょうがない、バレちまったからなぁ…。記憶障害でいてくれたなら、殺さずに済んだのに、殺しちゃうか…。今なら口に物を詰めて息をさせずに殺せば、バレる事も無いだろう…。お前が医療を施さなければ、助からない状態でいてくれて、こっちは助かったよ。恨むなら、その記憶力を恨めよ?」

 そう言って、彼女の元へと進む。

「嫌!近寄らないで!」

「黙れ!お前はもう喋らなくていい!」

「嫌よ!何故アンタに殺されなきゃいけないのよ!何故アンタに私は、撥ねられなきゃいけなかったのよ!?来ないで!近寄らないで!」

「死ぬお前に話ししても、意味がないだろ?良いから大人しく死んどけよ…」

「嫌ーーー!!」

 叫ぶ彼女の口を塞ごうとしたその時

「犯人を取り押さえろ!」

 彼女の病室に、数人の警備員が雪崩れ込んできた。

「なっ!うがあぁ!」

 一気に取り押さえられた世良場。

 その後直ぐに警察官も現れ、殺人未遂で現行犯逮捕となった。

 気が狂った様に、暴れ叫ぶ世良場を連行していく警官と入れ違いに、看護師と主治医が入ってきた。

「大丈夫だった!?何かされてない?怪我はしてない?」

 誰よりも先に、彼女に声を掛ける看護師。

「ありがとう、私は無事よ。全て、貴方と貴方達のおかげで、私は助かったわ…。本当にありがとう…」

 彼女と約束をした看護師に、お礼を言うと

「無事なのね、本当良かった…」

 と、少し目を潤ませながら、優しく言ってくれた…。

「本当そうよね…。これも全て、私の言った事を信じてくれた貴女のおかげよ…。ありがとう、私を信じてくれて。ありがとう、私を助けてくれて…」

 感謝の言葉を伝えた途端、安堵したのか、涙が溢れて止まらない…。

 それを見た、約束を交わした看護師も、駆け寄った者達もまた、涙を流すのだった…。

「貴女のお願い通りに事を運べて、本当に良かったわ…。でもまさか、貴女の言ってた事が本当だっただなんて、今でも信じられないくらい驚いてるわ〜。貴女の記憶力の凄さにね〜…」

 涙を拭い、ふふっと笑いながら、彼女を信じた自分が誇らしく思えていた看護師。

「貴女に言われたまま、何時でも行動を起こせる様に準備はしてたけど、まさか次の日だなんて思わなかったから、正直焦ったわ…。でも上手くいったし、何よりも貴女が無事で良かった」

「私も今日!?って、ビックリしちゃったけど、手筈通りに事が運んで、更にビックリしちゃった♪本当ありがとう…」

「いいえ、お礼は充分頂いたわ。気にしないでね。逆にスリルも味わえたし、貴女に悪いけど、少し楽しかったもの〜♪」

「まぁ〜!…ふふっ…うふふっ…」

「ふふふふふ…」

 笑い合う彼女達。

 その彼女達の言う約束事とは、今回の世良場を問い詰め、逮捕させる為の仕込みなのだが、次、世良場が面会にやって来た時、部屋に到着する迄に、ナースコールのマイクをONにしておき、2人のやり取りを聞き、犯人だと分かった時点で、世良場を取り押さえる手筈となっていた。

