第三十八話 これからはライバルとして
いつかライバルになるだろうと思っていた最強の人が、このダンジョンを踏破するにあたって本当のライバルになってしまった。
のしかかる視聴者からの期待、Sランクとは桁違いの……ものによっては機械人形よりも厄介と言えるモンスターたちの攻撃に押し潰されそうになりながらも、どうにか切り抜ける。
「私の方が一歩リード。カズさん、待ってますよー」
対してMOEはどんどん先に行ってしまって追いつくのが大変だ。
やがて途中の分岐点で別の道に逸れたらしく、すっかり見失ってしまった。
幸いにして、俺たちの選んだルートは正しかったが、向こう側の方が近道という場合もあるので全くわからない。
着実にかつ迅速に最深部へ向かう。それ以外の方法はなさそうだ。
「……どうしてわたしより強い風な態度なんですか、あの人は。ムカつきます」
そうひとりごちながら、いつもにもまして上級者としての圧倒的な戦力を見せつける花帆。
それだけで彼女がどれほど余裕をなくしているのかがわかった。
散々俺たちを厳しく指導してきた立場上、そして強者としてのプライド的にも、遅れを取ることは許せないのだろうと思う。
『本気度が凄まじい件』
『さすが凄腕冒険者というべきか』
『他の超上級者に会うのは初めてなのかも』
『だって五人とかだろ?超上級者って』
『師匠ってクールそうで普通に子供っぽくて可愛いんだよな』
『頑張れカホっち!』
最近、花帆推しの視聴者が結構増えてきた気がするのはきっと気のせいじゃない。結構広く顔写真が掲載されていたりするのでこっそり身バレしてるんじゃなかろうか。
……などと考えている間に、また強敵そうなモンスターの群れを光留と二人がかりで軽々と打ち倒していた。
さらに、淡々と業務をこなすような顔の花帆と反対に光留は心から喜んでいる様子で、
「手抜きなしの花帆ちゃんと一緒に戦えるなんて……!! あの人には感謝しないとっ」
と張り切りまくっている。
うっかり頑張り過ぎて力尽きやしないかと少し心配になるくらいに。
でも、果敢に斬りかかっていく後ろ姿があまりに勇ましいので見惚れてしまった。
その一方で俺はというと、配信者の使命……すなわち撮影と実況に専念中。
SSランクのモンスターにはもはやバット程度では敵わなくなってきた。『聖なる魔弾』が必要な時以外は前に出られないのは不甲斐ないが、適材適所だ。
二人の奮闘ぶりを視聴者に精一杯伝える。
「繰り出される拳、モンスターの急所への的確な肘打ちと膝蹴り! そして光留の剣が冴え渡る!! 二人に切り開かれた道を進んでいきますー!」
『初めてのSSランクとは思えないスムーズさ』
『カズがノリノリで笑う』
『ひかるんも強い』
『カズは配信してるだけなのに元気いいなw』
『実況助かる』
「さてお次に見えてきたのは紫色の……泥沼、ですかね? その真ん中に浮いたり沈んだりする岩がいくつかと、一、二…………とにかく無数の怪しい影が!」
『二までしか数えてなくてワロタw w 多分500くらいは屯してるだろ』
『SSランクの仕掛けにしては王道すぎるけど地味に難易度高そう』
『泥沼に落ちたら死ぬしかないやつじゃん』
『岩と岩の距離、結構離れてね? 浮き沈みの感覚も早いし』
『遠くの方に見える光っぽいのはなんだ??』
『MOEでしょあれ』
『あー確かに』
コメント欄の書き込みで、初めて気づいた。
仕掛けの泥沼と岩にばかり気取られていたが、そのずっと奥……暗闇の中で、ぽわんとスマホのライトらしきものが光を放っている。
――あれならギリギリ追いつける!
