第二十二話 クラスメートからの呼び出し
「そろそろ授業が始まるから行くね!」
「わかった。また昼休みにでも会えたらいいな」
一通り話したあとのこと。
光留と別れた俺は、彼女の背中を見送ることもなくそそくさと歩き出した。
――やばい。
あんなとんでもない美少女と大した特徴のない俺なんかが話していたのだから、噂を立てられるのはもはや確定だ。
別にやましいことは何もない。それでも質問攻めに遭うのは面倒臭いし、かと言って誤魔化しようもない。変に絡まれたりする前に逃げるのが一番だと考えたのである。
何人か顔の知らない奴が俺に話しかけてこようとしたが、どうにか回避して教室の中へ。
すでに大半のクラスメートが着席している傍でポツンと空いた後ろの席に腰を下ろす。
「ふぅ……」
なんとも慌ただしい朝だ。
新学期特有のざわざわとした喧騒。
教室に響くそれをBGMにしながらぼんやりと制服姿の光留を思い浮かべながら、やっとひと息吐こうとして……すぐに遮られた。
「おはよーカズくん!」
教室では少なからず顔見知りはいる。
とはいえ誰とも遊んだことはなく、ただ一言二言を交わすくらいの関係でしかない。
元気よく挨拶してきたのは一つ前の席の女子。校則違反なのが明らかなくらいはっきりと金に髪を染め、制服を着崩した彼女は、担任や友人から姫川と呼ばれている。
下の名前は忘れてしまった。
「ああ……おはよう」
「なんかいつも以上に気のない返事〜! 休みボケしてたりしてー」
白い歯を見せてけらけらと笑う姫川はやかましい。
姫川はいわゆるギャルで、顔は結構可愛いしクラスの人気者でもある。
だがただそれだけ。美人さの度合いで言えば光留と比べるまでもない一般的な美少女だ。……美少女に特別も一般的もないかも知れないが。
まあ、姫川のことなんて今はどうでもいい。
俺は挨拶を終えるとすぐに目線を逸らし、考え事に戻った。
そんな風だから、まるで気づきもしなかったのだ。
――姫川から向けられる眼差しが、いつになく真剣味と好奇心を帯びていることに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午前の授業はつつがなく進んだ。
昼時になると食堂へ向かい、光留を探す。彼女も俺を待っていたようですぐに一緒になり、なるべく人目につきにくい場所で昼食を広げた。
「ここのご飯、すっごく美味しいよね。こんなに豪華なものを食べられるのってここだけだよ」
食パンを頬張る光留がまたしても貧乏人発言をしている。
別にうちの学食は豪華でもなければ特別すごいものじゃない。おそらく光留の食生活がとんでもなくひどいのだろう。
話の流れで今までこの学校でどう過ごしてきたのか互いに言い合うことになって……光留の境遇が哀れで泣けてきてしまった。
貧乏故に勉強もままならず、授業ではろくな成績を叩き出せない。ダンジョンに潜らない日でも日雇い労働に出たりすることもあって部活はできない。そんな調子なので友人なんて皆無。
学食を誰かと食べるのも初めてだと大喜びする始末だ。
今まで何不自由なく生きてきた身としてうっすらと罪悪感を覚えつつ、残り少ない――たった二ヶ月と少ししかない光留の高校時代を幸せなものにしてやれないだろうかと考えていた時だった。
「ねえカズくん、ちょっといい?」と、空気を読まない無粋な割り込みがあった。
姫川である。
光留が説明を求めるように俺を見た。
ほんの少し申し訳なさそうでもあることから、嫌な感じの勘違いをされている気がする。具体的に言えば俺と姫川が特別な関係なんじゃないかとか……そういう。
「俺のクラスメートの、えっと、姫川さん。姫川さん、俺は見ての通り食事中なんだけど」
呼び捨てにしていいものか迷って、さん付けにした。彼女を呼ぶのは初めてだ。
教室の中ではなくわざわざこんな食堂で話しかけられるとは、一体どういう風の吹き回しだろう。
