第11話 招待状
雪降る中、リンリエッタの元には一通の招待状が届く。太陽と百合が描かれた紋章――王族からの書状である。招待状の差出人は王女アルベエラ。リンリエッタの従姉妹であった。
その招待状が届いたのは、リンリエッタが暖炉の前で孤児達からの手紙を一枚一枚広げていた時のこと。雪のダンスを眺めながらの時間を中断して、リンリエッタは封を外す。
「五日後だわ」
急な招待にリンリエッタは綺麗な眉を寄せる。金の装飾がなされた便箋には、手本のような字で、五日後に宮殿の一室でアルベエラ主催のお茶会が開催される旨が記されてした。
この国の貴族の常識としては、五日後というのは些か急である。しかも、茶会や夜会が多く開かれる社交シーズンの真っ只中だ。断られても文句の言えない程急な日程であった。しかし、相手は王女。この国の権力者の中でも上位の存在である。無下に断れるような招待状ではなかった。
「まあ! その日は確かダーレン卿のお屋敷でお茶会の予定が入っていたと記憶しております」
侍女が眉尻を下げて、空のティーカップに紅茶をつぎ足した。暖炉からはパチパチと小さな笑い声が響く。
「そうね。けれど、仕方ないわ。こちらの招待状が優先よ」
リンリエッタに選択肢など無かった。彼女は窓から差し込む光に、手紙を透かす。
「では、ダーレン卿には、お断りの書状をお送りしておきます」
「ええ、お願いね。それと、カインを呼んでくれない? ドレスの相談がしたいの」
「お嬢様も大変でございますね」
「彼女、呼び出すのがいつも遅いのよ。仕方ないわ」
リンリエッタは肩を竦めて笑った。しかし、その笑顔からは大変さは滲み出てはいない。
侍女が部屋を出てからの一人の時間。リンリエッタはもう一度、孤児達からの手紙を広げる。
リンリエッタは、拙いながらに真剣に書かれた文字を読んでいった。
暫くすると、扉を叩く音が響く。神経質に三回叩かれる音に、リンリエッタは肩を震わせた。癖のあるノックの音に、リンリエッタはすぐに扉の先で彼女の返事を待っている者がカインだと分かった。
「どうぞ」
リンリエッタの声が弾む。期待通り、開かれた扉の先にはカインが立っていた。
「カイン。入って頂戴」
リンリエッタは頬を緩ませ、カインを迎え入れる。わざわざ立ち上がったリンリエッタに対して、彼は深々と一礼した。サロンの中へと足を踏み入れた彼にリンリエッタは駆け足で近寄る。カインの目には、リンリエッタの足に纏(まと)わりつくドレスが映った。
「五日後のドレスの話と伺っております」
「そうなの。行先が代わりました。相談にのっていただける?」
「勿論でございます」
カインがまた頭を下げる。リンリエッタはその姿に小さく肩を竦めた。カインの目に彼女の姿は見て取れない。度々揺れるドレスの裾が笑うのみだ。
「ありがとう。嬉しいわ。でも、少しそこに腰掛けて待って貰えないかしら? この手紙を読んでしまいたいの」
リンリエッタは自身の座っていた椅子の向かいを指差す。カインは暫しその席を凝視し、眉根を寄せた。サロンの長椅子は、平民のカインには座るのも躊躇(ためら)う程、豪奢な作りをしていた。リンリエッタはカインの様子を気にも止めず、長椅子に座り直すと広げた手紙に手を掛ける。しかし、暫くしても動きを見せないカインに、顔を上げた。
「どうしたの?」
首を傾げるリンリエッタに、カインは頭を横に振る。
「私はこちらで」
「駄目よ。少し時間が掛かるもの。座って」
リンリエッタの唇が三日月の如く弧を描く。彼女の有無を言わせない視線に、カインは不承不承(ふしょうぶしょう)と長椅子に腰を下ろした。居心地が悪そうに何度も尻が浮く。しかし、リンリエッタが立つことを許すわけはなく、彼女は満足そうに手紙を取った。
「慈善活動の時に頂いたものですか?」
「ええ、そう。時々貰うのよ」
籠の中には小さな花と小さく折られた紙が入っていた。貴族が使う便箋のような紙ではない。何かの切れ端を使ったであろう手紙は、歪な形をしていた。
「手紙には何が書いてあるのですか?」
「色々よ。お礼を書いてくれる子もいるし、手習いの様に私の名前を書いてくれる子もいるわ。後は、街で起こったことを書いてくれたり」
「街ですか」
「ええ、この手紙には私の知り得ないことが沢山書かれているの」
幼い子供は、リンリエッタに習った文字を使ってお礼の手紙を書き連ねている者が多い。しかし、成長し、自分で物事を考え、色々なものを見聞きしてきた少年達は、お礼の言葉もそこそこに、教会で起きたことや、街で起きたことを日記のように書き連ねていた。
それは、リンリエッタが教会に足を運ぶ度に、街であったことを細かく聞こうとするからだろう。少年達はリンリエッタの一挙手一投足を良く観察している。
リンリエッタは嬉しそうに手紙を撫でる。拙い字で書かれた手紙には、貴族の噂話では聞けないような話が沢山書かれていた。
「わざわざ名を出さずに、慈善活動を行う理由って何かしら?」
クライット公爵家が慈善活動に熱心であることはこの王都の者ならば誰もが知っている。平民に寄り添う貴族として、平民からの人気は高い。
しかし、慈善活動に積極的なのは何もクライット公爵家だけではない。多くの貴族達が大なり小なり慈善活動を行っているのだ。
「そのような方がいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうみたい。月に数人、色々な教会から孤児を雇っているようなの。子供達には『侯爵様』って呼ばれていたわ」
しかし、手紙のどこにもどの侯爵家の者なのかは書いていなかった。リンリエッタは不思議そうに首を傾げる。
「月に数人ですか。余程人手が足りないのでしょうか」
クライット公爵家ですら、教会から子供を雇うのは年に一人か二人。一から教育することもあって、そう多くはない。それを月に数人ともなると、普通ではないことは明らかだ。
「そんなに雇って何をさせているのかしらね? どこの侯爵家なのか分かればもう少し情報を得られるのに」
「余り無理はなさいませんよう」
「分かっているわ。女の私では何かあった時に戦えないものね」
リンリエッタは肩を竦めると、手にしていた手紙に視線を戻す。暫しの間、沈黙が続く。カインはリンリエッタの様子を伺いながらも、居心地の悪そうに何度も何度も尻を左右に動かしていた。
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