第三十三話 昇級祝いにささやかなパーティーを

『上級試験クリアおめ!!!』

『やったなひかるん!』

『ヒカルたんならやれると信じてた』

『大丈夫?? とにかく乙でした』

『祝い酒……は飲めないか。とにかくパーティーでも何でもしろよ』

『ボロボロのひかるちゃん見てマジで頑張ったんだなって思って涙出る』

『ヒカルちゃんお疲れ様&上級者の仲間入りおめでとー!』


 数え切れないほどの祝いコメントと過去最高額のスパチャを贈られながら、雑談配信の幕は閉じた。

 ダンジョン前で雑談配信というのが画期的だとかで、あとでこの配信はそこそこ話題になるのだが……それはさておき。


 倒れた光留を抱き起こし、配信を終了させてから俺たちはすぐさま行動を起こした。


 傷は万能薬で回復させたが意識が戻る気配がないため、詰所に連れていくことに。

 気絶する彼女を対応するのはこれで二度目。光留の家の住所は知っていたし俺の家に連れ込むことも考えないではなかったが、「何かするつもりじゃないでしょうね」と花帆に睨まれたので詰所が最善と判断したのだった。


 そこで光留の服のポケットに入っていた試験クリアの証……紅い宝石のようなものを提出させられて彼女が眠っている間に昇格が決定。

 二時間ほど経ち、目を覚ます頃には全てが終わっていた。


「ん……あ……加寿貴さん?」


「おはよう、でいいのかな。お疲れ様と言うべきかおめでとうと言うべきか。すごかったと思う」


「そっか……。私、また気絶しちゃったんだ」


 ゆっくりと瞼を開けた彼女が、「強制強化キノコの時といい迷惑かけっぱなしだね」と申し訳なさそうに微笑む。

 疲労しきっているのが丸わかりの力無い笑顔が痛々しい。けれども、そこには確かにやり遂げたという達成感も同時にそこにあった。


「どうせなら傷一つ負わず余裕そのもので帰ってきてほしいものでしたが、貴方ごときにそこまで言うのは酷ですね」


「師匠も待っててくれたんだ。ありがとう」


「何度も出て行こうとしましたが彼に強く引き留められたので仕方なくです」


 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめる花帆。

 彼女の言葉は照れ隠しでも何でもなく、事実である。光留が起きるまでなんて待っていられないからと帰ろうとする彼女を説得するのがどれほど大変だったか。

 でももう一度、こちらの言うことを聞いてもらわなくてはならない。


「しっかりと目覚めたことですし、わたしはこの辺りで失礼……」


「待て待て。これから計画していることが一つあるから、花帆も付き合ってくれ」


 は?と鬼のような形相で睨んできたが、そんなことは構いやしなかった。


「光留、体の調子は?」


「大丈夫。万能薬を使ってくれたんだよね。戦ってたのが嘘みたいに疲れもスッキリ取れたよ」


 ならいい。

 配信終了間際のコメント欄にあった一言。俺はそれに便乗しようと思っている。

 ズバリ――。


「大したやつはできないけど、昇級祝いのパーティーでもしないか? 俺の家で」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「試験管が持ってたの、銃だったの。それも人間でこれ持てる人いるの??っていう……まあ持ってるんだけど、信じられないくらい大きな大砲みたいなやつでね。

 弾に当たったら肉をズタズタにされるから、とにかく避けて避けて避け続けるんだけど、その中で攻撃するのが難しくて難しくて。師匠のを見よう見まねした戦術がなかったら絶対負けてた。最後は試験官を平手打ちで昏倒させてルビーを頂戴できたから良かったけど」


「……凄まじいな」


「でも一番大変だったのは戦いの方じゃなくてワープなの。ワープが最高に複雑で、間違って同じクリスタルに触っちゃったりして、終わらないんじゃないかと思ったよ。ちょっとやそっとの覚悟じゃ諦めてたくらい」


「それはただ鈍臭いだけじゃ?」


「それからそれから――」


 実は光留が眠っている間に家族には連絡済みで、俺の自室にてパーティーの開催を許されていた。

 参加者は言わずもがな俺と光留、花帆の三人のみ。ギリギリまで渋っていた花帆だが、いつも通りゴリ押しに負けて門限までに帰るという条件付きでついてきた。


 パーティーと言っても大層なものじゃない。

 詰所からの帰り道の間にあったハンバーガーショップで一番高いメニューを選んで多めの量を買っただけなので、今日のスパチャ代があればお釣りが出るくらいだ。

 それでも光留は大袈裟に喜んでくれたし、彼女の話を聞いているだけで俺は楽しかった。無表情でだんまりなもう一人もポテトを次から次へ食べているあたり、おそらく満足しているのだと思う。


「最後は格好悪く倒れちゃったけど、これで姫川さんとの約束に一歩近づけたんだなぁ、私」


「そうだな」


 このままいけば『みーひめ』とのコラボ配信第二回も遠くないかも知れない。

 そんな話をしていた時だった。それまで何も言わなかった花帆が、ここぞとばかりに言い放ったのは。


「じゃあわたしはこれにてお役御免になるわけですね。これでようやく、気兼ねないソロ活動に戻れます」


「え、何言ってるの? 私まだ上級者になったばっかりだよ?」


「……だから何だというんですか。そろそろわたし、部活に専念したいのですけど」


「でも潜るのやめるわけじゃないでしょ」


「お願い、師匠が必要なの!!」


 正直、俺も上級試験に受かったら師匠との関係は終わりになるのではと思っていたので意外だった。でも確かにそうだよな。あくまで上級者になっただけだ。

 俺たちのパーティーはまだまだ自信を持って強いと言えない。Sランク以上であれば苦戦するに違いない。超上級者を目指すなら、指針があり続ける必要があった。


 それに、と光留は続ける。


「友達は多い方が嬉しいしね」


 しばらくの沈黙のあと、はぁ……と幼さの残るため息が部屋にこだまする。

 それからポテトを二つ三つ口に放り込み、飲み込んで、花帆は一言。


「貴方にとってわたしが友達という認識なことに驚きを禁じ得ないのですが、まあいいです」


 一人や二人、馬鹿な友人を作るのも悪い気分ではありませんし。

 そう言って苦笑した。


「配信のコメントで指摘されてた通り、ぼっちだったんだな……」


「うるさいですよ」


 そんなこんな言いながら、今後のことや他愛ない話を色々して。

 ハンバーガーをすっかり食べ終えるまでパーティーは続いたのだった。

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