第四十二話 約束のコラボ、プラス1② 〜side姫川→加寿貴〜

 この日をどれほど待ち望んだことだろう。


 今までのたくさんの苦労を思い返す。

 何度も心が折れそうになるのを堪えて、自分の体に鞭打って、ダンジョン内で見つけた特殊アイテムで不眠不休になったり万能薬をドバドバ使ったりしながら進むのは、決して楽と言える道のりではなかった。


 モンスターの手によってボロボロに傷つけられ四肢をもがれる痛みも、何度も命を刈り取られそうになる恐怖を度外視で戦い抜き、その上で得られたのが超上級者の座。

 そして、数ヶ月前の約束を果たす権利を得られたというわけだ。


 カズくんたちとのコラボ配信。有名から無名まで、ありとあらゆる配信者とコラボしてきたが、こんなに高揚しているのは初めてかも知れない。

 学校帰りなので全力で戦えるか不安に思っていたけど、疲れはあっという間に全て吹き飛んでしまった。


 SSSランクダンジョンの入り口、アタシと向かい合うように立つのはカズくんとヒカルちゃんのコンビ。

 奥にちょこんと背の低い女の子……カホちゃんがいる。


 前回のコラボ配信でカホちゃんには苦い思いをさせられたから、ぜひやり返したいなと思う。

 でもアタシの本命は彼女なんかじゃない。


「――MEOさん、いいですよ」


 カズくんに呼ばれて、一人の女性がゆらりと現れる。

 まだ来ていないのだと思っていたのに、巧妙に姿を隠していたらしい。


 ゴスロリ衣装のアタシとは正反対の、軽装ながらにしっかりとした印象の長身美人。

 超有名配信者。カズくんのライバルになると宣言していた、最強と謳われる冒険者でもあった。


 アタシはこの人を――MOEこと、保坂ほさかもえを知っている。

 この人も、アタシのことを知っている。覚えてくれている、はず。


 アタシだって決して小柄な方ではないはずなのに、頭二つ分以上も背丈が違う。

 身長も実力も、全然追いつけたとは言えないし思えない。本当はもっともっと強くなって、高笑いしてやりたかった。アタシの方が強いんだと自信満々に笑ってやりたかった。


 『あんな奴に頼らなくてもアタシ一人でも頑張ればきっと強くなれるし』と大口を叩いていたのは過去の話。

 超上級者になれたのが奇跡だと今では考えている。


 けれども、アタシは努力が認められてここにいるのだ。


「ええと、お久しぶり……ですわね!!」


 なんと言うのが正解なのかわからないままに、辿々しく言葉を紡いで、アタシは頭を下げた。

 『みーひめ』としてのキャラを崩さないよう気をつけながら。


「久しぶりですね、みーひめさん。あなたのこと、ずっと見てたわよ」


「え」


 驚きのあまり声を漏らすアタシ、くすくすと悪戯っぽく笑う彼女。

 きっとこの光景を見ていたカズくんたちも、大勢の視聴者たちも何が何だかわからなかっただろう。さっさと説明しなければと思う一方、MOEの言葉に心をかき乱されて仕方なかった。


 見てくれてたのか。底辺配信者でしかなかったアタシのことを。

 そうじゃないかと期待はしていた。でもそんなことがあるわけないとも同時に思っていて、だからここまで頑張ってきたくらいなのに。


「お姉ちゃん、ほんと……?」


 こくこくと無言で頷かれ、ぎゅっと優しく抱きしめられたアタシは。

 衆目に晒されていると知っていながら、みっともなく泣いてしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 SSSランクダンジョン突入寸前、思いもよらぬことが起こった。

 さあここから戦いを始めよう……という気持ちでいたというのに、『みーひめ』が突然泣き出したのである。


 困惑せざるを得ない俺たちにMOEが説明してくれたところによると、なんとMOEと『みーひめ』は実の姉妹なのだとか。


「家の事情――親の離婚で五年前に離れ離れになったんです。彼女はきっとネットか何かで私の配信を知ったのでしょう。私も他配信者の動画を探していたら妹の顔が出てきて」


「へぇ……」


「まさかこうして再会できると思っていなかったから、君には本当に感謝しかないわ。私の良きライバル、彼女の良き友となってくれてありがとうございました」


「はぁ」


 はっきり言ってしまうと「なんだそれ」でしかない。

 それくらい、あまりにも寝耳に水過ぎる。


「カズくん、ごめんね。利用するみたいな形になっちゃって……っ。前に知り合いに超上級者がいるって言ったっしょ。それ、お姉ちゃんのことでさ」


 目に涙を浮かべながらの姫川の謝罪を聞きながら、改めて彼女とMOEを見比べた。


 確かによくよく見比べてみると似ていなくもないような気がしなくもない。だが体格差も髪色も違うとなれば、言われるまできっと誰も気づかない。両者ともにそこそこ会っていた俺でさえそうなのだから、他の人だって同じだと思う。