何か緊急の用事でもあるのか? そんな風にはどうにも見えないが。
「カズくんにちょっと話したいことがあってさー。ご飯終わったら屋上に来てよ!」
「屋上って封鎖されてるところだろ」
「貼られてるテープをパッと飛び越えちゃえば余裕っしょ。待ってるからねー」
そう言い残して嵐のように去っていく姫川。
残された俺たちはしばらく言葉を失っていたが、これはのんびりしていられないと我に返った。
「悪い。何が何だかさっぱりなんだけど、とりあえず屋上に行ってきていいか?」
「…………わかった。加寿貴さんの分の残りは私が食べておくね」
それって年頃の乙女的にありなのか?と思ったけれども今は置いておこう。
姫川の謎の呼び出しの真意を確かめるべく、屋上に向かわなければならないのだから。
「お、ずいぶん早いじゃん!」
侵入禁止のテープの中、ツインテールにした金の髪を風に靡かせる姫川がいた。
悪戯っぽく口角を吊り上げる彼女の手に握られているのは何の変哲もなさそうなスマホ暇潰しに見ていたようではないので、おそらくは彼女の用件と関係があるのだろう。
俺は姫川のすぐ隣に行き、屋上の柵へ背を預けながら問うてみる。
「なぁ姫川さん、俺をここに呼んだ理由を教えてくれよ」
冬休み前まで……いや、今朝も、そして現在も俺と彼女はただのクラスメートという関係のはず。わざわざこんなところで内緒の話をする必要など何もないのである。
雰囲気からして想いを告げられるような展開でもなさそうだし、なんだか楽しげにしているし、全く彼女の意図が読めなかった。
「ちゃんと説明するから焦んないでよー。その前にさ――カズくん、この動画、心当たりあるよね?」
からからと笑う姫川。
彼女が俺に向けたのはスマホ画面だった。
そこに映し出されていたのは想像もしていなかったもの。
思わず目を疑う俺へ現実を突きつけるかのように再生ボタンがクリックされた。
『皆さんこんにちは、カズです……ぐしゅっ』
『失礼しました。そう、ここは雪山。気温はなんと氷点下です』
『では早速。雪山の中に眠りしAランクダンジョンに……』
聞こえてくる声、こちらに向かって話しかける男の顔、背景、それから流れるコメント欄の文字の一つ一つまで。
何もかも見覚えがある。あり過ぎる。
だってこれは、紛れもなく俺の配信なのだ。
「ダンジョン動画を漁ってたら、これの何回か前の配信をたまたま見つけちゃってー。これカズくんだ!!って他の動画見たらスライムと戦ってたりAランクに潜ったりしてるからもうびっくりの連続で!」
配信は顔出し。バレる可能性も考えないではなかった。
でも……こんな唐突に自分の恥を見せつけられると、なんと反応したらいいかわからない。
笑って誤魔化せばいい? それとも素直に首を縦に振るべきか?
全力疾走という手もないではないが、もしもこのことを学校中に広められたら?
しかも姫川の圧が強い。前傾姿勢でグイグイくる。
「さっき一緒にご飯食べてた子、ヒカルちゃんでしょ。多分三年生なのかな? あんな上級者顔負けのめちゃ強冒険者がうちの学校にいるとは思わなかったなー。カズくんってなんかパッとしない感じなのにあんな子とコンビ組むとか凄過ぎ〜!」
「……あ、ああ」
俺のことをディスっているのか褒めているのか、どちらなのだろう。
しかしどちらにせよ構わない。今はこの状況をどうにかするべきだ。新学期早々どうなっているんだ、と心の中で愚痴をこぼして。
「それでねそれでね、クラスのみんなには内緒だけど、実はあたしも一年くらい前からダンジョン配信やってるんだー! だから一回コラボとかしてみたら超面白いんじゃないかと思うんだけど、ダメ?」
――
――――。
――――――――え?
姫川の言葉に、思考が停止させられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます