第三十二話 ダンジョンの外にて

 光留がダンジョンへ入っていく後ろ姿を見送ったあと。

 彼女の健闘を祈りながら、俺は懐からスマホを取り出した。


「暇に任せてゲームにでも興じるつもりですか」


「いや、俺はスマホゲーム派じゃないんでゲームはしない。今日はダンジョンじゃない配信をしようと思ってだな」


「配信ですって?」


 信じられない、と言いたげに眉を顰める園花帆。

 せっかくそれなりに綺麗な顔立ちをしているのに可愛くないなと思うが、それはもちろん口にしない。


「いいからいいから。光留を視聴者と一緒になって応援する意味だよ。俺たち二人だけでダンジョンの外に待機してるだけっていうのはつまらないし、ちょっと寂しくないか?」


「そうは思いませんね」


 ノリが悪い。本当にノリが悪い。

 いくら勉強と運動ができても、この性格だとハブられてるのじゃなかろうか。それとも同級生とはうまくやっているのだろうか。少し心配になってくるが。


「じゃ、始めるぞ」


 再生ボタンを押した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


「どーも、カズです」


「……名乗りませんよ、わたしは」


 この二人きりで配信をするのは初めてだ。

 園花帆と二人きりでやるとなると少し緊張してしまうのは、彼女との関係が良好かと言えば微妙である故。

 でも光留の応援のためと決めたから、絶対やり遂げてみせる。


『お、始まってる』

『配信キタ──ヽ('∀')ノ──!!』

『今日も師匠いるんだ』

『あれひかるたんは?』

『ヒカルちゃん早く見せろ』


「すみません皆さん。ダンジョン内での活躍目当ての方にも、光留目当てに来てくださってる方にも申し訳ないのですが……今日はなんとダンジョン配信ではありません! 言うなれば雑談配信。しかも今日は特殊な事情で光留はいません」


『雑談配信?』

『でもダンジョンが目の前だよな』

『ひかるん、いないのかよ(´・ω・`)』

『俺の推しが……!』

『師匠もそれなりに可愛いからいいだろ』

『可愛いと思えるのはロリコンだけ。清楚系美少女のヒカルたんが最強』

『いやいやみーひめの方が可愛いって。再コラボ待ってる』

『たまにはいいかも>雑談配信』

『そっか、前の配信で言ってた!!』

『???説明よろ』


 カズチャンネルの登録者数は七千人ほど。Sランクに入るようになった頃から一気に増えたのだ。

 今回の配信のせいでフォローが剥がれる可能性もなくはない。そう思っていたが、反応はあまり悪くなく、むしろ興味津々である。


 だから俺は胸を張って言えた。


「実は今、光留が上級試験に挑んでる真っ最中なんですよねー。だからそれを待っている間のワクワク感を皆さんと共有したいと言いますかなんと言いますか!」


『!!!!!』

『そうだった確かに師匠が認めてくれたんだっけ』

『Sランク踏破したもんな』

『ヒカルちゃんの応援なら喜んでしてやるよw』

『俺も冒険者だけど上級試験超ムズだぞ』

『ついにひかるたんも冒険者の上澄みになるのか…… (-_- )シミジミ』

『ひかるんならきっとやれる!!』

『応援してるぞ』

『興奮してきたw w w』

『雑談配信嬉しい』


「意外と盛況ですね。彼女を応援だなんてあまりにくだらなくて閑古鳥が鳴くと思っていましたよ」


『辛辣……』

『そうか今日は師匠の毒舌が冴え渡るのか』

『楽しみ!!』


 よし、滑り出しは好調だ。


「そんなわけで始まりました雑談配信。皆さんからの質問に答えていこうと思います」


 俺がそう言うなり、それまでの勢いとは比べ物にならないほどのコメントが押し寄せた。

 視聴回数はすでに五千越え。普段書き込まない視聴者も、雑談配信となれば気になることの一つや二つ訊いてみたくなるものなのかも知れない。


『質問:カズと師匠の関係性』

『定番だけど好きな食べ物』

『学校での話とか聞いてもいい?』

『師匠がツンツンな理由』

『カズが配信者として一番大事だと思うもの、気をつけていることとか』

『カズの好みのタイプは?』

『部活やってる?』

『配信時の必須アイテムについて』

『兄弟いるかどうか』

『将来なりたいもの』

『好きなゲームあったら知りたい』

『配信以外の趣味』

『テレビとかラジオとか見る派?』

『もしよかったらでいいけど初恋の話、聞かせてほしいかなって』

『ヒカルちゃんのオフの姿』

『カズの好きな配信者も気になるかも』

『おすすめチャンネル』

『みーひめ以外とコラボする予定あったりする??』

『カズチャンネルの目標』

『自分の配信の時の喋り方とか声は好き? それとも嫌い?』

『今までの配信の中で気に入ってる回は何?』

『親兄弟に配信バレしてるのかなってのが地味に興味ある』

『カズ、結構ダンジョン配信界隈では有名になりつつあるから学校で話題になってたりはしないのかな』

『嫌いなモンスター教えて』

『ひかるちゃんの可愛いエピソードよろ!』


 うん、多いな……。

 これは想像以上だ。光留についてより俺についての質問の方が多いのは驚きだった。


「ありがとうございます。じゃあ早速答えていきます。

 じゃあえーとまずは……俺と師匠の関係性、ですか」


 早速難しい質問が来た。

 俺と園花帆は、厳密に言うと師弟関係ではない。指導されているのは確かだが、あくまで光留のおまけでしかないのだ。


「ダンジョンでAランクボス踏破を横取りされてから、光留の提案で師匠になってもらおうってことになりましたが、微妙な関係性だと思いますねー。そこのところ君、どう思う?」