「急ぎますよ。わたしがひと足先に行くので、貴方たち二人はしっかりついてきてくださいね」
軽い足取りで駆け出す花帆を追い、光留と俺も走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
だが、本当の意味で追いつけたのは花帆一人。
なぜなら俺が足を踏み外し、泥沼に落ちてしまったせいだ。
いつぞやの雪山のダンジョンを思い出す。大量のモンスターに取り囲まれ、這い上がらなければ待っているのは死のみ。
……焦り故のミスというところまで同じである。思っていたより成長してないな、俺。
光留も俺に構っていては泥沼の中へ真っ逆さま。なので、決して足を止めるわけにはいかず、「加寿貴さんっ!!」と悲鳴を上げるばかり。
やばい、これ、結構まずいかも。このままでは間違いなく食われる。
そう思った時だった。
「これ、掴んで」
闇に閉ざされたダンジョンの中、優しい笑顔を向けられたのがはっきりとわかった。
彼女が差し出す棒状のもの――彼女の武器である長槍の柄に、俺はただただ縋りつく。
俺を助けてくれたのは、MOEだ。
別にコラボしているわけでもなければ、仲間というわけでもない。それどころか俺を助けたら彼女の不利になるはずの状況で、わざわざ来た道を引き返してまで救い上げてくれた……その事実を呑み込むまで、しばらくの時間を要した。
引き上げられ、そのまま肩に担がれて……気づいたらあっという間に向こう岸。
ぶらぶらと揺すられる脚に当たりそうなたわわな胸の感触や、女の人独特の甘い香り……それらを意識する暇もなかったくらい早かった。
泥まみれの俺は当然、光留と花帆に叱られた。
「後ろを走ってたはずの加寿貴さんの気配が急にしなくなってすごくびっくりしたんだから! ……ごめん、やっぱり背負っていくべきだったね。加寿貴さんのことは私が守らなくちゃ」
「あの程度の簡単な仕掛け、クリアできなくて何がプロですか。おかげでその人に借りができてしまったんですよ」
本当に申し訳ない。
さらに花帆の懸念は真っ当と言えた。今、俺はつまらないことで借りを作ってしまったのだ。もう少しで追いつきそうだったのに……踏破後の報酬を分けてほしいと言われれば、断れない状況である。
――けれど。
「別に私は何も求めないから安心して。将来有望な配信者くんが凡ミスで命を散らしてしまうなんてもったいないって、思っただけよ」
俺を地面に下ろしながら、MOEはなんでもないように言った。
彼女の株はきっと爆上がりだろう。
強いだけではなく優しい。それが、俺のチャンネルと彼女のチャンネルの視聴者の両方にはっきりとした形で知れ渡るのだから。
これが格の違いというやつか。
配信者としても冒険者としても俺なんかでは敵いっこないと、思い知らされた。
気づいたからと言って、それが足を止める理由にはならないが。
すぐ近く、奥の方に、身の毛がよだつような強大な存在をひしひしと感じる。
おそらくダンジョンボスが待ち構えているのだろう。
ここからが本当の戦いだ。
二度目はないと気を引き締めて、全力で臨まなければ。
――――――などと、意気込んでいたからこそ。
ボス戦にて、ほんの一秒にも満たない差でMOEより早くモンスターを撃ち倒した瞬間。
歓喜に震えた。震えてしまった。
あまりにも呆気なかった理由に、気づきもせずに。
SSランクを踏破し、財宝を手に入れた。
Sランクでも豪華だったそれは、今までの何倍も煌びやかなものになっている。
でもそんなことより嬉しかったのは、最強に勝てたということ。
ボスを仕留めたのが『聖なる魔弾』であり、先ほどの失態の分を取り返せたというのも多かった。
たくさんの褒め言葉と、称賛を受けながら配信は無事終了。
四人でダンジョンを脱出してあとは別れるだけ、となったところでもまだ俺は浮かれていた。
とある一言を、投げかけられるまでは。
「おめでとう。期待以上だったわ。次から手抜きなしでいかせてもらうから、《・・・・・》これからはライバルとしてよろしくお願いしますね」
……。
…………。
……………………は?
期待以上? 手抜き、なし?
これからは、ライバル?
「それは、どういう」
しかし問い返した時にはもう遅かった。
MOEの姿は山の獣道を大きくはずれた木立の中へと消えていき、とても追跡できそうになかったので。
「まんまとしてやられましたね」
花帆の、とてつもなく苛立たしげな呟きが、静かに響いた。
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