第三十五話 潜って潜って潜りまくって
――上級試験を光留がクリアしてからしばらく経った。
三月初頭、寒さが和らいで春を感じる頃。
卒業を間際に控えた三年生たちは引退となった。
もちろん、最近入ったばかりだった光留も含めて。
「運動部にもすっかり慣れてきたところだったのに……あーあ、もっと早く加寿貴さんと出会えてたら良かったのになぁ」
他の高校に比べれば、これでもずいぶんと遅い方である。というか卒業ギリギリまで部活をしているのはここくらいではなかろうか。
それでも、光留がいなくなってしまうのは寂しい。彼女のおかげで楽しいものとなった高校生活の終わりが日に日に近づいているのをひしひしと感じた。
「これからもダンジョンで一緒だろ。それに今度、新しいゲームが発売なんだ。また一緒にやろう」
「そうだけど……うん、そうだね」
こっそりと青春を求め、やっと手に入れたばかりの光留。
名残惜しく思って当然だ。俺の言葉なんて何の慰めにもならないだろうが、彼女はにっこりと微笑んだ。
「次のダンジョンもゲームも、楽しみにしとくから」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
超上級者を目指すなら、潜って潜って潜りまくって力をつけるしかない。
花帆の指導の下、俺たちはより一層ダンジョン踏破に励んでいる。
光留が上級者になった頃から、Sランクもずいぶん楽になった。花帆はどうしても週一しか時間が取れないので、半分以上は俺と光留で行くようになったくらいだ。
今ならありとあらゆるSランクがクリア可能な気がする。
しかし行ける範囲での未踏破Sランクダンジョンの数が減ってきてしまったので、仕掛けを解く練習として、たまに難関とされるAランクを選んだりもしつつ、修行を積み重ねていく。
そうしながら当然、毎回毎回ダンジョン配信するのも忘れない。
というか俺はこれが当初の目的なわけで、新型ゲーム機を買うためにはもっともっと小遣いが欲しかった。
……あと、大学に進学せずにバイトを始めるらしい光留はきっと今より食生活が乱れるので、一助になりたいという気持ちも密かにある。
俺のスパチャ代が増えれば賄えるだろう。
だからもっと潜って潜って稼いで、有名になるのが俺の今の目標。
物凄いペースで高レベルのダンジョンに挑む配信者コンビがいる――そんな風にネット上で噂が広まったらしく、じわりじわりと登録者数が伸びていた。
一万人。一万五千人。つい数ヶ月前に始めたばかりとは思えないほどの人気具合だ。
でもまだ、満足できる知名度ではない。
何か大きな火力があれば――そう思っていたある日、それは起こった。
超レア級モンスターとの遭遇、再びである。
機械人形。
出会ったら死……そう言われる最恐モンスターの一つ。腕が十本あり、四つは鋭い鉤爪、残り六つは即死ビーム。
鉤爪攻撃とビームを交互にやられるものだから、逃げ帰ることも、かと言って近寄ることもできなかった。
こんな奴がSランクにいていいのか?と言いたくなるほどの無茶苦茶さだ。
それまで楽しげだったコメント欄が、久々に緊張感を持ったくらい。
『どうするんだこれ』
『超レア級モンスターと二回目の戦闘とかマジ?』
『スライムよりやばい奴じゃんw w』
『強制強化キノコは!?!?』
『カズ逃げて!』
『師匠ならやれる』
『さすがに師匠でも無理では』
『SSランクでも滅多に見ない敵で草』
『ひかるたんを死なせたら許さないからな!』
『おもしれー! 人呼んでくるわ』
『甘めに言っても絶望的じゃね?』
『機械人形から逃げられた冒険者っていたっけ』
『カズなら大丈夫って信じてる』
『急募:機械人形の倒し方』
『死んでもいいから全力で殴りかかる』
『ドラゴンリングの炎で攻撃』
『持ってないだろそんなの』
『そうだ、カズ、聖なる魔弾を使え!!』
『あっ』
『ナイスアイデア!』
強制強化キノコはない。あれは光留が俺と出会う前、Cランクダンジョンに生えていたのを見つけて採っただけだったので。
ドラゴンリングというのはドラゴン系モンスターがドロップし、火炎攻撃を耐えられるアイテムだが、未所持だしたとえ持っていたとしても大した効果はなかっただろう。
しかし、聖なる魔弾なら持っていた。
数回前に潜ったAランクダンジョンにて拾ったレアアイテム。
見た目は銀色の拳銃だが、中に込められた弾は凄まじい威力を持つ。
遠距離射撃ではないと攻撃できない相手や、スライム系などの刃が通りにくいモンスター特効だ。
一か八かで魔弾を撃つ。
爆音と、暗いダンジョン内に光が溢れたあと――先ほどまで猛威を振るっていた機械人形がバラバラになっていた。
死ぬかと思った……が、この戦闘がとんでもない効果を齎すことに。
この配信が終わったあと、それまでの噂に火がつきSNSやネット掲示板で取り上げられて、ダンジョン配信界にカズチャンネルの名が轟いた。
二万、三万、五万、七万……。
みるみるうちに増えていく登録者数はついに十万人に達し、それでも止まらない。
俺はついに、配信者として開業届を出したのだった。
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