自堕落希望の最強賢者が店を開いたら、各国の重鎮ばかり集まってしまった件について~そうだ、魔法を売ろう~
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
ここを訪れれば叡智の一端が授けられる。
なんて噂が広まったのは、つい最近のことだ。
王都に突如現れたお店で、そこには数多もの魔法書が売られているという。
比較的扱いやすい初級から、扱える人間が珍しいという超級、更には大陸を探しても片手で数えるぐらいしか扱えない殲滅級まで。
自分のニーズに合わせた魔法が、ここの店には揃っているという。もしお望みの品がなければ、店主自ら客の要望に沿った魔法書を用意してくれるらしい。
魔法書は貴重だ。
それこそ、金貨を積み上げないと決して手が届かないほどに。
何せ、一度読んだだけで誰もが魔法を扱える―――これさえあれば高い金を払って学園で学び、努力に努力を重ねなくてもいいのだから。
魔法を、売れる。
そして、驚くことにそんな魔法書がなんとお手頃価格で売られている。
これは噂が広がった要因の一つだろう。何せ、金を払わなければ魔法が扱えない現状、ほとんど魔法士になるのは貴族だ。
それなのに、お手頃価格で販売すれば平民にだって魔法が扱えるようになる。
しかし、このお店は認められた人間にしか購入できない。
そう、叡智を授けてくれる賢者に認められた者しか―――
「ここ、か……」
今年王族直属の聖騎士になったジャンヌは一人、話を頼りに王都の外れにある小さな店の前に足を運んでいた。
外観はそこそこ綺麗で、どこにでもある雑貨屋を連想させる。
ただ、並んでいるのは全て本———ドアのガラス越しから覗く光景には、びっしりと本棚が敷き詰められていた。
(ここなら、姫様が……)
ジャンヌは思わず唾を飲んでしまう。
特段、この店から異様な雰囲気が醸し出されているわけではない。ただ、ここを訪れれば己の目的が叶うかもしれない、なんて期待が足をすくませているのだ。
(しかし、叡智を授けられるという話なのだが……人はあまり訪れていないのか?)
もし噂が本当であれば、誰もが足を運びそうなものだ。それも、行列ができるぐらい。
しかし、店先には誰も並んでおらず、騒がしい声も聞こえてこない。
もしかして、噂は噂だったか? そう思っていた時———
「へへっ、じゃあな!」
「きゃっ!」
店のドアがいきなり開かれ、ジャンヌの目の前を男が通り過ぎる。
手には一冊の本が握られており、慌てて走っている様子から見て商品を盗んだのだということがすぐに窺えた。
「ま、待てっ!」
ジャンヌは咄嗟に剣を抜いてあとを追おうとする。
しかし、直後———男の頭上に雷が降り注いだ。
「ぎゃっ!?」
男は口から煙を吐き、明らかに火傷しているあろう恰好のまま地面へ倒れ込む。
手に持っている本は何故か綺麗なままであった……が、ジャンヌはそれが気にならないほど驚いてしまう。
何せ、突如詠唱もなしに魔法が放たれたのだから。
「まったく……お師匠様の魔法書を盗むとはいい度胸です」
そして、遅れてやって来るように一人の少女がドアから姿を現した。
艶やかな銀の長髪。あどけなくも、美しい端麗な顔立ち。背丈は自分より低く、更に身長を低く感じさせる魔法士特有の大きなローブが羽織られている。
自分も容姿が整っている方……ではあるが、ジャンヌは思わずその少女に見惚れてしまった。
しかし、それも声を掛けられたことによって現実に戻される。
「もしかして、あなた様はあのクズを捕まえようとしてくださったのでしょうか?」
「あ、あぁ……ということは、やはり彼は盗みを働いていたのか?」
「仰る通りです。売らないと断った矢先のこれです……まったく、盗み対策は考え直さなければなりませんね」
少女は小さく手をこまねく。
