第6話 カインの素顔1

 観劇用の青いドレスの形がそれとなく出来上がった頃、仕上げの材料を手に入れる為、カインはジェイの店へと出向いた。以前、黄水晶(シトリン)の屑石を受け取ってからひと月と十日が経っていた。受け取った際、他の屑石の加工も依頼していたのだ。受け取り予定日はひと月後。もう十日も過ぎている。


 カインとジェイの約束など有って無いようなもの。約束通りに来ることなど、ジェイは期待してもいなかった。カインは十日も遅れておきながら、何食わぬ顔で現れる。


「頼んでいた物を」

「はいはい。挨拶も謝罪も期待してませんよー。待ってろ」


 ジェイは肩を竦めると、店の奥へと入って行った。カインはそんな彼の後ろ姿を目で追うのみだ。


 ジェイは店の奥から戻って来ると、麻袋を手にしていた。手のひらに乗る大きさのそれは、これ以上は少しの隙間も許さない程に膨らんでいる。気休め程度に上の方で括(くく)られてはいたが、すぐに外れて中身が零れてしまいそうであった。


「多いな」

「来るのが遅いからだ。予定より十日も遅い。ついつい作り過ぎちまった」

「少し立て込んでいた」

「どうせ、お姫さんのドレスに夢中になってたんだろ? ほら、早く確認しろよ」


 ジェイはカインに大きめの笊(バスケット)を手渡す。使い古された笊(バスケット)は歪んでいて、所々に穴が開いている。カインは、無言で受け取ると、真白いハンカチーフを取り出して、笊(バスケット)の上に掛けた。そして、笊(バスケット)に麻袋の中身を開ける。


 赤、青、黄……笊(バスケット)の中には屑の宝石が散らばる。カインは種類と大きさを軽く分けながら、確認していった。


「どうだ?」

「ああ、悪くない」

「そりゃあ、良かった」

「料金は?」

「今回は多いからな、この前の倍だ」

「ああ、分かった」


 カインはあっさりと頷くと、手持ちの金をジェイの前に置いた。ジェイはそれを受け取りながらも、眉根を寄せ非難の目を向ける。


「こういう時は嘘でも『高い! こんな屑石で倍? ふざけるな!』くらい言わねぇと搾取されるぞ?」

「儲けたいのか、安くしたいのかどっちなんだ?」


 ジェイの理不尽な物言いに、カインがあからさまに眉根を寄せた。しかし、ジェイの言う通りに値段の交渉をするつもりは無い。カインは広げた宝石を麻袋へと丁寧に戻していった。


「ま、俺相手には良いさ。ほんのちょっと盛るくらいだからな。だが、他の所で言われた金額をホイホイ出すなよ? 良いカモだと思われちまう」

「ああ、分かっている。何年この町で暮らしたと思っているんだ?」

「なら良い。お姫さんの所で暮らしてもう五年だろ? 頭がお花畑になっちまってないかオニーチャンは心配なわけ」

「あんたを兄と思ったことはない」

「ひでー。こんなに心配してるのに」


 ジェイはわざとらしく、眉尻を下げると自分自身の身体を抱きしめる。しかし、カインは冷たい視線を向けながら、静かに麻袋を鞄にしまい込んでいた。


「それじゃ」

「おいおい! 待て待て!」


 カインは、あっさりとジェイに背を向け歩きだす。ジェイは慌てて、そんなカインの腕を捕らえた。カインは振り向いてあからさまに眉を寄せて訴える。しかし、ジェイは取り合わなかった。


「時間、あるだろ? 少し茶でもしよーや」


 ジェイは顔に皺を作りながら、嬉しそうに笑った。カインの返事など聞きもせず、ジェイは店の奥に通じる扉をほんの少し開ける。


「おーい! チー!」

「はーい」


 ジェイが大きな声で叫ぶと、奥から高めの声が返ってきた。調子の良い足音と、楽しそうな赤子の笑い声が近づいてくる。店の奥から、赤子を抱いた女が現れると、カインは諦めのため息を漏らした。


 ジェイは妻であるチェルと結婚して一年の新婚だ。子供も授かり、今が踏ん張り時と真面目に仕事をしている。チェルはこの界隈に住む宿屋の娘で、カインやジェイとは腐れ縁だ。二人が結婚した時、カインは驚きもしたが、納得もした。それくらい、二人は昔から仲が良い。


「カインと話してくるから、店頼むわ」

「はいはい。カイン、変な店行こうとしたら、殴って止めてね」

「信用ねぇなぁ〜」


 チェルがケラケラと笑い、赤子も母親につられてか、キャッキャと笑い声をあげた。ジェイだけは肩を落とす。カインはジェイの悪行の数々を良く知っている。それを思いだしながら、ただ、肩を竦めて見せるだけだ。


 ジェイの「茶を飲もう」は言うなれば酒で、そこに時間は関係ない。ジェイはいつもの店にカインを連れて行った。


 この辺の飲み屋は、時間など関係ない。まだ陽が高いというのに、どこの店も客を呼び込んでいた。


「付き合うのは一杯だけだ」

「おいおい、旧友との再会だぞ〜?」

「ひと月と十日だろう」

「愛し合う二人なら、酷く長い時間じゃねーか」

「あんたと愛し合った覚えはない」


 大きな木の器に並々と注がれた酒を、カインは少し口に含む。質の悪い酒は、カインの喉を通り腹を焼いた。


 カインの目の前で、ジェイは同じ酒を一気に煽(あお)る。半分程飲み干して、勢い良くテーブルに叩きつけた。


「んで、どうなんだ、最近」

「どう、とは?」

「そりゃあ、色々あんだろ?」

「色々か……」


 カインは手元の酒に視線を向ける。暫し悩んだ後にもう一口だけ流し込んだ。


「別段変わりない」

「なんかあるだろ? 可愛いメイドちゃんに手を出したとかさー」


 カインは物言いたげな視線を送りながら、頭を横に小さく振った。


 貴族の屋敷に務める者達の恋愛(ラブロマンス)というものは度々(たびたび)話題に上がる。噂に違わず、良くあることで、侍女は格好の標的だ。


 カインは先月腹を膨らませて、泣きながら去った侍女の顔を思い出していた。大概は火遊びだ。主人に隠れて緊張感(スリル)を味わうように睦み合う。合意の元でなら問題も無いが、無理矢理組みしくことも多いのが現状だ。


 そんな男達と同列に扱われ、カインは眉を寄せる。


「なーんだつまんねーの」

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