第三十四話 姫川みゆきの目標 〜side姫川〜
「姫川。あの、言っておきたいことがあるんだが」
「なーに?」
「光留が上級者になったぞ」
ある朝、登校してきたカズくんに教えられた時、アタシは「ふーん。おめでとー!」とそっけなく返すくらいしかできなかった。
頬が引き攣りそうだったのを上手く隠せていたかはわからない。叫び出したいのをグッと我慢するので精一杯だったから。
知ってた。知ってたよ、そんなこと。カズくんの雑談配信もしっかり聞いていた。
ボロボロになりながらも『私、勝ったよ……』とカズくんに言っていたヒカルちゃん。それが羨ましくて羨ましくて仕方なかった。
アタシだって、きちんとやっている。
できるだけ強い人に頭を下げてコラボしてもらって、技術を盗みながらダンジョンに潜り続けること数週間。どうにか中級者になったあと、足を止めずに頑張って頑張って頑張って――まだSランク踏破に至れていない。
だけどヒカルちゃんは、この短い間にもう上級者だ。
アタシはやはり置いていかれるんだろうか。
いや……最初からヒカルちゃんの方がずっと強いんだから、比べるだけ烏滸がましいのかも知れない。でもヒカルちゃんに、そして
アタシは昔からそうだった。
ガリ勉ちゃんなんて呼ばれるくらい勉強に打ち込んでも、常にやる気がなさそうな
髪を染めてギャルに転身したのは、あの人と自分を比べないようにするため。
『みーひめ』のキャラ付けは、こうやって人気を取れば自分でも勝てるんじゃないかなという馬鹿な考え。
コラボをしまくったのも、少しでも近づける機会を得たかったから。
当然そんな上手くいくわけもなく。
差はどんどん開いていく一方で、いつしかすっかり諦めてしまっていた。
初心に帰ってやる気を出せたのはカズくんとヒカルちゃんに立たせてもらったおかげだ。でも……また諦めそうになっている。
「このままじゃめっちゃダサいし恥ずいよな、アタシ」
マジで最悪だ。逃げるのだけは、したくなかった。
せっかくポイズンウィップをもらえた癖に、上手く使いこなせていない自分が恨めしい。
昼休み。何度も見返してもはや見飽きた超有名配信者の動画を見ながら思わずため息を吐いていると、友達が「どしたん?」と覗いてきた。
「ぎにゃっ!?」
「何その可愛い鳴き声〜」
「ちょ、急に覗くな驚かせんな!」
こちらへ伸びる友達の手を払いのけ、スマホをポケットに押し込んだ。
学校ではダンジョン配信、そして『みーひめ』としての姿を内緒にしている。バラされた日にはどんな目に遭うか。
……
「つれないなぁ。まあいいや。ところで姫川、なんか悩んでたり?」
「いや別に」
「姫川ってば隣の席の三井倉くんのこと気にしてるじゃん。もしかして三井倉くんが三年の先輩と一緒に帰ってるの見て失恋しちゃった?」
何言ってんだこいつ。
アタシは一瞬沈黙してしまった。
アタシが悩んでるのはそんなことじゃない。ましてや、カズくんと色恋なんて。
色恋なんて……あり得るわけ、ないだろう。
たまたまカズくんの配信を見つけて、毎回に見るようになって、アタシよりずっと弱々でモンスターから逃げ出すくらいだったのにヒカルちゃんのためにって強くなる姿を格好良く感じて応援して、小遣い稼ぎのために潜ったという話を聞いて思わず笑って、憧れを胸にコラボして、再びコラボ配信をしたいと願っている。
たったそれだけ、それだけの――。
「友達とも言えない普通のクラスメートだよ、カズくんは」
カズくんは、ダメダメな自分でも頑張れるんだと思わせてくれる、アタシの道標。
本当はカズくんが好きだというゲームで遊びたいな、なんて思ってるけど。
本当はアタシも運動部に入って一緒に汗水垂らしながら笑い合いたいけど。
本当は、ヒカルちゃんの師匠になったあの子みたいに仲間入りしたいけど。
アタシには別の、元々ダンジョン配信者を志した理由も、あるから。
「悩んでないよ、ダイジョブダイジョブ。寝坊で朝ご飯食いっぱぐれてお腹減ってるだけだし。やっぱりちゃんと食べなきゃだね」
もちろん嘘だ。
「ほんとかなー?」
「マジマジ。このアタシが悩み多き乙女にでも見えるかっつーの」
うっとおしい友達をヘラヘラと笑ってやり過ごし、また一人になってから、動画の続きを観る。
配信主の武器は鞭じゃない。槍、それも先端部分にたっぷりとモンスター特効の毒を塗ったやつ。だけど、充分勉強になる。
手本にする相手は一人だけだ。アタシは師匠は取らないと決めている。
目標のためにはひたすら頑張るしかない。たとえ、何度打ちのめされそうになったとしても。
「無茶で無謀だとは思う。思うけど……絶対」
もう一度コラボできるようにもっともっと強くなるからね、カズくん。
もう一度、会いに行くからね――お姉ちゃん。
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