第二十話 念願が叶う時

 時間制限を設けた理由。

 それは、これまでダンジョン踏破を頑張ってきた自分へのご褒美かつ、そして視聴者への演出のつもりだった。


 断崖絶壁から落ちたり死にかけたりですっかり忘れていたが、ギリギリでありながらも条件はクリア。

 ということは――。


『ダンジョン踏破おめ!!』

『おつかれ』

『まさか本当にクリアできるとは思わなかったぞ』

『中級冒険者でAランク踏破はすげえw w w』

『しかもカウントダウンぴったりだし』

『奇跡的に間に合った』

『一分でも遅れてたらやばかったな』


 コメント欄をちらりと眺めてから、俺はスマホのカメラへ目を向けた。


「皆さんにお知らせがあります」


 本当はここで終わっても良かった。でも光留と約束したからには、彼女の目的が果たされるまでは付き合う気でいる。

 ダンジョン配信者として活動を続けていくにあたって、これは大きな一歩となるのだ。


「この『カズチャンネル』の登録者数がなんと千人を超えました!! 応援とお力添えのおかげで今回もなんとか踏破することができました。ありがとうございますー!

 それと千人達成に伴っての特別企画を見事クリアしたので……スパチャを解禁しようと思います!」


「スパチャって?」


 ダンジョン踏破の証である財宝を漁っていた光留が小さく首を傾げた。

 動画配信文化を知らない彼女には聞き慣れない言葉なのだろう。


「視聴者からの投げ銭システムって言うのかな。見てみればわかる」


 スパチャことスーパーチャット。

 広告収入は初回配信からできるようになったものの、投げ銭のようなその機能を解禁するためには一定のチャンネル登録者数が必要だ。本当は半分の人数でも良いのだがせっかくならキリのいい数字から開始しようと考えたのだ。

 制限時間をオーバーしていたら諦めざるを得なかったから間に合ったのは運が良かった。


 俺は簡単に手続きを済ませ、やがて、ボタンを押した。


『スパチャ解禁だと!?!?』

『おっ、解禁された!』


 戸惑いと驚きのコメントが流れたあと。

 嵐のごとき勢いでスパチャが投下され始める。


『短期間で千フォロワーすごい ¥7000』

『初配信から見続けた俺、目から心の汗が出た ¥30000』

『面白かった!! ¥9000』

『Aランク踏破&スパチャ解禁おめでとう ¥1000』

『二人ともAランクダンジョン踏破乙! ¥5000』

『本当お疲れさまでした ¥8888』

『ボス戦はいつも通りあっという間だったなw ¥1300』

『他の冒険者たちはカズがやられたのと同じ奴にコロされてたんだろうな……そう思うと改めてすごい ¥6000』

『ひかるんとカズの関係性が深まったみたいでめちゃくちゃ良かった ¥50000』

『死ななくてほんと良かった ¥2000』

『カズもひかるちゃんもよく頑張った ¥5555』

『祝!!! ¥8000』

『カズの小遣いのために! ¥5610』

『今回は見応えある配信だった ¥3150』

『これからのダンジョン配信も楽しみにしてる ¥77777』


「え、ちょっと待ってこれ……!?」


 スマホ画面を覗き込んだ光留が蒼い顔で呟く。しかし俺はそれに答えられなかった。

 ――だってここまで大量で高額のスパチャをもらえるなんて想定外もいいところだったから。


『ひかるちゃんの声可愛くて好き ¥2525』

『今日君が俺の推しになった ¥9999』

『驚いた顔も最高だね♪ ¥7000』

『これからももっと活躍してほしい ¥5050』

『お母さんの病気が早く治るといいな ¥20000』

『いいか! これはカズじゃなくひかるたんへのスパチャだからな! ¥4000』

『カズと二人でちゃんとゲームやってくれよ!! ¥10000』


 使用上、送られてきたスパチャの半額弱が俺の手元には届かない。

 それでももうとっくに十万円は超えていた。


「すごい、こんなにも! あ、ありがとうございますっ!」


『次は無理するなよ! ¥5000』

『ひかるちゃんを危険に晒したら承知しないからな ¥8000』

『ピンチになったのはカズのせいなんだから反省しろよw w ¥1147』

『なんだかんだ言いつつカズのことも応援してる ¥60000』

『ひかるんを頼んだぞ ¥46497』


 スパチャの一つ一つを見て、胸からあたたかいものが湧き上がるのを感じた。

 俺が小遣い稼ぎ目的でこの配信を始めたのを聞かれてしまったのに、それでも応援してくれているのだ。


 スパチャは全く止まる気配がない。それどころかどんどん増えて額が積み上がっていく。

 結局、配信を終了させるまでの間ずっと届き続けたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――ダンジョンを出て、ようやっと戻ってきた頃には翌日になってた。

 飛行機で休んだといえど俺も光留もへとへとだ。本当は今すぐにでも家で横になってしまいたいが、そういうわけにはいかない。


「ゲーム、買いに行こっか」


「ああ」


 配信で貯めた小遣いはあらかじめ引き落としておいたので、今すぐにでも使えるようになっている。善は急げだ。


 光留と向かったのは近所の電気屋。

 その店頭にデカデカと並べられている話題のアクションゲームこそが、俺が今までダンジョンの中に潜ってきた理由である。


「あった!!」


 小躍りしてしまいたいくらいに浮かれてしまう。

 ようやく念願が叶えられるのだ、これほど嬉しいことはない。


「それがゲームなんだ……。つかぬことを訊くんだけど、ゲームってそんなに高値なのが普通なの? それだけで何食分にもなるのに」


 信じられないとでも言いたげに目を見張りながら光留が言葉を漏らす。

 極貧生活が当たり前だと、そういう感覚なのか。


 もっとも、俺の価値観でも安価とは言えないわけだが。


「その分期待は裏切らないと思う。何せ話題沸騰中の人気作だからな」


 これでクソゲーだったらさすがに泣けるな……。

 そんな風に思いながら俺はゲームを購入し、家に光留を連れ帰る。


 好都合なことに母が不在だったので、リビングのテレビにゲーム機とディスクをセット。

 ジジジという機械音と共にテレビ画面が点灯した。


 まもなく始まったゲームは想像以上に楽しいものだった。

 冒険者としての経験のおかげか、初心者とは思えない上手さの光留との勝負は張り合いがあるのも大きな一因。しかし最も大きいのはゲームの内容ではなく、光留が喜んでくれているということだ。


 コントローラーを握る彼女の瞳も笑顔も輝いて見えた。


 ――ああ、可愛い。可愛いが過ぎるだろ。


 ダンジョンの地底でのたれ死んでいたら見られなかっただろう光留の横顔を、そして得られなかっただろう幸せを噛み締める。

 それまでの疲れなどもはやどうでも良くなって、いつまでも彼女と二人でこうしていたいとさえ思った。


 冬休みが最終日であり、明日以降は会える頻度が減るかも知れないという事実に目を背けながら。

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