「師匠と呼ばれた思いも、名前で呼ばれた覚えもありませんからね。まあ赤の他人も同然ですし当然ではありますが」


「じゃあ花帆って呼ぼうか?」


「お断りします」


『思ったより仲悪い?』

『喧嘩するほど仲がいいってやつだろ』

『カズ、JS相手に大人気ないぞw』

『師匠はJSじゃなくてJCだよ』

『エッ』


 スマホ画面上に流れるコメントを見て、花帆・・が明らかに苛立った様子で小さく舌打ちした。


「失礼なコメントが散見されますが無視して続けてください」


「はいはい。……二番目の質問は好きな食べ物。これは悩ましい、というか結構何でも好きですねー。雑食です。

 次。学校での話ですか? あー、うん、学校は結構楽しいですよ。最近楽しくなった、というかな」


『雑食かw』

『好き嫌いないのはよろしい』

『学校楽しいんだ……え、最近?』

『何かあった模様』

『焦らすなよ』


「さて次は、師匠がツンツンな理由? 俺には答えかねますので、そこのあたり花帆どうぞ」


「だからその呼び方お断りですって言いましたよね。わたしがこんな態度なのは、知能が低いことを言ってくる奴らに腹が立ってしまう性質だからです。多分この人なんてわたしよりもずっと馬鹿ですし」


『w w w』

『ワロタんだが』

『あー学歴を鼻にかけてる系か』

『大丈夫。大人になればなるほど君も馬鹿になっていくよ』

『友達いないから超上級者になるまで冒険者を極めたんだろうな』

『言うてやるなや』


「どんどん花帆の機嫌が悪くなっていくので次行きますね。えー、配信者として一番大事だと思うもの、気をつけていることとかについて。

 こういう信念みたいなのって俺、ないんですよね。何せ小遣い稼ぎのために始めた配信ですし。気をつけているのは常に明るく、視聴者の皆さんになるべく楽しんでもらえるように、でしょうか。その方が稼げますから」


『おいw w』

『カズらしいな』

『本音の中の本音って感じ』

『欲に塗れてていいと思うよ』

『同期は何であれ聴いてて楽しいからヨシ』


「好みのタイプは、優しくて可愛い、健気で頑張り屋な女の子です。顔が綺麗な方が好み。身長は低過ぎず高過ぎず。なので花帆は恋愛対象外です」


『ロリコンじゃない宣言しよった』

『お幼女はいいぞ』

『優しくて可愛い、健気で頑張り屋な女の子……俺知ってる……ニヤニヤ(・∀・)』

『これもう一人しか当てはまらなくね?』

『いや、他にいるのかも知れん』


「部活やってるかどうか。実はついこの間までやってなかったんですけど、修行についていくための体づくり目的で運動部を始めることになったんですよね…………光留と」


 ためを作ったのは、この話題には間違いなく食いついてくるという自信があったから。

 そして視聴者たちは俺の期待を裏切らない。


『は??』

『部活がひかるんと一緒ってどゆこと?』

『これはまさか』

『クッソ羨ましすぎる』

『リア充かよ!!』


「そう、光留と一緒の学校だったんです。冬休み明けでばったり会った時は驚きでしたねー。クラスも学年も違うんですけどもお昼とか一緒に食べてます」


『ハンカチ噛んでる』

『ヒカルたんとお昼だと!?』

『ずるい』

『俺と代われ』

『青春だね〜(#^ω^)ピキピキ』


 光留推しはやはり多い。まあこんなところでいいだろう。


「光留との学校生活は置いておいて、配信時の必須アイテムの話に移ります。

 俺がいつもダンジョンに持ち込むのはスマホと懐中電灯だけです。最近は花帆のせいで武器も持たしてもらってませんからねー」


「素手で戦えなければ武器を扱っても一緒です。基本は生身で覚えないといけませんから」


「とのことです。あ、今回の試験のためにヘッドライトを一つ買ってあげたので、今後は懐中電灯と併用して使っていきます。……よし次、兄弟の話ですね。兄弟はいません。俺も、そして多分光留も一人っ子です」


