第二十九話 初Sランクダンジョンと修行の日々①
「見て見て、師匠のためにお菓子買ってきたんだ。これ、喜んでくれると思う?」
「…………多分な」
「だよね。こんなに美味しそうなんだもの。あ、ちなみに加寿貴さんも食べていいよ。これずっと気になってたお菓子でさ。私もちょっといただいちゃおうかな!」
電車の中にて。
甘いポン菓子がぎっしり詰め込まれたピンク色の包み紙を片手に、光留がはしゃいでいた。
こんな安物で喜んでくれるだろうかと俺は思ったが、口にはしない。だって……。
「今日の朝は何食べたんだ?」
「カップラーメンだけど」
「今までよりさらに難関なダンジョンに潜るんだから、もっとしっかり食べなきゃダメだろ」
貧乏を極め、自分の食べるものさえ激安なもので済ませてしまうらしい光留にとっては奮発した結果だろうから。
配信で得た俺のスパチャ代を使えばそれなりに美味しいものを買えるというのに、それを「ゲームを買うお金に回してほしいから」と頑なに断られている。俺にはどうにもできないのがたまらなくもどかしい。
それはさておき。
「そろそろ着くかな」
「そうだね。師匠に改めてご挨拶しなくちゃ」
園花帆は絵に描いたような優等生。当然平日は勉強漬けであり、ダンジョンに潜るのは週に一度だけだという。
それに合わせて日取りした光留と俺は、彼女に話を持ち掛けたのとは別の園花帆の家から最寄りの駅に向かっていたのだ。
まもなく電車が停止し、ドアが開く。
降車しながらホームを見渡して……駅の片隅にひっそりと佇む制服姿の少女を見つけた。
休日なので制服なのは不自然なのだが、『みーひめ』のように何か理由があってのコスプレのようなものかも知れない。
「師匠、おはようございまーす!」
「何ですか。あなたを弟子にしたつもりは毛頭ないのですが。……栗瀬さん、おはようございます。私は今から野暮用がございますので
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
チッと小さい舌打ちのような音がしただけで園花帆からの反論はない。
こちらを振り返りもしない彼女に導かれるままに、とても贅沢な特急の切符を三人分購入し、再び乗車するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日攻略するのはSランク。わたしにとっては踏破は朝飯前ですが、中級者と初心者に毛が生えた実力しか持たない貴方がたはたいへん苦戦するでしょう」
配信などにかまけている暇もないかも知れませんね、と言いながら園花帆が足を止める。
廃墟のように寂れた街の片隅に、目的地のダンジョンはあった。
おどろおどろしい街から想像するにダンジョンの中はどれほどのものだろう。なるほど、これは確かに今までとはレベルが違うと肌で感じる。
「Aランクじゃないのかよ……」
でもこれは修行。意を決してダンジョン入りする他にない。
そしてその先で、案の定地獄を見た。
次々と襲いかかってくる、ゾンビやら髑髏のモンスターたち。
絵面は完全にホラーあるいはパニック映画。その見た目だけでも腰が引けそうになるのに、傷つけても傷つけてもすぐに治ってしまうという面倒臭いおまけつき。
それをスマホ片手にカメラを回しながらで倒していかなければいけないというのは、至難の業だろう。
チラリと画面に目をやると、『引き返せ』やら『無茶だろ』やら『ひかるたん逃げて!!』と言った俺と……特に光留の身を心配するコメントで溢れ返っている。
俺だってできるならそうしたい。でも、ダメなのだ。ここで怖気付いてしまったら園花帆を探した苦労が水の泡になる。
しかし、超上級冒険者というならちょっとくらい手を貸してくれてもいいのにと思わずにはいられなかった。
光留から渡されたマシュマロをパクッと口に放り込みつつ、彼女は完全に観戦状態。
『ボス戦に体力を温存しておきたいので任せるとしましょう』。そんな風に言って放任しっぱなしである。
「つまらないものにしては、なかなか楽しませてくれるじゃないですか。そこそこ気に入りました」
何を教えてくれるわけでもない彼女はマシュマロを味わっている。全部食べる勢いだ。光留の取り分が残っているか心配だ。
と、そんなことを考えている場合ではなかった。早くどうにか手を打たなければ押される一方になる。
そう考えていた時。
光留が「あっ」と悲鳴を響かせた。
見れば、彼女の綺麗な顔面に向かって鉤爪が振り下ろされようとしているところだった。
剣は確実にゾンビの腹部に突き刺さっているのにその勢いは止まりそうもない。助けに行かなければと思ったが、俺は俺で絡まれていて身動きが取れないという最悪の状況。
「はぁ、まったく」
そんな中でこぼれる、小さなため息。
手間をかけさせるなとでも言いたげな彼女……園花帆が、光留とゾンビの間に立ち塞がった。
そして。
「それで中級冒険者なのですか。相手の弱点も見抜けないとは、だからその程度なのです。
アンデット系統相手には打撲等は効きにくく、『聖なる魔石』と呼ばれるアイテムを使うのが最も効果的ではありますが――――」
どちゃ、と嫌な音がして、小さな拳が振るわれる。
「単純に急所を殺ればいい」
一撃だった。
たった一撃でゾンビの頭部は打ち砕かれたのだ。
『うおおおお!!』
『つっよ』
『最初からそうしろ!』
『また拳一つで倒してる……ロリのくせに化け物かよ』
『今北産業。これもしかして前の配信に出てた女の子?』
『ひかるんの師匠になったらしい』
『さすが超上級冒険者だぜ』
「手足や胴体を攻撃しても、ゾンビには痛覚や心臓が一切ないので無駄です。髑髏の場合は頭蓋骨を叩き割れば簡単ですよ」
あとは、あたりにいたモンスターをサクッと一掃。
俺を襲っていた奴もまるで雑魚敵のように一瞬で殴り倒された。
急に頼り甲斐のある……いや、あり過ぎる師匠へと変貌を遂げた園花帆は、何事もなかったかのように静かに微笑む。
「行きますよ」とかけられた声に、俺も光留も無言で頷くしかなかった。
――まさかここからがさらなる地獄になるとは思いもせずに。
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