「んで、何しに来たんだよ、セレシア?」


 やって来たのは、いつも懇意にさせてもらっている商会の商会長様。

 赤い髪を靡かせる女性に向かって、ユランは手で椅子を浮かせて横に置いた。


「なによ、お店も貸してあげてるのに冷たい態度ね」

「いや、そういう意味じゃなくてな……」

「ただ、あれからどうしてるか気になったから、合間縫って来てあげたんじゃない」


 腰を下ろし、頬を膨らませるセレシア。

 美人がこのような仕草を見せるのだから、男はたまったものじゃない。

 ギャップあるセレシアを見て、この場唯一の男であるユランは思わずドキッとしてしまった。

 一方で―――


「……お師匠様、この前教えてもらった爆裂魔法を練習したくなりました」

「おぉ、そうか。アリアは勤勉でいいな―――って、どうしてこっちに向ける? 火気厳禁だぞ魔法書多いんだから!?」


 そういう問題ではないのだが、ユランは慌てて手をかざしてくるアリアから距離を取った。

 どうやら、お師匠がドキドキしていると弟子は気分が悪くなるらしい。


「それで、結局どうなの? 魔法書は順調に売れてる?」


 セレシアの言葉に、ユランの耳が反応する。

 そして勢いよく振り返ると、そのまま見事なドヤ顔を披露した。


「聞いて驚け! 二冊も売れた!」

「ですが、実際の売り上げは魔法書の十分の一ほどの額だけです」

「待て待て、水を差すなよいいじゃん出費ゼロで売れたんだから!」


 とは言いつつ、元々魔法書の原本だったり魔力液だったりのお金がかかっているので出費がゼロというわけではない。

 まぁ、工賃の方はほぼ趣味というか研究の流れで生まれたもの故に実質タダなのかもしれないが。


「ふぅーん……まぁ、そもそもあなたの名前って広まってないしね。始めはそういうものなのかもしれないわ」

「広める気もないしな、面倒事に巻き込まれそうだし」

「あと、看板がないわ」

「それはマジでご協力をお願いしますッッッ!!!」


 ユランは華麗にセレシアの前に移動して頭を下げる。

 男のプライドが一切感じられない切実な姿勢に、アリアもセレシアも少し引いてしまった。


「そうね……まぁ、十万ギルほどで作れることは作れるけど……」

「ピッタリ売り上げ分ですね」

「ちくしょう、売り上げが一瞬にしてゼロにッッッ!!!」


 逆に言えば、売り上げがあったからこそ看板が建てられるわけで。

 そういう風に受け取ろうと、ポジティブな考えでユランは浮かんだ涙を拭った。


「ちなみに、お店の名前ってなんなの?」

「『魔法倉庫』です」

「『魔法倉庫』……いいじゃない、なんかしっくりくるし───って、なんでユランはまた泣き始めるの?」

「それはあなたがお師匠様のガラスのハートを殴ったからでは?」

「待ってちょうだい、なんの話?」


 セレシアは知らない。

 このお店の名前が即否定されたあとにアリアが決めたものだということを。

 本人は納得したものの、自分のネーミングセンスが追加で否定されたような気分になっていることを。

 まぁ、ユランのネーミングセンスが酷かったのは事実なのではあるのだが。


「んー……今、そういえば職人の手は空いてたかしら? 店も始まってるし、なるべく早めに建ててあげたいわね」


 ブツブツと脚を組んで顎に手を当てながら呟き始めるセレシア。

 それが頼もしいことこの上ない。

 ユランは「ありがたい」と、アリアは「ポイント稼ぎですか……」などと感じ方が違っていた。


「あ、そういえば」


 呟いている途中、セレシアが思い出したかのように顔を上げる。


「ここに来る途中、街で結構噂になってたわよ」

「噂?」

「えぇ、なんでも格安で魔法書を売ってくれる店があるって」


 もしかしなくても、花売りの少女や冒険者の女性が言ってくれたのだろう。

 わざわざ口コミをしてくれたことに、ユランは少しばかり嬉しくなる。


「全員に売るわけではありませんけどね」

「あぁ、そんなこと言ってたわね。売る人を選ばないと、悪用されるかもしれないって」

「……今のところ、女性ばかりに売ってます」

「…………」

「おい待て、なんで二人はそんな冷たい瞳で俺を見るんだ?」


 ただ来ている人に売っただけなのに、と。

 ユランは心外そうな表情を浮かべる。


「ですが、いい調子ですね。噂が広がっていけば、自然と客足も伸びるでしょうし」

「ふふふふ……いいぞ、俺の懐が温まる最高の予感がする!」


 師匠の喜ばしいというか、何やら気持ち悪いというか。

 お金が稼げる予感に対し、ユランは不気味な笑みを浮かべ、その姿を見てアリアもまた嬉しそうな顔をする。

 そんな二人とは裏腹に───


(二人は喜んでるけど……正直、美味い話の裏は大抵何かがあるのよねぇ)


 面倒なことにならなきゃいいけど、と。

 セレシアはふと窓の外を眺めるのであった。



 ♦️♦️♦️



 そして───


『俺に魔法書を売ってくれ!』

『いいや、私に!』

『俺にも売れるだろ、出てこいよ!』

『開けてくれよ、早く!!!』


 ───店の前では、多くの人集りが。


「や、やべぇよ……流石にこれは想定外だぞ!?」

「私も、これは予想外です」


 看板がまだできてなくてよかった。

 なんてことを、ユランは店のドアを押さえながら切実に思った。

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