お客様第二号

 やっと来た、お客様第二号。

 やっぱり閑古鳥が鳴いていたから「やべぇ、売れねぇ……」と嘆いていたユランのテンションは少し上がる。

 気持ち的には、今なら何でも最安値で提供しちゃう感覚だ。

 しかし、そんな師匠の内心を見透かしたのか、アリアが横でユランのほっぺを軽く抓る。


「いひゃいいひゃい……どったの、アリア?」

「目的が大事ですよ、目的が。女の子だからと言って財布の紐と鼻の下を伸ばさないでください」

「俺、そんなだらしない顔はしてなかったんだが……」


 アリア的には、どうやらだらしない顔をしていたらしく。

 客の目の前ということもあってか、ユランは咳払いを一つ入れて気持ちを切り替えた。


「それで、一体どんな魔法をご所望で?」

「はいっ! 視力がよくなる魔法がほしくて!」


 なるほど、と。ユランは顎に手を当てる。

 視力を上げる魔法であれば、ユランは当の昔に作り上げている。それどころか、嗅覚や聴覚も上げられる魔法もセットで魔法書にしているぐらいだ。

 何かに攻撃する、何かを生み出すだけが魔法ではない。補助、美容、それこそ先の花売りの時のように病気にだって対応してみせるのが魔法だ。

 といっても、大抵普通の魔法士がその域に到達するのは難しい。

 以前も言ったが、外傷や世の事象など目に見えるものであれば作りやすかったり扱いやすかったりするものの、目に見えないものだとかなり複雑になってしまう。

 少なくとも、今現在の魔法では視力を上げる魔法など存在しない。一定の場所の映像を見ることができるぐらいだ。


「して、どうしてそのような魔法を?」

「私、見ての通り弓士なんですけど……昔、モンスターに怪我を負わされてしまいまして、その際に……」


 そう言って、少女は瞳を押さえる。

 しかし、言葉とは裏腹に先ほどから見ていたが両目はしっかりと綺麗に澄んだものであった。

 ということは—――


「まぁ、治癒魔法は眼球の形を元に戻すのが限界だからなぁ」

「そうなのですか?」

「治癒魔法って、そこまで万能じゃないんだ。意外とデリケートで、見た目の外傷なんかを治せるっていったって完璧にできるとは限らない。今回で言うと、眼球っていう物体を治すことができただけで神経までは元に戻せなかった感じか?」


 もちろん、これは魔法を使っている魔法士にもよる。

 魔法を扱うセンス、魔力量といった魔法士の力量にも大きく左右されてしまうのだ。

 もちろん、専門の聖職者だったりユランのような卓越した人間であればもっといい結果で終わっただろう。

 ただ、これに至っては料金やらその場の状況に関係するので文句はつけられない。


「一応見えるのは見えるのですが、片目の視力がかなり悪くて……最近、弓士なのに仕留められなくて皆に迷惑をかけてばっかりなんです。だから……」


 シュンと、悔しそうに……落ち込んでいるような表情を見せる女性。

 その姿を見て───


「さて、判決に入ろう」

「判決!?」


 真剣な顔で裁判らしき何かが始まってしまった。


「パーティー仲間を想っての目的……いいじゃないか。視力を上げるだけだったら悪用もないだろうし、この場で使わせれば転売云々の懸念もなくなる」

「私としても、このような方であれば問題ないかと。というより、お師匠様のお気持ちと生涯の人生に私は従います」

「え、重くない? お気持ちのお次の言葉が重くない?」

「重くありません、弟子なら普通です」

「そ、そうか……」


 女性を他所に、頬を引き攣らせるユラン。

 一体何を話しているんだろう? 女性は首を傾げる。


「あ、あの……」

「ごほんっ! すまない、判決だったな」


 咳払いを一つ。

 そして、話し合いはすぐにまとまったようで───


「君に魔法書を売ろう」

「本当ですか!?」


 女性は思わず大きな声を出して反応してしまう。


「あぁ、やましいことだったら売らない方針なんだが、別にそんなことはなさそうだし。っていうか、売らないと宝の持ち腐れだし」


 女性はホッと胸を撫で下ろす。

 だが、すぐに可愛らしい小首を傾げ始めた。


「でも、視力を上げる魔法ってあるんですか?」

「もちろん」


 ユランは人差し指を上げて女性へと向ける。

 すると、棚にささっていた一冊の本が宙に浮き、そのまま女性の手の中に収まった。


「『身体強化フィジカルアップ』。視力だけじゃなくて筋力や聴力なんかも上げてくれる優れものだ」

「筋力も上がる!? そ、それって……凄いですね。でも、こんなに凄いのならお高いんじゃ……」


 魔法書は一般的に高価なものだ。

 書かれてある魔法によって価値が上がり、冒険者で食い繋いでいるような平民には最低限の魔法でも手に入らないのが普通。

 残念ながら、女性にはあまり手持ちのお金がない。

 もちろんあるだけは持ってきたし、女の子の話をチラッと聞いて「もしかしたら?」とは思って足を運んだ。

 とはいえ、実際に渡された魔法書を見て心配してしまうのは無理もない話だ。


「ちなみに、予算はどれぐらい?」

「え、えーっと……10万ギル、です」


 申し訳なさそうに、女性は口にする。

 それを見て、ユランは「本当に忙しない顔だなぁ」と苦笑いを浮かべてしまった。


「いいよ、それで」

「えっ……えぇっ!?」

「えぇって……いや、持ち金それしかないんだろ? だったらそれでいいって」


 100万ギルはくだらない魔法書を、たった十分の一で。

 一応少女から話は聞いていたとはいえ、あまりにも安すぎる。


「で、ですが……分割が可能でしたら、そうしてでも───」

「いいって、本当に。元より趣味で作ってただけで、最低限稼げれば俺はそれでいいんだからさ」


 ユランはもう一度指を振って壁際に置いていた椅子を浮かせて女性の横へ下ろした。

 座れ、と。そう促すように。


「言っておくが、治すのではなく魔法を使えるようにするだけだ。だから、視力を上げたい時に魔力を注ぐことになる」


 それでも、と。

 ユランは女性に向かって問いかけるように笑みを浮かべる。


「君は賢者から与えられる魔法を望むか?」


 女性はその言葉を聞いて、自然と魔法書のページを捲り始めたのであった。

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