第十八話 栗瀬光留が潜る理由
「ん……?」
目を開けた瞬間、見えたのは暗黒の中でぽわんと青白く周囲を照らすスマホ画面。
そして次に美少女の横顔を目にして、俺はハッと飛び起きた。
ここはどこだ。
起き上がったと同時に肌を刺すような冷気を全身で感じ、それでようやく思い出す。
――ダンジョンの中にて、モンスターによって断崖絶壁に突き落とされたのだった。
ということはつまり、今はダンジョンの地下……?
「光留っ、今はどうなってる? というか時間は!?」
「加寿貴さんが起きてきてくれたみたいです。おはよう……でいいのかな。配信代わってもらっていい?」
何かと思えば配信の続きをしていたらしい。
スマホを覗くとそこにあるのは見慣れた配信画面とコメント、毎秒ごとに増えていく制限時間のカウントだった。
一時間十五分。
幸いなことに長く気絶していたわけではないのは確認できる。しかしそれ以外何も分からなかった。
「カズです! 現状把握ができていないので簡潔に教えてくれませんか?」
『カズ生きてた』
『ヒカルちゃんがいくら揺すっても起きないから死んだかと思ったぞw w』
『万能薬見つけた→モンスターに不意打ちされた→奈落の底に落ちた→カズ気絶→ひかるんが代わりに配信→カズ起きる(イマココ)』
『配信主が気絶する最高な配信事故をありがとう』
『ふかふかな雪がいっぱい降り積もってなかったら落下死してたってひかるたんが言ってたよ』
『カウントダウンが残り四十分に近づいてる』
なるほど。足や腰がとんでもなく痛むのだが、その程度で済んでいるのは奇跡のようだ。
もし死んでいたら光留も巻き添えになっていただろうからそれは良かった。良かった、のだが。
「なるべく早く、いや、今すぐにでも抜け出さないとやばいな……」
焦りと油断がこの結果を招いたことはよくわかっている。
それでもまだカウントダウンは続いてしまっているし、それより何よりここは危険だ。
とにかく寒い。寒過ぎる。
じわりじわりと体温が奪われ、手足がかじかみ始めている。今までとは比べ物にならない冷気はやがて俺たちの命の灯火を消してしまうだろうと思えた。
「光留、出口を探そう」
「…………うん」
頷く光留だったが、声に元気がなかった。
その理由はまもなくわかってしまうことになる。
立ち上がってすぐに触れた壁を頼りに、文字通り一寸先も見えぬ闇の中を歩き続けた末に得た結論が、あまりに絶望的なものだったから。
どこまで行っても同じ光景。
最悪なことに落下途中に落としてしまったのか、懐中電灯が手元にないのがさらに最悪だった。スマホのライトだけでは照らせる範囲はどうしても限られていて何も見つけられない。
もしかして出口がないのではないか。口にこそしかなかったものの、俺も光留も同じ考えをしていたと思う。
この時点で救いようがないが、それだけならまだしも良かった。
刻々と迫り来る制限時間がそして三十分になろうとした、その時。
不意に俺は異物につまずいて転んだ。
それがもしも出口への糸口であればどれほど良かったか。
しかし、実際に転がっていたのは――――――――――――――。
ダウンジャケットらしきものを着た人間、否、人間だったもの。
カメラに映す余裕なんてなかった。
今見たものを認めたくなくて、無我夢中で立ち上がって走り出すとまた転ぶ。そこにも死体。
死体、死体、死体だらけ。点在するようにあるそれらはこの場所で命を落とした者がどれほどいたかを物語っていた。
「やっぱり」
俺に追いついた光留も死体を見下ろして、小さく笑いながら言った。
「難攻不落のAランクダンジョン。こんなに簡単なはずじゃないってずっと思ってたけど、まさか冒険者たちの墓場になっていたなんてね」
そうか、そう言えばそんな風なことを言ってたっけ。
光留は俺とは違って最初からこのダンジョンの危険性を正しく理解していたのだ。
「あーあ、これでおしまいかぁ……。ごめんね加寿貴さん。私がこんなところを選んだせいで」
「光留のせいじゃない。全部俺が」
「いや、私だよ。加寿貴さんはドキドキワクワクする冒険を求めてるって配信で言ってたよね。配信を見てくれる人たちもそう。でも私の理由は違う。楽しい配信にするためだけなら別の場所だってあったのに」
苦笑するようだったはずの声音はいつの間にか涙声に変わっていた。
まるで己の不甲斐なさを強く強く悔いるように。
「こんなところで死んでなんかいられないの。もっともっとダンジョン攻略していかなくちゃ。あれだけじゃダメだ。冒険者になった意味がないっ」
『ひかるちゃん?』
『カズもひかるんも何があったのか説明しろ』
『待って待って待って死亡フラグ立てるのやめて!?』
『カズが泣かせたw』
『草生やすな。笑い事じゃなさそうだぞ』
『どうした』
「加寿貴さんには知られたくないと思ってたんだけど、どうせもう出られないだろうし、話してみてもいいかな? ――私が冒険者になったワケ。それとダンジョンに潜る理由を」
そうして光留は静かに語り始める。
初めて見る彼女の涙に呆然とする俺は、しばらくそれを聞いていることしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三年前、ダンジョンが現れた。
それを踏破すべくできた職業である冒険者となる者は、様々な想いでダンジョンに潜ったことだろう。
例えばとある有名な冒険者兼配信者は、『休日の暇な時間に体を動かすついで』でダンジョン踏破を続けるうちに最強になったらしいし。
ダンジョンの最奥に眠るお宝というロマンに惹かれたり、強敵を倒してみたいという気持ちでダンジョン入りしたなんていう話も聞いたことがある。
そんな中で、光留が目当てにしたのは大金だった。
極貧の母子家庭で育っていた光留。
十三歳の時に母親が病に倒れたのをきっかけに、どうしても入院費、そして手術のための費用を稼がなければならなくなったという。
「手段はどうでも良かった。ちゃんとしたバイトならそれが良かったけど、当時は中学生だったから色々選べなくて。ダンジョン踏破したら手に入るっていうからやってみることにしたんだ」
けれど得られるのはどれも端金。
Eランク、Dランク、Cランク、Bランク……。どれだけ集めても、まだ足りない。
Aランク、それも難攻不落と有名な場所であればあるいは、と密かに期待していた。
「だから加寿貴さんが『物凄いダンジョン』って言った時、実力に見合わないとわかっていても提案せずにはいられなかったの。
加寿貴さんとコンビを組んだのは恩返しのためで、お金のためじゃないつもりだった。けど、結局は私にとって一番大事なのはお金だったみたい。だから本当に、ごめんなさい」
これを果たして配信で流すべき内容なのかどうかはわからない。
ずっしりと重たく響く光留の言葉。それは彼女が死を覚悟していることが窺えた。
確かに状況的には助かる見込みは全くないと言える。
通報したところでここはダンジョン内。救助は来ないだろうし、かと言ってこの寒さを何時間も凌げるとはとても思えないからだ。
でも、俺は彼女の言葉を否定しなければならなかった。驚きに固まっていた口をやっとの思いで動かす。
「別に謝るようなことじゃないだろ。それに、最期の言葉みたいに言うな」
「最期の言葉じゃないけど……謝って許されることじゃないとしても謝りたいの」
そう言われたところで謝罪をもらっても困る。
彼女の罪悪感が晴れるなら受けてもいいのかも知れないけれど、俺にだけはそんな資格はないから。
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