第二十八話 弟子入り?

 厄介なことになった。


 正体不明で神出鬼没。

 最年少だとか最強だとかそんな噂程度しか流れていないあの少女を師匠にしたいと言われても困ってしまう。


 しかしそれ以上にいい考えは思いつかなかったし、俺は光留のコンビだ。光留の強くなりたいという思いを無下にしたくはない。

 光留の提案に是と答えてしまった俺は、学校とダンジョンに潜る時間を除く朝から晩まで情報収集に勤しみ始めた。


 今まで見たことがなかったダンジョン関連の掲示板に入り浸ったり、大手SNSでありとあらゆる目撃情報を集めたり。

 しかし一向にろくな手掛かりは掴めず、頭を抱えたくなった。


「カズくーん、調子どう?」


 俺の悩みっぷりを知ってか知らずか、学校では姫川が明るく声をかけてくる。

 次のコラボのために親しくしておきたいのだろうか。いかにもうまくいっていますよと言いたげな呑気な顔つきに少しだけイラッとした。


「どうもこうもないよ、こっちは。姫川さんは知り合いに頼んで稽古つけてもらってるんだろ? どうなんだよ」


「あー、知り合いって言ってもちょっと事情があってさー。あんな奴・・・・に頼らなくてもアタシ一人でも頑張ればきっと強くなれるし、全然問題ないっしょ」


 ……意外だ。せっかく師匠になり得る知り合いがいるのに、独りで超上級者を目指そうだなんて。

 強い。物理的にはまだあまり強くはないものの、強固な意志が瞳に宿っていた。


「ま、アタシのことはさておき、カズくんたちもしっかり頑張っといてねー。次のコラボ配信めっちゃ楽しみにしてるよ」


「ああ、うん」


「カズくんの戦うとこ見てマジでかっこいいなぁって……その、あんまり強くはないんだけど、ヒカルちゃんのために一生懸命頑張ってるのがってことだよ?……ちょっと思ったんだ。

 だから、次はヒカルちゃんだけじゃなくてカズくんもしっかり大活躍してほしいっていうかー。とにかく期待してるっていうこと!!」


 途中から早口な上に、顔と目を逸らされてしまったのだが。

 とにかく過度というか妙な期待されてしまっていることだけは伝わってきたので、ずんと胸が重たくなるのを感じた。


 姫川にここまで言われてしまっては、さらに急がなければという気持ちになってくる。

 下校してから調べて調べて調べまくる。けれどもろくなものが見つからない。

 焦燥感で胃が焼かれそうだった。


「これだけ調べても大して役に立たない目撃談三つとかマジかよ……。いい加減なんか引っ掛かってこいよな」


 祈りでもあり、それでいて半ばヤケでもある呟きを漏らしながら俺はスマホに文字を打ち込む。

 『園花帆』。姫川が聞き出したというその名前を検索してみた。


 何か関連情報を手にできるのではないかとわずかに期待する一方で、どうせ無駄だろうと思っていた。

 しかし――。


 俺は息を呑み、しばらく固まってしまうことになる。


「嘘だろ?」


 十四歳にして空手・柔道共に県内大会一位。陸上全国大会三位。そんな記事が次から次へと出てくるではないか。


 彼女のプロフィールが簡単に載っていたので読んでみた。

 あまり詳しくない俺のような奴でも聞き覚えのあるような名門お嬢様校に通う現在中学二年生。スポーツ系以外にも作文や自由研究がニュースや新聞で取り沙汰されるような、才媛でもあるという。


 内容もそうだし、あっさりと重要な情報に辿り着けたことにも驚かずにはいられなかった。


 偉人伝かフィクションの登場人物の経歴でも見ている気分だ。こんな超人、この世にいるものか。

 しかし記事やニュースになっている以上は実在しているのだろうし、顔写真は確かにダンジョンの奥底で見たあの少女のもので間違いない。


 偽名でも何でもなかったのか。天才な割にはうっかり者であるらしい。それとも姫川の迫り方が良かっただけだろうか。

 さすがに個人情報なので住所はないが、学校まで特定できたら接触する方法は思いつく。


 ただ……ここで問題が一つ。

 この先は少し、いや、かなりストーカーじみたことをしなければならなくなるということだ。


 俺が女子中学生を尾け回したとなれば事件になりかねないのは明らか。かと言って自然を装って知り合うなんて到底無理だ。

 なので俺は諦めた。申し訳ないが、あとはもう任せるしかない。


 言い出しっぺであり弟子志望、そして誰もを黙らせるほどの美少女に。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「こんにちは、園さん」


