賢者と弟子
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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お店ができる前に、こんな噂が国中に広まっていた。
―――この国には新しい魔法を次々と生み出す賢者がいる、と。
その人間は、戦闘嫌いで叡智を覗く機会はなく。
その人間は、自由気ままな生活を望んでいるため引き籠っている。
その人間は、その気になれば国一つを消してしまえるほどの魔法を扱う。
その人間は、魔法一つであらゆる病を治してみせる。
その人間は、優しく、誰にでも手を差し伸べ。
その人間は―――年若い青年だという。
ただ、これはあくまで噂話。
その人間に出会って助けられたと口にする人間がそう呼んでいるだけ。捏造、思い込み……などと思う人間が多いからこそ、噂で空想上の人物だと言われている。
とはいえ、その話は事実である。
王都から少し離れた森の中にある小屋にて、その人物は住んでおり―――
「金がねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
とある昼下がり。
周辺には建物も人もないからか、近所迷惑上等の声が響き渡った。
小屋の中のリビングにて、一人の青年が頭を抱えてテーブルに肘をつく。
そんな様子を見て、一人の少女が大きなため息をついた。
「はぁ……お師匠様、いくら日が高い時でも流石に騒がしいですよ」
長い銀の髪。あどけなくも愛らしい端麗な顔立ちに、整った鼻梁。透き通ったアメジストの瞳に、潤んだ桜色の唇。
歳は十六か十七だろうか? うら若く、美しい容姿は街を歩けば誰もが振り向いてしまうほど。
そんな少女はサイズの大きめなローブを揺らしながら、青年の下へ手に持っていた紅茶をテーブルの上に置いた。
「ほら、お師匠様。紅茶でも飲んで落ち着いてください」
「……アリア、紅茶じゃお腹は膨れないんだ」
「お腹が満たされない原因は、お師匠様が遊びなどで金を使いまくるからです」
アリアと呼ばれた少女はジト目を向ける。
そして、こう呟いたのであった。
「これが賢者と噂される青年だと、皆様が知ったらさぞ驚くでしょうね」
数多くの魔法を生み出し、誰よりも巧みに魔法を扱う人間。
アリアの言葉通り、この青年———ユランはその賢者である。
探求心旺盛で、誰よりも魔法の才能に恵まれ、青年と呼ばれるほどの年齢でありながらも国中の魔法士を凌駕するほどの知識と実力を持つ。
しかし、その事実にもう一つ。
クソほどしょうもない人間性が加わっており―――
「なに、遊んじゃダメなの!? いいじゃん、遊んでも! お酒も女の子も魔法の研究も俺の趣味で生きがいなの! 一度きりの人生なんだ……悔いの残らないよう謳歌してもいいんではないでしょうか!?」
「その結果が、一文無しですけどね」
「ちくしょうッッッ!!!」
ユランは涙を浮かべながらテーブルを叩く。
その姿は、早速後悔しているようにしか見えなかった。
「前から申し上げていますけど、真面目にポーション作成以外でもお金を稼がれてはいかがですか? たとえば、宮廷の魔法士団に所属するとか、どこかのお貴族様の家庭教師をするとか。お師匠様の実力であれば、引く手数多のはずです」
「嫌だよ、宮廷の魔法士団になったら戦闘戦闘たまに護衛の毎日だろ? 俺は平和主義者で安全主義者なの。それに、お貴族様の家庭教師になったら相手に気を遣わないといけないし、政治云々の道具にされそうで嫌だ」
「お師匠様……」
「だって、想像してみろよ! 食事に招かれたら「おいしゅうございます」とか作り笑いを浮かべながらおべっかだぞ? 美味しいご飯の味がしなくなるって!」
「それは私も嫌ですけど」
かといって、ポーションを作って商業ギルドに卸すだけではそこまで稼ぎはない。
宮廷の魔法士団に所属したり、貴族の家庭教師をした方が給金が高いのは言わずもがな。
他にも冒険者として依頼をこなしていく……という考えもあるのだが、戦闘嫌いのユランがするわけもなく。
「俺はな、好きな時に魔法の研究をして、好きな時に遊びたいの! 周囲が勝手に超かっこいい男だとか賢者だとかイケメンだとか噂しようとも、俺はこのスタンスは変えん!」
堂々と胸を張るユラン。
言っていることは情けないの極みなのだが、どうしてかアリアは軽蔑することはなかった。
それは、アリアがユランの弟子だからか? それとも―――
「……孤児院のシスターから子供達が作ったパンをもらいましたので、そちらを食べられますか?」
「またもらったのか? いや、ありがたいんだけどさ……あっちだってそんなに余裕があるわけじゃないだろ? 断ってくればいいのに」
「どこかの誰かさんがお金もないのに毎月寄付をしているらしいので、そこまで苦しくありませんよ」
