お店、探してます
さて、商品は「まぁ、適当でいっか」などで完結してしまい、次なる目標は店を入手すること。
街の真ん中でバザーのようなことをして魔法書を売れば「インチキなのでは?」と思われ買い手が見つからなくなる。
花やちょっとしたアクセサリーならまだしも、相場で最低でも金貨百枚(※100万ギル)はくだらない物を床に並べて売れば胡散臭さマックスだ。
故に、腰を据えて売れる店舗はマスト。
そのため、ユランはとある伝手に相談しに行くことになったのだが、正直望み薄。
何せ、その伝手はポーションなどを販売するような商会の人なのだから───
「あるわよ」
「あるの!?」
対面に座る女性。
綺麗な赤髪を靡かせ、貫禄と大人びた雰囲気を醸し出す容姿端麗さ。アリアに引け劣らない容姿の持ち主だが、ユランがただただ驚くだけの反応を見せるのは、それなりに付き合いの長い証拠だろうか?
名前をセレシア・カースタン───若くして王都に拠点を持つ、カースタン商会の商会長だ。
「そりゃ、うちは物件も扱っているもの。王都はそもそも物件が多いし、飲食店ならともかく普通の店舗なら二つ三つはすぐに用意できるわ」
「ほんと、セレシアのところってなんでも扱ってるよな。正直、物ばっかり扱ってるイメージだった」
「生活用品からドレス、傭兵までなんでも扱うのがモットーなの───もちろん、賢者様の作ったポーションもね」
アリアが最後の冒険者としてのお仕事に出掛けている間。
ユランは自分がポーションを卸している商会に足を運ぶことにした。事前にアポイントを入れていなかったから会えるか不安だったが、今の現状を見たら分かる通り杞憂。
こうして、お茶をいただきながら応接間に通させてもらっている。
そして、セレシアはユランの自作ポーションを卸しているクライアントであり───賢者の正体を知る、数少ない人間でもあった。
「でも、高いわよ? 仮にも王都だし」
「……ち、ちなみにお値段は?」
「毎月300万ギル」
「ヤバい、いきなり店畳みたくなった!」
「安いところでも150万ギル」
「そんな金あったらそもそも働こうなんて思ってないやい!」
商品を売るのはいいが、準備にこれほどお金がかかるとは。
商売ド素人のユランは賢者という呼び名に相応しからぬさめざめとした涙を流した。
「仕方ないじゃない、王都に店を構えるってことはそういうことなのよ」
「……ならいっそのこと、地方にお出掛けするしか」
「やめてよね、それだとポーションを買い難くなるじゃない。運搬費なんて馬鹿にならないんだし、あなたのポーションはうちの看板商品なんだから他所の商会に行ってほしくもないの」
っていうか、と。
セレシアはユランにジト目を向ける。
「……結構な額を渡してるはずなんだけど、なんで生活に困るわけ?」
「……ナンデデショウネ」
「はぁ……魔法の研究にお金がかかるのは知ってるし、あなたが女好きの酒好きっていうのは知ってるけど、散財は程々にしなさい。じゃないと、アリアが泣くわよ?」
「安心しろ、泣くどころか「あーん」を要求される」
「それを聞いて、私はどんな反応すればいいのかしら?」
セレシアは肩を竦め、テーブルの上に置いてある紅茶を口に含んだ。
「(まぁ、一番の出費は孤児院に寄付しているからなんでしょうけど)」
「ん?」
「なんでもないわ」
そして、セレシアはカップをテーブルに置くと、少し真面目な顔になる。
「私の商会に卸すって選択肢はないの?」
「いや、それでもいいんだが……アリアが「変な人が使うかもしれないので、私達で見極めなければ」って」
「うーん……そうね、アリアの言うこともごもっともだわ。確かに、魔法書は便利な側面もあるけれど、悪用されやすいって側面もあるわけだし。それも、賢者自身が作った超絶貴重な魔法書ならなおさら」
自分の商会で販売するとなっても、セレシア自身が販売するわけではない。
店員が間違えて不純な動機を持つ人間に売り、見事に犯罪───なんて可能性は大いにある。
それなら、アリアやユラン自身が直接販売した方がいいに決まっている。
「っていうわけで、店はマストなんだが……正直に言うと、金がない」
「毎月五百本ほどポーションを納品してくれたらお金は足りるわよ?」
「……なぁ、それだと俺は毎日根気で作らないといけなくなるわけだが?」
遊びたいためにお金を稼ぐのに、遊びにいけなくなるほど働くとなると本末転倒である。
「うーむ……じゃあ、地道に稼ぐしかないのかなぁ。でも研究したいし遊びたいしお酒も飲みたいし……」
ユランが腕を組んで頭を悩ませる。
すると───
「一つ、方法がないわけじゃないわ」
「……お前の商会で働くって言うのは嫌だぞ? 労働反対、ゆっくりなんの苦労もなく
「それは知ってるわよ……そうじゃなくて、家賃の話。なんだったら、毎月売り上げの十パーセントを払ってくれたらそれでいいわ」
固定ではなく、変動性。
しかも、売れなかったら大金を払う必要もない。
セレシアの提案に、ユランは目を輝かせる。
「本当か!?」
「まぁ、普通はしないんだけど……相手がユランだから特別。知り合いで世話になっている人を、普通のお客様と同じに扱えないわ」
そう言い切ると、ユランは突然テーブルを超えてセレシアの手を握る。
そして、眼前に迫るほどの勢いで感謝を口にするのであった。
「いや、本当にありがとうっ! やっぱり、セレシアは優しいよなぁ……マジで、超嬉しい!」
───ユランは気づいていない。
賢者と呼ばれるほどの魔法士が作った魔法書であれば、一冊だけで大金となる。価格自体はユラン本人に委ねるとしても、多くの貴族やそれこそ王族だって金を積んでまでほしがるはず。
つまり、家賃など超えるほどの額が高確率でセレシアの懐に入ってくるのだ。
ある意味、普通に家賃を払ってもらうよりもお得。
とはいえ───
「や、家賃……タダでいいわ」
「何故!?」
セレシアは急に美味しすぎる話に変わって驚くユランから顔を逸らす。
(だ、だって……こんなに嬉しそうな顔されたら……もっと喜ばせたくなるじゃない……)
眼前に迫ったユランの嬉しそうな表情を見て、セレシアは頬を染めながらそんなことを思ったのであった。
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