店の名前

 結局、あの花売りの少女は翌日にすぐお店に花を持ってきた。

 それだけ早く病気な母親を治してあげたかったのだろう。

 約束通り少女へ昨日作った魔法書をあげ、その場で使い方を教えて多大なる感謝をいただいたあと───相変わらずの閑古鳥が鳴いている中、ユランは口を開いた。


「看板云々の話もあるけどさ、そもそも店の名前決めてなくね?」

「言われてみればそうですね」


 ユランは頬杖をつきながらふと思った。

 なんのお店か分からない……じゃあ、看板作ろう。じゃあいざ看板を作るのはいいけど、そもそもなんて書けばいいの? から始まった今更な話。

 アリアも気づいていなかったのか、本を閉じて椅子に座ったままユランへ視線を向けた。


「お師匠様的に、何か候補でもあるのでしょうか? まぁ、といってもすぐには思いつかないかもしれませんが」

「フッ……ナメてもらっちゃ困るぜ、我が弟子よ。こう見えても、多くの魔法を生み出し、そこに命名してきた男だぞ?」


 確かに、ユランは多くの魔法を作り出しては分かりやすいように名前をいくつもつけてきた。

 そのため、考えていなくともすぐに名前をつけるなど朝飯前。こと、名前をつけるに至っては慣れも慣れなのだ。


「では、お師匠様……そういうことであれば、早速♪」

「ふむ……」


 少しだけ、ユランは顎に手を添えて一考する。

 そして───


「『ユランくんの絶対安心☆魔法書販売店』」

「却下です」


 ───即否定が入った。


「どうして!?」

「逆に何故、私がそのお店の名前を許可すると思ったのですか?」


 どっからどう見てもツッコミどころしかないだろうに、と。

 アリアは師匠のネーミングセンスに嘆息つく。


「では、俺とアリアの頭文字を取って『ユアの魔法書販売店』───」

「却下です」

「だ、だったら男心を入れて『烈火の魔法書───」

「却下です」

「次は───」

「却下です」

「まだ何も言ってないだろう!?」


 正直、どれも看板にはしたくないなとアリアは思った。


「そ、そんなに言うならアリアが考えてみろよ! いい感じのやつ!」

「そうですね……」


 今度はアリアが少しの間に一考する。

 そして、ゆっくりとその桜色の唇を開いた。


「『』、などいかがでしょう?」

「…………」


 なんの捻りもないが、正直「いいな」と思ってしまったユランであった。


「……俺だってもうちょっと時間があれば考えついたもん」


 だが、それもそれでなんか悔しい。

 一応、アリアの師匠なのにと、少しだけ唇を尖らせて拗ねてしまった。


(お師匠様……なんて可愛いっ♡)


 だが、そんなユランの拗ねる姿はアリアのご機嫌を上げるだけであった。


「もう、それでいこうぜ……なんか気に入ったし」

「ふふっ、そう拗ねないでください、お師匠様。あとで膝枕して差し上げますので♪」

「なぁ、なんでそんなにアリアはご機嫌なの?」


 師匠の拗ねた顔にキュンときたからなどとは露ほどもにも思っていないユラン首を傾げる。

 その時───


「あ、あのぉ……すみません」


 ───ふと、店の入り口がゆっくりと開かれた。

 そこから姿を現したのは、恐る恐るといった様子で顔を出す女性の姿。格好がどこかラフであり、背中に弓やバッグを抱えていることから、恐らく冒険者だろう。

 とはいえ、ユランの知り合いではない。見知らぬ人を見て、ユランは更に首を傾げる。


「えーっと……どちら様で?」

「お師匠様、こういう時は「いらっしゃいませ」と言うのが普通ですよ」

「あぁ、そっか……一応店だもんな」


 商売経験なしの素人のユランは女性を見て、頭を下げる。


「い、いらっしゃいませ……?」

「あ、はい……って、何故ここにアリアさんが!?」


 恐る恐るから一変。アリアの姿を見て、冒険者らしき女性は驚く。

 知り合いだろうか? なんて思ったが、さも平然としているアリアの様子から知り合いではないのだと理解させられる。

 とはいえ、なんでこんなに驚かれているんだろうかとは疑問に思うわけで───


「有名人なの、アリア?」

「はて、そのような記憶はないのですが……」

「有名ですよ!」


 冒険者の女性が食い気味に反応する。


「Sランク冒険者に最も近いと呼ばれたAランク! パーティーではなく、ソロでその域まで辿り着いた魔法の天才ですよ!? 知らないんですか!?」

「お、おぅ……すまん、さして興味はなかった」

「何せ、お師匠様には負けてしまいますからね」

「お師匠様!?」


 忙しない人だなと、更に驚く女性を見て二人は驚いた。


「んで、今日はどういった目的で? 看板も立ってないし、何売ってるか分かってやって来たのか?」

「あ、はい……さっき、花売りの女の子が嬉しそうに話しているのを聞いて……」


 おっと、これは予想外。まさか口コミが始まっているとは。

 そんな気もやり方も知らなかった商売ド素人なユランは棚からぼたもち感覚で驚く。


「それで、平民でも魔法書が買えるって聞いて……私にも、魔法書を売ってくださいっ!」


 お客様第二号。

 それは、なんと想定外の口コミからやって来たのであった。

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