繁盛の弊害
まさかこんなに繁盛することになるとは。
とりあえず、ユランはドアに防護魔法と店に防音魔法を施し、引き篭もることに。
何せ、このままでは店に大量の人が押し寄せてくるからだ。窓を覗けば、眼前に広がるのは群がる人だかり───きっと、防音魔法を施さなければ、ロクに会話もできない状況になっていたことだろう。
「……由々しき事態だ」
ユランはカウンターで腕を組みながら真剣な顔を見せる。
「大反響、大繁盛はバッチコイの姿勢ではあるのだが……」
「こんな人数を捌けるわけではありませんしね」
アリアが紅茶を淹れながら口にする。
ある意味、こんな状況でも平然としているあたり、彼女は意外と豪胆な性格の持ち主なのかもしれない。
「ぶっちゃけ、こんな人数いたら俺が過労死するぞ? 皆の需要を満たせる魔法書なんて数多いわけじゃないし」
なんでもかんでも客に魔法書が売ればいいというものではない。
相手の目的がどんなもので、何がほしいか。それが分かっていないと、ただ使えない魔法を所得するために金を払うことになる。
当然、転売目的でなければそういう人間はいないし、己がほしい魔法をくれと要求するのは当たり前。
とはいえ、皆の需要を満たしている魔法が都合よく全てこのお店に揃っているかと言われたら、二人は首を横に振るだろう。
すると、どうしなければいけないのか? 単純に、ユランがまたしても魔法書を作らなくてはならなくなる。
「無理無理死ぬ死ぬ。そんな都合よく俺が魔法を作り出してるとは限らないんだぞ……ッ!」
「まだ勉強の身ですし、私が作るわけにはいきませんからね……」
「そこなんだよなぁ」
だからこそ、客を店の中に入れるわけにはいかない。
パンクしてしまうのは、火を見るより明らかなのだから。
「ってなると、マジでどうするべきか……」
こういう時、セレシアのような商売に長けた人間がいればいい案でも出してくれただろう。
しかし、ここにいるのは「こんなに客が来るとは想定外」などと言っている商売ド素人だけだ。
中々いい案が浮かんでこないのも無理もない話である。
「……なぁ、今から大人しく一人一人にどんな魔法を望んでいて、売れるか売れないか決めていかね?」
「時間はかかってしまいますが、その方が無難な気がしますね」
「最悪、文句を言うやつはどっかに飛ばせばいいしな」
「……未知の魔法と見知らぬ場所のせいで、飛ばされた相手は帰宅方法が分からなくなりそうです」
『飛ばす=空間転移』などという高等魔法をサラッと扱おうとするあたり、流石は賢者である。
「よーし、お兄さんは覚悟を決めて蟻ん子の群れに突貫するぞー! 引き籠もりのコミュニケーション能力を舐めるなよ!」
「引き籠もりに大したコミュニケーション能力があるとは思えませんが」
「そこっ、茶々を入れない!」
売って売ってじゃんじゃん遊んで暮らせるだけのお金はほしい。
しかしながら、『売る相手は選ぶ』をモットーにしてしまっている限り、窓の外から見える人全員には売ることができない。
中々上手くいかねぇなぁと、商売の難しさを改めて理解したユランは、防護魔法を解除して店の前へと出た。
『やっと出てきたか!』
『ここ、魔法書を売ってくれる店なんだろ!?』
『私、強力な魔法がほしいっ!』
やんややんや。
ユランの姿が見えるなり、押し掛けて群れを成している市民達が騒ぎ始める。
それを受けてユランは大きなため息をつくと、大きな声を出した。
「えー、あくまでうちは悪用防止のため『我々が認める人間のみ』に魔法書を売るお店です。そのため、一人一人目的をちゃんと教えてくださ───って、こらこら一列にちゃんと並んでー、イケメンと美少女がちゃんと話聞くからー」
あ、私も捌かなきゃいけないんですね、と。
さり気なく押し付けられた弟子は、店の中でそっとため息をついた。
♦♦♦
───結局、店にやって来たのは『安くてただただ魔法書がほしい』だけの人達みたいで。
今までに売った花売りの女の子や冒険者の女性のように、大した目的などなかった。
「まぁ、こんなもんだよなって安心してる俺がいるよ」
「閑古鳥が鳴いている方が心安らぐとは思いませんでした」
日が暮れ、茜色の日差しが店の中に差し込み始めた頃。
ユランとアリアはぐったりとした様子で椅子に腰掛けていた。
「嘘言う輩もいるわ、魔法書を盗もうとする輩はいるわ……改めて思うけど、セレシアってすげぇよなぁ。よく商会作れたなー」
「今だけは、業腹ですが認めざるを得ませんね……」
一人一人話を聞く最中、嘘を言ってユラン達に認めてもらおうとする人がいた。
二人に看破の魔法がなければ、きっと悪用……とまではいかないが、騙されることになっていただろう。
加えて、中々ユラン達が認めないから勝手に店の中に入って魔法書を盗もうとする人もいた。
最終的に売れた魔法書は五冊。あの人数に対して、かなり低い売り上げだ。
「……俺、案外のんびりボチボチ売る方が性に合ってるのかも。程よく稼げればいいわー」
「私も、お師匠様とのんびりお店を運営していきたいです」
ぐったりと、それぞれの表情を見せながら二人は椅子に座り込む。
とはいえ、今日一日でかなりこのお店のハードルが高いことは知れ渡ったはず。あまりにしつこい人間には魔法で軽く見せしめとして脅してみせたので、強気で来る人間は少なくなるだろう。
これからは、あのように大勢の市民が押し寄せてくることはないかもしれない。
そして、それからしばらく───
「ひ、姫様のために……私に魔法を売ってくれないか!?」
聖騎士と名乗る女の子が、お店にやって来た。
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