第37話 手紙

 愛するリンリエッタ。


 私は貴女に知る限りのことを伝えねばなりません。私が宰相の企みに気づいたのは、偶然のことでした。私はこの偶然を感謝せねばならないわ。だって、貴女にこれを託すことができるのだから。


 私は宰相の策略の全貌を知りません。けれど、彼が貴女を狙っていることは間違いないわ。そして、それは私達王族を殺すことで半分は成し遂げられるそうです。


 きっと、貴女の元には私達が死病で死んだと連絡がいっているでしょう。けれど、惑わされないで。これは死病なんかではありません。春乞の宴で確かに踊り子は倒れ、斑点が現れました。けれど、会場に居た私以外の王族だけが死病に掛かったわ。


 おかしいと思わない? 同じ空間には他にも侍女や宰相だっていたわ。宴の前に踊り子に接触した者もいた筈。けれど、その者達は発症しておりません。そして、私も。


 共通点があるの。お父様やお母様は宴の際、食事を口にしていたわ。けれど、その日私は胃の調子が悪くて何も口にしていなかった。そして、私以外の全員が死病に掛かった。毒味役の者達も一緒に。


 死病は人から人へと移る病気だと聞いています。まるで狙った様に王族のみを蹂躙(じゅうりん)する奇跡は神にでも起こせないでしょう。


 気を付けて、リンリエッタ。宰相は死病を操る。


 クッションは返しますね。これは私達の思い出が沢山詰まっているものだから、貴女に持っていて貰いたいわ。私はずっと、貴女の幸せを願っています。




 

 リンリエッタの瞳から、一縷の涙が零れて落ちた。


「何が書いておる。リンリエッタ。お前さんには読めるんじゃろう?」


 アデルがリンリエッタの頭を撫でる。クライット公爵は黙ったまま、彼女を見つめた。


「これは、死病なんかじゃないって……」


 リンリエッタは降り始めの雨のように言葉を紡ぐ。


「リーデン侯爵か」


 クライット公爵が苦しそうに眉根を寄せる。リンリエッタは何枚にもわたる手紙を握り締めて額を押しあてた。肩はわなわなと震え、嗚咽が零れる。


「王女殿下の予想では、リンリエッタ様が標的とのことですが」


 カインはリンリエッタの大事とあって、顔を歪める。彼にとってリンリエッタが何よりも大事なのだ。


「その宰相はリンリエッタを女王にしたいのだろう? なら、目的は一つだろうね」


 クライット公爵が苦しそうに息を吐き出した。


「そうじゃのう。息子のどちらかを王配にでもするつもりかものう」


 アデルの言葉にリンリエッタの肩が震える。表情は見て取れないが、負の感情を纏っていることは確かであった。


「あれか……」


 クライット公爵は苛立つように奥歯を噛み締めた。それは、カインも同じである。三人にとって、リーデン侯爵の息子との夜会での一件は記憶に新しい。


「カイン、あの日リンリエッタを助けてくれたこと、感謝しているよ」

「いえ、助けるのが遅くなり申し訳ございませんでした」


 カインは未だあの日のことを後悔しているのだ。何故少しでも目を離してしまったのかと。例え、誰かに肩を抱かれる姿を目にしてでも、耐えていればもっと早くリンリエッタを救えただろう。そうすれば、彼女は今、こうして肩を震わせることも無かっただろうと。


 カインの頑なな態度に、クライット公爵はため息を漏らす。


「さて、リンリエッタ。くよくよしているのは終わりだ。このまま宰相を放っておくわけにも行くまい」

「そうじゃのう。王族殺しは大罪。しかも儂の可愛い孫をこんなに苦しめたくらいじゃ」

「そちらに関しては、私に策がございます」


 三方から視線が集まる。一人は前国王アデル三世。もう一人はクライット公爵。そして、言わずもがなリンリエッタの三名である。国内でも大物も大物。他に抜く者などいるわけがない。そんな彼らを前に、カインは顔色一つ変えず向き合った。この中で一番の大物はカインだったのかもしれない。

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