第三十九話 実力と人気を高める手っ取り早い方法
してやられた。
MOEに手加減されていたのだ、俺たちは。配信において盛り上がる材料になるのに加え、こちらの実力を測る意味もあったと考えられる。
帰宅後すぐにMOEのその日分の配信を見て、ぎりりと歯軋りしてしまう。
負けて当然の勝負だったかも知れない。その上、俺なんて命を救われたのだから文句を言うのは許されないことだ。
でも、悔しかった。
「俺がもっと強くなれれば、いいんだけどな……」
もっとも、無理なものは無理である。光留はおろか『みーひめ』レベルにすら到達できる気がしない。
運動部の中での成績も上がってきたし、頑張れば上級者顔負けにはなれるかも……いや、それも厳しいだろう。ダンジョンの泥沼に嵌るような凡ミスをしているのでは話にならない。
――やっぱり経験値だよな。
MOEが最強である所以、それは圧倒的なまでの『ダンジョン廃人』だから。
普段はOLとして働いているらしいMOEだが、おそらく残業帰りと思われる時間にさえダンジョンに乗り込むほどの戦闘狂。最低のEランクから最高のSSSランクにまでたった二年で到達。今日に至るまで誰からもコラボや他配信への出演を断り、モンスター狩りとダンジョン踏破に勤しんできた。
「ぎちぎちに凝り固まった体をほぐすにはちょうどいいんですよねー」
そう語っていたのを聞いたことがある。
間違いなく、彼女にとってダンジョン踏破とは、ルーティーンの一つというか一般人が散歩に行くレベルで大したことがない行為なのだ。現にSSランクダンジョンに潜っていながら呼吸を全く乱していなかったし。
そんなMOEと肩を並べるためには彼女と同等の場数を踏むしかない。
実力と人気を高める手っ取り早い方法がそれなのである。結局、今までと同じやり方だ。
潜って潜って潜りまくって、をもっと繰り返して加速させれば、追いつくだろうか。
わからない。だが
だから翌日、俺は光留に相談した。
しばらくは毎日連続でダンジョン配信してみないか、と。
「花帆ちゃんなしじゃSSランクは難しいんじゃないの?」
「AランクでもSランクでもいい。なんなら、運営者に管理されたSSランクダンジョンでも。俺、この前の仕掛けが全然ダメだっただろ。できれば仕掛けを解く練習ができそうな場所を選んで行ければいいと思ってる。ついでに配信者としてももっと成長していきたい」
「……わかった。加寿貴さんがそう言うなら」
少し悩ましげながらも頷いた光留は、「でも」と付け加えた。
「もうすぐ私の卒業式があるのも、忘れないでね?」
「ああ、もちろん」
忘れるわけがない。
そこを一つの転換点にしたいと、望んでいるくらいなのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――某Sランクダンジョンで、隠し通路を見つけられず延々と彷徨い歩いた。
――上記とは違うSランクのダンジョンにて、真下を歩くと天井から吊るされた鋭い刃物が落ちてくる仕掛けで何度も刺されそうになった。
――歩く度に崩れ去っていく床があるダンジョンでは、またもや落下しかけた。
――仕掛けを解く練習にはもってこいだと、踏破済みSSランクダンジョンを五つほどクリア。
――それから、抜け出すのが至難の業と噂で、過去に数人の冒険者が命を落としているAランクダンジョンにも挑む。
「あーどうも、カズでーす。ちゃんと繋がってるかな?」
俺はスマホに向かって明るく話しかける。
すると直後、コメント欄に次々と文字が流れ出した。
『見えてるよー』
『カズじゃなくて早くヒカルたんが見たい』
『ヒカルちゃん見せろ』
『ひかるん見せろ』
横からひょっこり顔を覗かせるのは光留だ。
彼女は可愛らしく唇を綻ばせ、ニコリと笑う。
「やっほー。光留です! みんな、今日もよろしくね!!」
『ヒカルちゃん、おは!』
『今日も可愛過ぎてやばいw w」
『美少女降☆臨!!!』
『今日もよろしく〜』
『ヒカルたんキタ━━(☆∀☆)━━!!!』
『マジで可愛い』
『ヒカルたんだ(;´Д`)ハァハァ』
『嫁にしたい』
『かわいいwヒカルちゃんに罵られてみたいなw』
『おはよー! 今日も可愛いねひかるん♪』
一気に変態的なコメントが湧く。
MOEとの勝負で……あくまで表向き勝ってからというもの、登録者数に加えて光留のファンも日に日に増加中だ。何せ彼女はこのチャンネルの花形なので。
「じゃ、今日はこのダンジョンを攻略しまーす。えと、ここはまだ未踏破のAランクダンジョン。トラップが多くて難関とされているらしいのでお楽しみに!」
『超上級者一歩手前のヒカルたんなら余裕っしょw wまあカズはダメかもだけどなw w w』
『楽しみにしてるよー』
『いてらー』
『カズ、死ぬなよ!!』
「じゃ、潜りまーす」
何か大きく特別に変わりはしない。
モンスターを倒し、仕掛けを解き、ひたすら踏破を目指すだけ。だが確実に回数を重ねるごとに俺も光留も強くなっている。
なるほど確かにややこしいダンジョンで、永遠とも思えるほどにT字路が続いたが、道順さえ記憶すれば簡単だった。
この程度で満足してはいられない。
もっと。もっと、もっとだ。MOEは今日も今日とて悠々と配信をしているのだから。
「わたしだってあの人のことが気に入りませんし、負ける気はありませんけど、そんなのでは体が悲鳴を上げてしまいますよ。……どうせ彼女のためにとか馬鹿なことを思っているんでしょうね」
「――――」
「いちいち面倒臭いので止めはしないですが」
花帆に呆れの目を向けられながらも、慌ただしいダンジョンライフを過ごし、冒険者としても配信者としても腕を磨き続ける。
――そして気づけば、光留の卒業式の日を迎えていた。
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