「……なぁ、なんでお前はそんな厳しい瞳を向けてくんの? 俺、一応師匠なんだけど」
ユランが怯えたように体を丸め込む一方で、アリアはリビングからキッチンへと戻って籠の中のパンを包んで持って来る。
その最中、アリアはどうしても思わずにはいられなかった―――
(まったく、お師匠様には困ったものです)
もうしなくていいと、毎回言っているのに。
口元に笑みを浮かべながら、子供達が作ったパンをユランに渡す。受け取ったユランはありがたそうに手を合わせ、美味しそうに頬張った。
「とはいえ、目下お金がないのは事実なんだよなぁ。ポーション作りだけじゃ、自堕落ライフどころか明日まで賄えん」
「でしたら、私みたいに冒険者として働かれますか? 割と依頼によっては羽振りがいいですよ」
「えー、嫌だよ。魔獣殺したり、盗賊退治するんだろ? 俺、荒事嫌い」
うまー、と。ユランはパンを頬張る。
あれは嫌これは嫌。まるで子供のようだと、アリアは何度目かのため息をつく。
(とはいえ、そこが愛らしいと思ってしまっている時点で、私もだいぶ毒されているのでしょうね)
肩を竦め、アリアはユランの隣に腰を下ろす。
「お師匠様、あーんをしてほしいです」
「え、君の手にもパンがあるのに?」
「お師匠様のあーんがほしいのです」
ユランが首を傾げるものの、隣に座ったアリアは気にせず可愛らしい口を開ける。
その姿を見て「俺も男で一応師匠なんだがなぁ」と愚痴を吐きつつも、甘えん坊な女の子にパンを向ける。
すると、アリアは小さく齧って酷くご満悦そうな表情を浮かべた。
「ふふっ、美味しいですね」
「……左様で」
いつからこんなに甘えん坊になったっけ? ユランは疑問に思いつつも、残りのパンを齧る。
「ですが、何かしら現状を改善しなくては好きな遊びもできませんよ? お師匠様には数多くの魔法も才能もあるのですから、このままでは宝の持ち腐れです」
アリアは持ってきたもう一つのパンを、今度は自分で頬張る。
その瞬間───
「それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「きゃっ!」
ユランが唐突に叫び始めた。
「お、お師匠様……急にビックリしたではありませんか。これで寿命が縮まったら、責任とってくださいよ?」
「任せろ、寿命を少しだけ伸ばせる魔法はこの前完成した」
「そういう意味では……っていうか、あるんですね。それ、あとで教えてください」
それで、と。
アリアはパンを置いて首を傾げる。
「何が「それだ!」なのでしょうか?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた」
ユランは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がると、リビングにある本棚へと向かう。
その本棚には、ビッシリと分厚い本が敷き詰められていた。
「確かに、俺は今まで魔法の研究ばかりに明け暮れ……色々な魔法を編み出してきた。しかし、使う気もなければ機会もない。このままでは宝の持ち腐れなのはアリアの言う通りだ」
「まぁ、そうですね」
「そこで、俺は閃いた───」
クワッ、と。ユランは目を見開くと、胸を張って声高らかに口にするのであった。
「この魔法を売ってお金にしようッッッ!!!」
その言葉を聞いて、アリアは呆ける。
アリアはユランの弟子だ。教えを乞い、学んで己の血肉としてきた。
とはいえ、別に独占欲があるわけではない───ユランが誰かに魔法を教えようが、提供しようが、それで誰を救おうが、自分と同じ弟子さえ取らなければいいと考える人間。
むしろ、誰かに貢献してしっかり働いてもらって、ユランの評価が高まる方が嬉しい。
だが、アリアの反応は喜んでいるようには見えなくて。
「正気ですか……?」
「あぁ、正気だとも! 少なくとも、ポーションを売るよりかは確実に儲かる……そんな予感がする!」
我ながら名案だ、と。
ユランは上機嫌そうに高笑いを続けた。
(確かに、賢者と呼ばれるお師匠様の数多の魔法を売ればかなりのお金になるでしょう)
しかし───
(そうなれば、お偉いさんからお師匠様に目をつけられてしまうと思いますが……)
賢者の魔法は未知が多い。
既存の魔法よりも便利で、強力。どの魔法士よりも魅力的なのは言わずもがな。
それを売るというのだ───間違いなく、話が広まればお偉いさんは放置しない。自堕落自由気ままな研究ライフが遠ざかるのは目に見えている。
まぁ、本人がそれに気づいているかはさて置いて。
「というわけだ、早速行動に移るぞアリア!」
「かしこまりました、お師匠様」
師匠が珍しく研究以外でやる気になっている。
そのことが嬉しく、アリアはお淑やかで上品な笑みを浮かべたのであった。
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