 実際、コメント欄は『?』で埋め尽くされている。


『なんだこの展開』

『は???』

『聞いてないんですけど!?』

『みーひめの配信コメントがお祭り騒ぎ過ぎるw w w』

『何度もリピートで聞いてるけどちょっと何言ってるのかわからない』


 でも、その一方で――喜びの声も多く見られた。


『生き別れの姉妹の再会がこんな形で見られるとは』

『尊い』

『茶番かと思いきやカズが驚いてるのを見るにマジなのか?』

『やらせじゃないだろ。カズ、嘘とか苦手そうだし』

『身長差の姉妹百合とか最高か』

『MOEもみーひめも好きだから嬉しい。カズありがとう』

『ひかるんも混じってほしい』

『ヒカルたんとカホっちで四人姉妹だったら良かったのに』

『尊死した』

『破壊力えぐw』


 コラボ配信に辿り着けた感動が押し流されたような感じだ。こんな茶番には興味がないとばかりに花帆はさっさとダンジョンの中へ行ってしまうのも仕方ない。


「あっ、ちょっと! えーと……お取り込み中悪いんだけど、私たちも潜らない?」


 状況についていけないながらも、気遣うように『みーひめ』たちに目をやる光留。

 それを受けて『みーひめ』がケロッとした顔になって言った。


「そうですわね! アタクシどもの方こそ失礼いたしましたわ!! ――と言うわけで本日はアタクシと『カズチャンネル』の皆さん、そしてMOEさんの最強メンバーでのコラボ配信ですわよ!」


「私はあくまでおまけと考えてくださいね〜。あくまでただのゲストですから」


 とはいえ完全に彼女たちのペースだ。

 なんとか挽回せねばと、配信のための笑顔の裏で密かに焦らずにいられない。


 ……まあ、そんな焦りなど無用だったのだが。




 ポイズンウィップが敵を一気に薙ぎ払い、その猛毒で瞬殺、あるいは動きを鈍化させる。

 そこへ小さな拳が炸裂し、あるいはきらりと輝く美しい剣先が宙を踊った。それでも殺し損ねた取り逃がしは全て毒の槍に貫かれ、呆気なく命を散らしていく。


 一切の隙が見当たらない連携プレイの素晴らしさと言ったらない。

 誰が目立つとか、誰が力不足だとか、そんな風には微塵も思わせないほど、誰も彼もが主役状態。


 美しい剣捌きで着実に仕留める光留。いつも通りの澄まし顔な花帆。初回のコラボ配信とは比べものにならない強さで鞭を振るう『みーひめ』からは背後への強い信頼を感じるし、MOEはそれに完璧な形で応えていた。


 バットで自分の身を庇いながら配信するのが精一杯な俺とは天と地の差というか、俺はどうしてここにいるのだろうかと場違い感すら覚える。


 考えてみれば当然か。だって俺のカメラに映る四人は全員、ダンジョン冒険者を極めし者たちであるのだから。


 魔境と呼ばれるはずのSSSランクダンジョン。その中を全く苦なく進めていることは、過剰戦力故の奇跡に過ぎない。

 モンスターはどれもこれも強敵で済ませていいレベルの相手ではないと一目でわかる。


 群れで襲いかかってきて、全身の血液を吸い尽くそうとする巨大蝙蝠。

 全身ツノだらけのなんだかよくわからないモンスター。

 以前に倒したものより五割六割は強さが増しているゾンビ系のものまでいた。


 SSSランクに慣れ切っているMOEならば、単独で最奥まで辿り着けるかも知れないけれど。

 協力して戦ってくれるあたり、彼女の優しさが窺えた。


 それから――。


「加寿貴さん、機械人形!!」


「わかった!」


 ダン、ダン。

 聖なる魔弾を撃つと、機械人形はすぐに動きを停止。

 しかしすぐに次の機械人形が現れた。


「『魔弾』がなかったら危ういところでしたね」


「機械人形の巣窟とか、マジですの……!?」


「SSSランクでも、これは珍しい。カズさんは超レア級モンスターとの遭遇率が高くて羨ましいわね」


『MOEさん羨ましいとか言ってる場合ですかね!?!?』

『MOEなら一人でも戦えそうな気がw』

『カホちゃんとMOEの反応が冷静で安心するな』

『さすが最強メンバー』

『盛 り 上 が っ て ま い り ま し た』


 『聖なる魔弾』が弾切れせず、無限に銃弾が湧いてくるアイテムで助かった。

 しかし超レア級モンスターがこんなにいるのはさすがにおかしくないだろうか……?


 最奥に辿り着くまでの間に、スライムに二回、ゆらりゆらりと揺れる人魂モンスターなど、滅多にお目にかかれないモンスターとも戦闘。

 超上級者四人の戦いぶりや、配信が盛況になるのは嬉しいが、ここまで頻繁だと少し不安になる。


「どうしたの、加寿貴さん?」


「いや。なんでもない」


 SSSランクならば当たり前に違いない。多分、俺の気にし過ぎだ。

 「怖さで身がすくむのはわかるけど、私たちがいるから大丈夫!」と光留に輝くような笑みを見せられれば、不安などすぐに吹き飛んでしまう。


 超上級者は誰も彼も魅力的だが、やはり光留が一番だな。

 そう思わずにはいられない俺だった。

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