いい方向に進んだワケ

 かなりの人だかりが現れてから一週間後。

 予想通りと言うべきか、ユランの経営する『魔法倉庫』に足を運ぶ人間は少なくなった。

 というのも、『安くて買える!』から『安く買えるけど、認められなければ難しい』という風に噂が変わったのが大きいのかもしれない。

 ユランやアリアが街を歩いているだけで、最近はそういう噂をよく耳にするようになった。

 当初、ユランは「やべぇ……見せしめで撃った魔法のせいでブーイングにならないよね?」なんて思っていたが、杞憂で終わったようで何よりだ。


「にしても、なんか上手くいきすぎじゃね?」


 この前の賑わいとは裏腹に、平和な昼下がり。

 ユランは本に式を書き写しながら、ふと呟いた。


「上手くいきすぎ、とは?」


 そんな呟きを聞いて、勉強と称してユランの横に座って本を覗き込んでいたアリアが首を傾げる。

 整った鼻梁、潤んだ桜色の唇といった全ての美を兼ね備えたような顔が眼前に迫り、少し仕草をしただけでドキッとしてしまう。


「いやさ、この前まであんなにやんややんやしてたのに、今はすっかり平和になったじゃん? ほどよくお客さんも来てくれるしさ……って、さっきから近いよキスでもしたいの?」

「はい、したいです」

「げほっげほっ!?」


 キッパリと言い放った弟子に、師匠は思わず咳き込んでしまう。

 まさか、あっさり肯定されるとは。

 冗談だと思うが心臓に悪い……なんてことを、口元を慌てて拭きながらユランは思った。別にアリアとしては冗談ではないのだが。


「げほっ……ほら、普通は「なんだよあんな店……ケッ」みたいな反応があってもいいと思うんだ」


 確かに、本来であれば大抵のお店が来る者拒まず。

 少しぐらいはお客を選ぶだろうが、ほとんどは「お金を持ってきたら売る」というスタイルでいる。

 一方で、ユラン達『魔法倉庫』は客側ではなくお店側の意思の方が強く、その差に文句が挙がってもおかしくはなかった。

 しかしながら、今はなんの酷い噂も苦情もなく、客足もほどよくあってただただいい方向へ話が進んでいる。


「あぁ、そのことですか」


 ユランの言葉を聞いて、アリアは頷く。


「なに、知ってんの? この怪奇現象の正体」

「いい方向に進んでいることがお化けのせいにしないでください。というより、話を脱線させないでください」

「あ、はい……さーせん」

「そういう話が挙がらないのは、単にうちの評判……もとい、からです」


 はて、俺の? なんで? 

 思わず頭に疑問符が浮かんでしまったユランは首を傾げる。


「私も軽く耳にした程度ですが、どうやらお師匠様の魔法の凄さに皆さん驚かれているみたいです」

「驚かれているみたいって……ただ病気を治す魔法とか五感を鋭くさせる魔法とか水流を操作する魔法とか売っただけなんだが?」

「普通は病を治せる魔法も五感を鋭くさせる魔法も水流を操作できる魔法もよっぽどな人ではないと扱えませんし、ましてや魔法書として起こせることもできませんよ」


 もちろん魔法士にもよるが、基本的にあまりそういった扱えることはない。

 普通は得意な魔法のジャンルや、初歩とまではいかないがそれなりに誰もが扱える魔法を扱えるぐらいだ。

 だが、ユランは得意不得意に囚われずにあらゆるジャンルで高度な魔法を扱う。さらには、扱うよりも困難な魔法書というものにまで起こしている。

 アリアの言う通り「だけ」にしてはあまりにも異常であった。


「見せしめに撃った魔法と、売った魔法を使っている人の話が広まって「あの人が最近噂の賢者なんじゃね!?」状態みたいです」

「うーむ……なんだか複雑な気分だ。身バレして面倒事が入ってくるかもという心配と、特定はされていないという事実に対する安堵感がせめぎ合っている」


 ユランは思わず天井を見上げ、眉を顰める。

 本当に複雑な心境でいらっしゃるようだ。


「そのため、「賢者の売る魔法じゃ、認められないと売ってくれない」のは仕方ないということになり―――」


 そうアリアが言いかけた瞬間、勢いよく扉が開いた。

 扉から姿を現したのは、如何にもがさつそうでお金も持っていなさそうなガラの悪い男。

 そして、近くにあった魔法書に手を伸ばし―――


「へへっ、なんだ簡単じゃねぇか!」


 


「…………」

「…………」


 あまりに堂々とした窃盗に、ユランもアリアも思わず呆気に取られてしまう。

 とはいえ、盗人にまんまと逃げられるわけにもいかず、隣に座っていたアリアが腰を上げた。


「……私が捕まえて参りますね」

「おう、待ってるわ」


 女性に行かせるとはなんて男だ—――なんて思われるかもしれない。

 しかし、アリアはソロでAランク冒険者。加えて「その辺の人間にアリアが負けるとは思えねぇし」などという信頼感がユランにはある。

 そのため、こうしてアリアが一人でお店から出て行こうとも心配することはなく、ユランは天井を見上げた。


(そういえば、最近店のことで忙しくて孤児院に顔を出してねぇなぁ)


 近々アリアと一緒に行こ、などと緊迫感もなくユランはふと思った。


 そして、少しの時間が経ち、ゆっくりとお店の扉が開かれた。

 姿を現したのはアリアと、もう一人。

 見ているだけでも重く辛そうな厚い甲冑に、腰まで伸びたストレートの金の髪。凛々しく、どこかあどけなさの残る綺麗な女性だ。

 そんな女性を見て、天井に顔を向けていたユランは「聖騎士だっけ、この甲冑って?」と小さく首を傾げる。


 そして―――


「わ、私に魔法を売ってくれないだろうか!?」


 女性は、勇気を振り絞るかのように真っ直ぐユランへ言い放ったのであった。

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