 面会する時には必ず、ナースステーションで一度許可を得てから、病室に向かわなければいけない。

 その時、ナースコールのマイクをONにし、直ぐに警備員と警察に連絡し、病室のスピーカーから、こっちの音が漏れない様、物音立てずに待機していた。

 そして、証拠を残す為の録音もしていた。

 彼女が上手く話を聞き出し、証拠も残せたと思った途端、殺害しようと世良場が動いた事で一気に話が進み、殺人容疑と未遂で逮捕となったのだ。

 それから数日後、逮捕された世良場の供述と家宅捜査などで、未解決だった彼女の事件は、全て世良場の犯行だと確定され、一気に解決されたのだった。

 後は、本当に愛した、彼の行方を知りたい彼女…。

 警察や出版社の上層部に、行方を探して欲しいと願い出ようとした時、警察から聞かされる内容に、狂乱してしまうのだった。

 その内容とは、世良場によって殺害されていた事…。

 山中奥深くに、遺体を埋められていた事も供述し、供述された場所から発見され、DNA等の身元確認でも、本人一致と断定した事を告げられた。

 何故2人を殺害しようとしたのかと言うと、ずっと彼女の事を想っていたのに、自分とは別の男と付き合うと聞かされ、元々ストーカー気質の世良場は、それが許せず、犯行に及んだ様だ…。

 だが何故あの日、2人が秘密裏に約束していた事を知っていたのか、不思議に思えるのだが、それにも理由があったのだ。

 実は世良場にも、文字から感情などを読み取る力が、僅かに有ったのだ。

 薄々は気づいていたのに、本当に付き合うとは思ってもいなかったが、本当だと理解した後、2人の出会う日時を読み取り、邪魔をしようと企む。

 それが、あの急遽入った仕事だったのだが、彼女はそれをやり遂げてしまった事で、殺害に踏み切ったのだ。

 念の為に自宅を監視していたら、慌てて家を飛び出す彼女に、まさかあの仕事の量を終わらせたのかと驚愕したが、それは直ぐに殺意に変わっていた。

 これが彼女の身に起きた、事件の全容だった。

 この事件は、直ぐさま全世界に配信され、各国のトップニュースとなる。

 各国のニュースが時の人として、彼女と彼の事を取り上げ、彼女が居る病院にも、多くの報道陣が押し寄せていた。

 彼のファンはもう二度と、彼の書く小説は読めないと嘆く。

 更に世良場の居た出版社は、殺人者を出した事でまた、倒産の危機に陥っていた…。

 だが、そんな事などどうでも良い…。

 愛する者が、この世に居ない辛さに比べれば、他人の悲劇や哀しみを聞かされても、何も感じないと、彼女は思った…。

 次第に闇に堕ちていく彼女…。

 完全に、闇に堕ちかけた時、何処からか声が聞こえてくる…。

 それは、カーリマー・アセビの声だった。

 その声を聞き、ある事に気づく彼女。

(カーリマー・アセビは、確か虚無の世界の住人よね…。でもそれって、何かおかしくない?…だって虚無の世界は、何も無い世界なのに、何故彼だけ存在しているの…?何故…?)

 此処迄考えたら、答えは一つしか思いつかない…。

(もしかして…カーリマー・アセビって…。嘘!?エッ!?…彼…彼なの…?セリヴィア…貴方なの?…)

 そう思ったその時

“やっぱり君は、気づいてしまったみたいだね…。そう僕だよ…桜…。どうしても君だけでも助けたくって、君の夢の中に入ったんだ”

 と、心に彼の声が聞こえてくる。

(あぁセリヴィア…貴方に会いたい…。今直ぐに会いたい…。愛する貴方に会いたい!)

“……そうかい、それが君の求める答え何だね?”

(そうよ!それが私の求める答えよ!…貴方は私に会いたくはないの?)

“会いたいよ…とても会いたいさ!…でも、その選択は…”

(構わない!貴方とずっと一緒に居られるのなら、それで構わないわ!…それに2人でなら、その世界にも命は芽吹く事も知ってるもの…)

“……そうかい…うん分かったよ…。それじゃこの世界で待ってるから…。愛してるよ桜…”

(少しだけ待ってて、直ぐ向かうから。今度は遅れないからね…)

 そう言って、彼女はゆっくりと、闇に呑まれていく…。

 今度は二度と醒めない夢の中へと、彼女は歩みを進めていく…。

 命を芽吹かせる為の、綺麗な歌声で歌いながら…。

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