何を売るか

次回は9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 初めに言っておくが、別にユランは「俺が噂の賢者なんだ!」と隠しているわけではない。

 ただ、自ら言う話ではないな、と。自分から広めていったら自慢しているみたいじゃん、と。元より名声に興味がなく、そんな感じで自ら吹聴していないだけ。

 とはいえ、名乗り出ないものだから噂が勝手に歩き回っている現状になっている。それは、ユランが才能を誇示する機会を、引き篭っているせいで得られていないからだ。

 故に、正体不明。

 、彼の叡智の一端を覗くことはなかった───


「んー……売る魔法はどれにするか」


 さて、自分が作った魔法を売ろう! と考えたのはいいものの。

 商売の素人が昨日今日で何か行動に移せるわけもなく、あれから一週間が経ってしまった。


「いっぱい作りすぎてしまった弊害がまさかここにきて……」


 ユランは一人、リビングの本棚の前で腕を組む。

 ほぼ引き籠もりとしていつものように小屋へいるのだが、今日はいつものように魔法の研究に勤しむわけではなく、これから始める商売について考えていた。


「いかがなされましたか、お師匠様?」


 アリアが後ろからユランの顔を覗き込む。

 手には本棚に並べられているのと同じぐらいの本が握られており、こちらは勤勉に魔法の研究をしていたのだと窺える。


「いや、商売を始めるのはいいが、何を売ろうか悩んでいてな……」

「あぁ、確かに大事ですね」


 アリアはユランの横に腰を下ろす。

 もちろん、ピトッと肩が当たるぐらい距離を詰めて。


「おい、近いだろ女の子。アリアは可愛いんだから、狼さんにベタベタはよろしくないんだぞ?」

「ご安心ください、お師匠様にしかしませんので」

「はぁ……俺を枯れたおじいちゃんと勘違いしてないか? 師とはいえ歳が四つぐらいしか変わらんのに」


 相変わらずの甘えん坊っぷりに、お師匠は苦笑いだ。


「それで、お師匠様……悩まれているというお話ですが、商品まほうの候補はあるのでしょうか?」

「あぁ、もちろんだ」


 ユランは座ったまま、目の前の本棚から一冊の本取り出す。

 この世界において、魔法は全て学べるものになっている。もちろん、魔力や本人の扱う技量にもよるが、魔法書は『学び』において最も有用なものだ。

 何せ、読み込むだけで魔法が習得できるという優れもの。技術は問わず、魔力があれば必ず会得できる珍しい道具。

 その有能さは言わずもがなではあるが、デメリットを挙げるとすれば「一度読めば燃えてしまう」ということだろう。

 有能だが一度きり。

 ここに並んでいるのは、全てユランが編み出した魔法の式や理論といったものが書かれてある魔法書ばかり。

 つまるところ、これ一つで商品としては成立するのだ。

 ただ、本来魔法書はかなり高価なもの。作成コストが高く、そもそも作成できる人がいないことから、平民では決して手が届かない額で通常は取引されていた。

 おかげで、魔法が扱えるのは魔法書を買え、学園で学べる貴族しかほとんどいないのが現状である。


「例えば、これなんだが……」


 そう言ってユランから渡された魔法書のタイトルは───『殲滅級火属性魔法・紅蓮』というものであった。

 それを見て、アリアはそっと本棚に戻す。


「却下です」

「何故だ!?」


 否定されたことで、ユランはアリアに視線を向ける。


「商売の基本は相手の需要を満たすこと……つまり、相手がほしいものを提供することこそが真髄! これなら、誰だってほしがるはずだ!」

「街一つを一撃で破壊できるほどの魔法を売らないでください。戦争でもさせる気ですか?」


 魔法にはいくつか階級というものが存在している。

 初級から上級。更に上には超級というのが存在するが、殲滅級は超級の上。

 世界で扱えるのは極々僅かといったほどの、珍しくも強力すぎる魔法だ。


「いや、だって……男の子は燃え上がる火には憧れるだろう!?」

「まさか、このような理由で街を滅ぼしてしまえる魔法を……?」


 しょうもない理由で物凄いものを作り出していたようだ。


「ちなみに、こちらをおいくらで売ろうとしていたのですか?」

「え、とりあえず開店記念で100ギルぐらいでいいかなーって」

「パン一つほどの値段で街を引き換えにしないでください」


 誤って誰かが扱えては誤って撃ってしまったら大変なことだ。パン一つほどの値段で。


「じゃ、じゃあこれなんかどうだ!」


 そう言って、ユランはもう一つ魔法書を取り出す。


「相手の心が読める魔法だ! これさえあれば、意中の相手の気持ちなど一発で分かる優れもの!」

「これ、狙った相手だけでなくその場全員の心が強制的に読まされるやつですよね? 使ってみて頭が痛くなったのでオススメしません」

「そ、そうか……なら、相手の服が透けて見える魔法しぶべらっ!?」


 発言の最中、ユランの頬が思い切り引っぱたかれる。

 いきなり襲いかかった痛みに、ユランはその場で倒れ込んでしまった。


「燃やせ、と……この前言いましたよね?」


 隣には、冷たい瞳で倒れ込むユランを見下すアリアの姿が。

 どうやら、不埒な魔法は許してくれないらしい。

 そのため、ユランはヒリヒリする頬を押さえながら仕方なく魔法書を棚に戻していく。


「うーむ……となると、超級から初級の間で揃えるとするか。平民に手が届くような魔法の方がいいだろうし」


 どれにすべきかな、と。

 ユランは再び振り出しに戻るかのように腕を組んで頭を悩ます。


「そもそも、商品云々の前に店舗ですよ。ポーションと同じように卸すつもりはないのですよね?」

「まぁ、一応。「これどんなの!?」って聞かれたら俺が答える方がいいかなーって」


 確かに、高度な魔法をいち商会の人間が説明するのは難しいだろう。

 面倒ではあるが、中抜きもされない以上自分で表に立った方がいい。


「まぁ、見極めの意味でもお師匠様が店に立った方がいいかもしれませんね」

「見極め?」

「卸してしまうと、誰が魔法書を使用するか分かりません。それが悪事に使われたら大変でしょう?」

「うーむ……言われてみれば」

「……何故真っ先に気づかないのか不思議です」


 気づいていなかったからこそ、パンほどの価格で凄いものを売ろうとしたのだろう。

 これは私も一緒にいなければと、アリアに妙な決心が芽生える。


「そういえば、アリアは手伝ってくれんの? 一応、冒険者として活動してるだろ?」

「先日、冒険者を辞めるために届けを出してきました」

「何してんの!?」


 アリアとユランは一緒の暮らしてはいるものの、生活費はそれぞれ調達している。

 それは自分が散財癖があるからと、自ら提案したもの。そのため、ユランは作ったポーションを、アリアは冒険者としてそれぞれお金を稼いでいた。

 つまり、アリアが冒険者を辞めれば生活費はなくなるわけで───


「ご安心ください、お師匠様とは違って貯金するタイプですので、しばらく問題ございません」

「いや、だがなぁ……」

「私はお師匠様の弟子ですよ? これぐらいのお手伝いはします」


 うーん、と。納得しない様子のユラン。

 一方で───


(ふふっ、一緒に働いて一緒に生活費を稼ぐ……新婚さんみたいです♪)


 ───アリアは内心上機嫌なようで。

 ピトッと、更に距離を詰めて甘えるようにスキンシップをするのであった。





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