魔法習得

 魔法書を使って魔法を覚えるには、読み込む必要がある。

 覚えるために何度も見返すのではなく、一ページ一ページをじっくりと目を通していく。

 そうして最後まで読み込むと自然に頭の中へ魔法が溶け込み、初めて使えるようになるのだ。


 そのため、客が魔法書を読んでいる間は暇になる。

 ユランとアリアはカウンターの少し奥で、椅子に座りながら雑談をしていた。


「無詠唱ってあるじゃん? あれってさ、実は結構効率悪いんだよな」

「そうなのでしょうか? 詠唱を短縮できるというのは魔法士にとってかなりメリットです。何せ、詠唱をしている間の無防備な時間をなくせるわけですから」

「だが、無詠唱は詠唱っていう過程を挟まない分、威力も効力も下がる。っていうわけで、常備防御魔法を張りつつ、その間に詠唱をするっていうのが一番だと思う」


 その雑談も、年相応の色っぽい話などではなく。

 流石は賢者とその弟子というか、魔法に関する話ばかりであった。

 それがかれこれ数時間。

 すると───


「きゃっ!」


 女性の持っていた魔法書が青白く燃えた。

 その驚く声によって、ユランとアリアが話を止める。


「おっ、魔法を覚えたみたいだな」

「あ、あの……魔法書、燃えてしまったんですけど……!」

「大丈夫ですよ。魔法書は魔法を覚えると燃えてしまうものですから」


 使われますか、と。アリアが濡れた布巾を女性に手渡す。

 燃えると表現しているが、実際には消失したという表現が正しく、熱は感じない。

 それでもこうして渡してくれるアリアは、かなりの気遣い上手さんだ。


「どうですか? 初めての魔法書は」


 布巾を手渡しながら、アリアが優しく尋ねる。

 目には何も映らない。ただただ女性が静かに片目を伏せ、徐に瞳を開けると───


「み、見えます……! 見えます! 凄くよく! 見えていた時よりも、すっごく!!!」


 興奮したように、女性は何度もその場で飛び跳ねる。

 その姿を見て、ユランは頬杖をつきながら自然と口元を緩めてしまった。


(こういう、魔法で喜ぶ姿を見ると嬉しくなるもんだな)


 自分の力……ではなく、魔法で。

 それは、ユランが魔法を扱う───いや、魔法が大好きだから思ってしまうことだろう。

 流石は賢者。これが賢者、と言うべきか。自然と笑っている師匠を見て───


(ふふっ、こういうお姿は子供らしくて可愛らしいですね)


 そして、のだと、アリアもまた笑みを浮かべた。


「あのっ、これお代です!」


 そう言って、女性は嬉しそうな顔を見せながら小袋をユランに手渡した。

 中には銀貨と金貨が詰め込まれており、バラつきが確認できることから本当にかき集めてきたのだと分かる。


「うん、確かに」

「い、いいんですか? 本当にこんな金額で……」

「いいっていいって、こんな可愛い女の子に使ってもらって俺も鼻の下が伸びるし───」


 ドスッ(張り倒す音)

 ゴッ、ゴッ(拳を振り下ろす音)


「構いませんよ、お師匠様が提示した金額ですので」

「少しは俺を構って!?」


 かなり酷いことをされたのだが、弟子はまったく構ってくれなかった。


「あ、あの……本当に嬉しくて……絶対に、このお店を宣伝しますね!」


 何度も何度も頭を下げ、冒険者の女性は頭を下げて店から出て行ってしまった。

 まさかこんなに頭を下げられるなんてと、ユランは手を振って見送りながら少し驚く。


「なぁ、こんなにお礼を言われるって少し意外って思わない?」

「思いませんよ? 何せ、かなり破格のご提示でしたので、あれぐらいお礼を言われないと割に合わないというものですから」

「そうか?」

「そういうものです」


 そんなもんか、と。ユランは椅子に座り直してふと天井を仰いだ。

 そして、ふと視界に入った小袋を見て───


「ぐふふ……手に入ったぜ10万ゼニー! これで遊びたい放題飲み放題女の子とイチャイチャし放題!」

「おめでとうございます、お師匠様。では、こちらのお金は私が預からせていただきますね」

「何故に!?」


 颯爽と回収された小袋に手を伸ばしながら、ユランは一瞬にして涙を浮かべる。


「待って、それが俺の生命線なの! 明日を生きるお金がその小袋の中に詰まってんの! 今君がしている行為はいじめを通り越して圧制よ!?」

「お師匠様は無駄使いが激しいからダメです。こういう地道な稼ぎが夫婦円満な過程を築いていくにあたって必要なものなのですから」

「夫婦って何!?」

「お師匠様はまだ分からなくて結構です」


 やんややんや。初めてまともに入ったお金のはずなのに、二人は喜ぶことなく揉め始める。

 仲がいいというか悪いというか。もし傍に誰か傍観者がいれば「まったくもう」と生温かい瞳を見せることだろう。

 その時───


「ユラン、儲かってるー?」


 一人の綺麗な赤髪を靡かせる女性が、お店のドアを開いた。

 その姿を見て、アリアはあからさまな舌打ちをしたのであった。


「来ましたね、女狐が」

「ねぇ、この子の当たりが強いんだけど、なんとかならない?」

「俺に言われても困る」

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