 夕刻、人気の多い駅のホームの一角にて。

 声をかけられた少女……園花帆は分厚い本から視線を外し、ちらりと光留の顔を見た。


 瞳に宿るのは隠す気もない『鬱陶しい』という感情。そしてなぜ自分の名前を知っているのだろうという疑問だった。

 しかしそれもすぐ失せて、淡々とした声が返ってくる。


「つまらない嫌味を言いたいがために、遠路はるばるようこそお越しくださいました。今は下校時間ですからわたしに声をかけても怪しまれないだろうと浅はかな知恵を働かせたのですね」


 よくもまあすらすらと腹の立つ言葉を並び立てられるな、と少し感心してしまった。

 同時に、この短時間で光留のことを見抜けたのもすごいと思う。今光留は制服を着ているからダンジョン内とは印象が異なるし、そもそも暗かったのでろくに顔も知らないだろうに。


「わたし、些細な案件に付き合えるほどの余裕はないのです。申し訳ありませんがさっさとお帰りになってください」


「待ってよ。別に嫌味を言うために会いにきたわけじゃないの。……私、園さんに話が」


「わたしが配信のネタに使えるから撮影したいと?」


 いい加減飽き飽きだ、と言いたげだった。

 本名をポロッとこぼしてしまうセキュリティ意識が低い一方で、今まで超上級者という肩書きを誇るでもなくひた隠しにしてきたのを考えるに、あまり目立ちたくないのだと推測する。


 お断りです、と固い声で言われるだろうことが予想されたので、被せるように光留が口を開いた。


「そういうことでもなくて。お願いします、私を弟子にしてください!」


「…………は?」


 確かに『は?』だよな。

 でも光留は深く頭を下げたまま。それをしばらくまじまじと見て、園花帆がここにきて初めて驚愕の表情を浮かべた。


「馬鹿じゃないですか、そんなことのためにここまで?」


「あなたにとっては『そんなこと』でも私たちにとっては大事なことだから」


「わたしと貴方、一度お会いしただけですよね」


「うん」


 我ながらこのやり方はとっても胡散臭いと思う。

 でもこうするしか思いつかなかったので仕方ない。仕方ないのだと、ホームの陰に身を潜める俺は自分に言い聞かせた。


「なるほど、わたしのか弱さにつけ込んで、弟子という名目でわたしの報酬を横取りしようという算段ですね?」


「弟子にしてくださいって頼んでる相手につけ込んだりしないよ絶対。というか物理的に無理」


 とにかくお願いします!と頼み込む光留、応えずにさっと背を向ける園花帆。

 逃げられたら人混みに紛れてわからなくなってしまう。そうなる前に彼女の細い腕を掴んだ。


「お金の絡まないことならなんだってやるから。弟子としてアシストするから!」


「必要なものは特に何もないです。おかえりください」


「次どこのダンジョンに行くの?」


「……ダンジョンが何だか知りませんが、わたし、忙しいのでそろそろ」


 しらばっくれるということはそこに弱みがあるに違いない。

 ダンジョン冒険者であることをあまり知られたくはないのかも知れなかった。ちなみに冒険者の職は、実力さえ認められれば親の許可なく職につくことができるのだ。


 俺と同じことを考えたらしい光留が悪い笑みを見せた。


「私も同じ方向の電車なんだ。帰りもゆっくりお話ししよう。ね?」


 本当は逆方向だ。

 でも言葉通りに光留は園花帆と仲良さそうに手を繋ぎながら、同じ電車に乗って行ってしまった。


 その中でどんな会話があったかはわからない。ただ、一時間ほど経って俺の前に戻ってきた彼女が「弟子にしてもらったよ!」と報告してくれたので、説得成功したようだ。

 と言ってもあの頑固そうな少女が師匠という立ち位置を認めるわけもなく、ついて来るなら勝手にしろ、と折れただけだったが、まあいいだろう。


 姫川の時といい、しっかりしているように見えて園花帆は押しに弱いらしい。

 確かに年上から迫られたらそうなるのも必然か。少し申し訳ない気持ちになったが、結局のところは結果が全てだと思うことにした。


「これから大先輩に鍛えてもらえると思うとワクワクするね!」


「過酷過ぎないメニューだといいな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る