第二十五話 凄腕冒険者現る

 完全に想定外だった。

 ここはAランクダンジョン。中級冒険者の一部あるいは上級者以上しか入れないこのランクになるとダンジョン内で遭遇する確率はかなり低いものとなる。実際、他の冒険者・配信者と顔を合わせるのは初めてである。


 それも挨拶もなしにいきなりそっけない言葉を投げかけるなんて思ってもみなかった。


 沈黙が落ちたダンジョンの中にコツコツと静かな靴音が響く。

 やがて石の台座を登り、鉄扉を潜ってきた彼女を、『みーひめ』が手にしていた懐中電灯が照らし出した。


「もう一度言いますが下がっていてください。そこ、邪魔です」


 こちらが何を思うかなど最初から微塵も興味がなさげな声の主は…………子供、だ。

 表情は固いが、小学生にしか見えない童顔。背丈もずいぶんと低い。おそらく140cmちょっとくらいではなかろうか。

 服装はグレーのジャケットにスカート、そして長タイツ。胸元には大きなリボンがついている。それは紛うことなき制服だった。


 その年頃とは別に不思議でも何でもない装いだが、ここがダンジョンであるということを忘れてはならない。


「――あなた、誰?」


 俺たちの中で誰よりも早く問いかけたのは光留。

 しかし幼い少女は光留の方へチラリと顔を向けただけ。そのまま何も言わずに前へと進んでいった。


 感じ悪い。非常に感じ悪い。

 いきなり現れたかと思えば質問に答えもせず、怯えの欠片も存在しないかのような足取りでボスの元へ行ってしまうなんて。


 いや、ちょっと待て。ボスの元へ――?


「追うぞ!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『また変な奴が来たんだけど』

『みーひめの次は誰だよ』

『ラストバトル前のドッキリか何か?』

『別のコラボ相手じゃないの』

『カズたちが焦ってるところを見るに違うと思うぞ』

『まさか予定にない共闘展開ってこと!?』

『ワクワク』

『見ず知らずで共闘はしないだろw』

『あんなお子様がダンジョンに入って大丈夫なのかな』

『おいあれって……』

『わけわからん。説明プリーズ!』



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 乱入者との会話が通じない、しかもボスを討伐してしまう可能性も少なからずある。

 それは俺たちにとって非常に都合が悪い話だ。


 少女がどこまでの実力者かは知らないし全然強そうには思えないけれども、おそらく彼女は単独でここまで潜ってきた。故に見くびるべきではないのは確かであり、最悪、踏破の財宝を持ち逃げされてしまうかも知れない。

 そうなったら何のためのコラボ配信なのかという話になるわけで、それだけは阻止しなければならないと思ったのだ。


 大蛇の赤い瞳がぎろりとこちらを睨む。正確には三つの頭部は俺たち三人を、残り二つは謎の少女を、だったが。


 その頭部の一つへと俺はバットを振りかぶった。

 最初に目玉を潰して行動を封じたい。その判断は光留も、名も知らない少女も同じだったようだが。


 でも狙い通りに攻撃することはできなかった。

 なぜなら、鞭のようにしなる蛇の紅色の舌で思い切り弾き返されたから。


「っく!」


 するりと手の中からバットが抜け落ちてどこかへ吹っ飛んでいく。自身の体もくるくると宙を舞いながら……俺は見た。


 舌に絡め取られて身動きを封じられ、必死に剣を振り回して脱出しようとしている光留の姿。

 そして、そんな光留を一瞥もしない幼き少女の細い脚が舌の鞭を踏みつけ、小さな拳を蛇の瞳にめり込ませているのを。


「――ッ!!」


 低く鋭い威嚇音がダンジョンを揺らす。

 しかしそんな中でも少女は静かに、ただただ静かにボスの頭頂部の上で佇んでいた。


 なんだ、あれ?


 あまりにも異次元の光景。

 まるで矯正強化キノコを食べた時の光留のよう……いや、もっと強いかも知れない。

 モンスターが強いことで難易度が高いとされるAランクダンジョン。そのボスであるはずの大蛇を容易く殴りつけるだけでなく、そのあとも次々と頭を踏み潰し、あるいは素手で殴り倒していく。


 拘束から抜け出した光留がボスへ斬りかかり、舌の鞭をかわしながらようやっと一つの目玉を潰した時――すでに他の目玉は全てなく、三つの頭が落とされたところだった。


『エッ強っ!?!?』

『もはやこれ誰の配信だよ』

『SSランクダンジョンの配信と間違えたかな俺』

『ひかるんも頑張ってるのにモブに見える』

『カズとみーひめ出番なし』

『超人過ぎね?』

『お子様って言ってすみませんでした』


 配信のコメント欄でも動揺が広がる中、我に返った姫川がぽつりと言った。


「あれもしかしてさ、ってか、もしかしないでもさ……噂の凄腕冒険者ちゃんじゃない?」


『今日はみーひめの素がいっぱい聞けて嬉しい。お嬢様口調よりこっちの方が好き』

『凄腕冒険者?』

『いやそんなことって』

『超上級冒険者がAランクに? ナイナイ』

『でもカズだぞ。初回であの超レア級モンスターのスライムと遭遇したカズの配信だぞ。ないことはない』


 姫川の言葉の意味がわかったのか、視聴者たちが勝手に盛り上がり始める。

 しかし俺は首を傾げるばかりだった。『噂』も『凄腕冒険者』というワードもまるで聞き覚えがなかったからだ。


「えーカズです。すみません、俺全く状況把握できてないんですけど、簡単に説明お願いできます?」


『カズ知らないのか?』

『最年少でSSランク踏破経験者』

『五人しかいない超上級冒険者のうちの一人』

『多くの人間には顔も名前も知られていない謎の少女』

『正体不明だけど実在だけは確か』

『踏破ダンジョン数500以上』

『ストイック過ぎる冒険者として有名』

『ってかみーひめに教えてもらえばいいだろw w』


 ……確かに。

 でも姫川は今、自分の配信に向かって「すごっ!!」とか「冒険者の端くれとして感動過ぎるんだけど!」とかがなり立てているので頼りになりそうになく、視聴者に問いかけたのは正解だった。


 コメント欄に書き込まれる情報をじっくりと見渡す。

 深呼吸を数回。それでもやはり理解できず、正直な感想を吐露するしかなかった」


「あの……これゲームの中の設定ですよね?」


 超上級冒険者。

 それはほんの一部の高みに至った冒険者を指す言葉だ。おそらく上級者一歩手前の実力がある光留のさらに上の上、と言ったところだろうか。

 それでもこの経歴は生身の人間としてあり得ない。あり得ない過ぎるだろう。


 なのに目の前でそのあり得ない現実が証明されてしまっていた。――ダンジョンボスの討伐と、その証である眩い光となって。


 鉄扉を開けてからまだ三分も経っていない。

 モンスターを多数倒して、ここまでやって来たはずだった。今回は時間制限もない。どれほどの強敵でも配信を成功させてみせる、そう思っていたのに。


 この手でモンスターに傷一つつけられぬまま、俺の初コラボ配信は失敗という結果になってしまったのだった。

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