「わたしもです」


『ダンジョンに潜るのに装備少なっ』

『それだけでいいなら俺も始めてみようかな』

『ヘッドライト買ってあげるカズ優しい』

『三人とも一人っ子か……一人っ子率が高いのはさすが少子化社会だけある』

『家族構成とかどうでもいい質問すなw』


 将来なりたいもの、好きなゲーム、配信以外の趣味の質問など雑多な質問に順番に答えていく。

 初恋についての話は答えづらいので適当に誤魔化しておいた。


 その間中、ちらちらとダンジョンの入り口を伺うが、光留が出てくる気配はない。今頃彼女はダンジョンの中でどうしているだろうか。


「光留のオフの姿、ですか……。とにかく貧乏ですね。ほぼ毎食カップラーメン生活らしいです。何か食べさせてあげたいくらい。料理を作れないのが悔やまれます」


『え……』

『ひかるんも金のために冒険者になったって言ってたもんな』

『それ大丈夫?』


「大丈夫じゃないと思います。でも上級者になってSランクへもっと潜るようになれば多少は改善される……はず。食事の他のことに関して言うと、素直でいい子です。一緒に帰るだけで喜んでくれるし、ゲームとかで一緒に遊んではしゃいでくれるし」


『ひかるんかわええ』

『やっぱ推しだわ』

『一緒に帰る……のか』


「次。好きな配信者は、そうですねー、特にいませんがMOEの配信はよく見ます。おすすめチャンネルもそこですね。師匠と比べても多分強い」


「いや、わたしの方が強いです。MOEというのは知っていますが、あんなダルダルな女性がわたしに敵うはずない」


「それはどうだろうな……。みーひめのコラボは、お互い超上級者になったらって取り決めました。だから光留は今頑張ってます。カズチャンネルの目標は、とりあえずそこです」


 MOEというのは、俺が小遣い稼ぎのための配信を思いつくきっかけになった配信者の名である。


『MOEか』

『つよつよだもんな』

『誰もが知る超有名配信者』

『コラボのために頑張るひかるん可愛い』

『なるほど、みーひめが最近潜りまくってたのはそういうことかw』


「それから、配信の時の自分の喋り方・声が好きかどうかについてと配信でお気に入りの回の質問もきてますね。喋り方と声は好きでも嫌いでもないですね。平均的というか。お気に入りの回は光留と出会った初回です。思い出深いですから」


『やっぱり初回いいよなぁ』

『カズはろくに戦ってないけどw w』

『カズが弱いのは今もそうだろ』

『最近ヒカルたんのパワーアップのせいで余計弱く見える』

『中級者レベルには強いと思うんだけど』


「配信に関する質問が続きますね。親兄弟と、学校での配信バレですか。親は知りません。学校では約一名にバレてましたが、多分口外してないので大丈夫ですー。嫌いなモンスターはアンデットかな。気持ち悪いので」


『約一名ってひかるたんと別?』

『良かったなお喋りな奴じゃなくて』

『アンデット系嫌だよね(by上級冒険者』


 約一名とはもちろん姫川のこと。さすがに姫川がクラスメートであることは伏せておいた。

 いよいよ最後の質問だ。俺はそれに目をやり、頭に手を当てた。


 光留の可愛いエピソード。

 そんなのあり過ぎて、何を紹介していいかわからないからだ。


「惚気を始めるつもりなのであれば、わたしの耳に届かないところでお願いしたいのですが」


「惚気じゃない。ただ光留の可愛さを十分かけて語るだけだから」


 渋い顔で黙り込む花帆を放っておく。

 十分程度で伝わるだろうかと思いながら、宣言通りに語り尽くそうと口を開いたその時――――突然、ダンジョンが音を立てて揺らいだ。


「……っ!?」


『なんだなんだ??』

『ダンジョンの外で配信する物好きなんていないからこんなの見たの初めてかも知れない』

『中で何が起きてるのか』

『惚気が聞けると思ったのにちょっと残念』

『地震でも起こったみたいに揺れてるのスゴイな……』


「どうやら中で戦闘が始まっているようですね。これほどの揺れだったら相当激しいでしょう。……まったく、一撃でやればいいものを苦戦するとは情けない」


 ガタガタと数回にわたって揺らされる地面。ダンジョンの奥底の方から響く轟音。

 あれが戦闘の音だとしたらどれだけ激しいものなのか。想像しただけで背筋が凍りついて身をこわばらせそうになったが、すぐに何のための配信かを思い出した。


 これは光留の試験の応援配信。この程度で驚いていてどうする。


「皆さん、良かったら光留の合格を願ってやってください。俺も今から祈りますので」


『ひかるんガンバレー!!』

『試験内容って試験官との闘いなはずだから楽勝楽勝!』

『ヒカルちゃんが負けるわけがないッ』

『絶対上級者になれよ!』

『みーひめとのコラボ楽しみにしてるから頼む』


 他にも光留を想うコメントがたくさん寄せられて、いい視聴者に恵まれたなと俺は思った。




 俺の祈りと、声援が通じたのかどうか、それはわからない。

 実時間にして三十分ほどだったのに永遠に感じられた時間が過ぎたあと――ダンジョンの入り口から気配がした。


 そちらに目を向けると、足元がおぼつかない様子でよろけながら出てきたのはボロ切れのようになった光留で。


「加寿貴さん、私、勝ったよ……」


 そのたった一言だけを残して、倒れたのだった。

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