すると、男が握っていた魔法書はいきなり浮遊し、そのまま吸い込まれるように少女の手に収まった。
「今のは、魔法か?」
「えぇ、そうですが……念動魔法など、特段珍しいものではないでしょう?」
「いや、そうなのだが……」
ジャンヌが驚いているのはそこではない。
基本、魔法は詠唱を必要としている。詠唱なしで扱えるのは、その魔法の理論を熟知した上で、圧倒的な技量を持つ人間のみ。王宮の魔法士団ですら数えるほどだ。
言わば、扱える人間が稀なテクニック―——それを、難なく己よりも歳下な少女が行った。
そのことに、驚かずにはいられない……が、少女は気にした様子もなく店の中へと入っていく。
「お客様、でよろしいのですよね?」
「あっ……そ、そうだ!」
「でしたらどうぞ中へ。売る売らないこそありますが、お客様はお招きいたします」
やはり噂は本当だったのか、と。
ジャンヌは恐る恐る中へと入っていく。
店内はとても簡素なもので、奥にあるカウンター以外はすべて本棚で埋め尽くされていた。
空いているのは、真ん中のみ。ポツリと、カウンターから見える範囲を作っているかのように。
そして、そこに座っていたのは―――
「アリア、お疲れー。ちゃんと捕まえられた?」
「盗人ごときぐらい余裕で捕まえられますよ。というより、お師匠様……やはり、盗み対策はしておくべきかと」
「って言ってもなー……あんまり物騒な魔法は組み込むなって
―――どこか気怠そうにしている青年。
少女とは違ってローブこそ羽織っていないものの、何故か異様な異質さを感じさせる。
少女の言葉を抜きにしても、ジャンヌは一瞬で気づいてしまった。
(彼が、賢者……ッ!)
この店ができる前―――この国には新しい魔法を次々と生み出す賢者がいる、という噂があった。
その人間は、戦闘嫌いで叡智を覗く機会はなく。
その人間は、自由気ままな生活を望んでいるため引き籠っている。
その人間は、その気になれば国一つを消してしまえるほどの魔法を扱う。
その人間は、魔法一つであらゆる病を治してみせる。
その人間は、年若い青年であり。
その人間は、優しく、誰にでも手を差し伸べ。
そして、その人間こそ———この叡智を授ける店の店主だという。
「んで、こちらのお客さんはアリアが連れて来たのか?」
委縮していると、青年の視線がジャンヌへと注がれる。
それを受けて、ジャンヌは甲冑が揺れるほどの勢いで背筋を伸ばしてしまった。
「(見るからにお金持ってそうな人じゃないか……グフフ、またまたお金が稼げそうな予感)」
「(私が連れてきたお客様ではありませんが、お金を持っていそうな人ではありますね。ですが、お師匠様───)」
「(分かってる、目的次第だろ? 俺だって、自分の作った魔法を悪用はされたくない。俺は可愛いお姉ちゃん達と遊べる金と明日を生き抜く食料と研究費さえ手に入ればそれでいいのだ……ッ!)」
「(はぁ……賢者とも呼ばれるお方ともあろう者が。可愛い女の子ならここにいるというのに)」
ヒソヒソと、何やら二人が話し込んでいる。
上手くは聞き取れなかったが、少しして青年の口が自分へと向けられた。
「ようこそ、『魔法倉庫』へ」
そして、青年はニヤリと口角を吊り上げるのであった。
「あなたは、どんな魔法をご所望かな?」
ここは賢者自ら魔法を授けるお店。
どんな願いも、どんな目的も、ここに足を訪れれば叶ってしまうという異質な場所。
賢者の生み出した魔法が、買える。
魔法の才能に溢れ、数多の魔法を生み出してきた青年と、その弟子が運営する『魔法倉庫』。
このお店が誕生したのは、つい最近のことである―――
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次話は12時過ぎに更新!
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