第十七話 冬休み最後は危険満載なAランクダンジョンを②
降り積もった雪に一面覆い尽くされた山中。
その片隅にて、ぽっかりと大口を開けるダンジョンの前で俺は白い息を漏らしていた。
体の芯からガタガタと震えそうだ。光留の言う通り、残念ながらこの場所でのスキーはできそうになかった。
だってここは、登山だけでも困難であり毎年のように遭難者を出している場所だったのだから。
「皆さんこんにちは、カズです……ぐしゅっ」
小さくくしゃみを漏らすと、隣の光留に心配そうな目を向けられた。
『新年三回目の配信キター!』
『待ってた』
『最近めちゃくちゃに配信しまくってくれてありがたい』
『開幕早々くしゃみでワロタw w』
『なんかカズ風邪ひいてる?』
『背景白っぽいけどもしかして……』
『雪じゃん!!』
「失礼しました。そう、ここは雪山。気温はなんと氷点下です」
寒い。
めちゃくちゃに寒い。
とはいえ、登山用の装備のおかげでそれなりに防寒できているから凍死することはおそらくないだろう。
このままダンジョン入りして戦うことになる。動きは鈍るのは不安ではあるが、仕方ない。
「では早速。雪山の中に眠りしAランクダンジョンに潜っていきますー!」
『なんかかっこいい』
『雪山ってことはもしズタボロになって帰ってきても助けが来ないってことだよね。怖っ』
『ちょっと待て今Aランクって聞こえたんだけど』
『ついにAランクダンジョンか!!』
『一回目の配信から見てる俺、カズの凄まじい成長ぶりに驚愕を隠せない』
『雪山でしかもAランクだぞ。やばくね?』
『ひかるたんなら楽勝!』
『ヒカルちゃんには余裕っしょ』
『中級冒険者と配信者でAに挑もうってマジか』
『カズが足引っ張りそうw』
始まって早々、やいのやいのと騒ぎ出すコメント欄。
それを見ながら俺は言葉を続けた。
「さらに今日は特別企画として、時間制限を設けたいと思います」
テレビゲームにおいてRTAというのがある。
それと同じように――と言っても競い合うわけではなく、時間制限を決めるという形で――ダンジョン踏破を目指すという配信をしてみてはどうかと思いついたのだ。
これなら盛り上がるし、きっと楽しい。しかもAランクダンジョンだ。それで再生回数をぐんと伸ばそうというのが俺の計画だった。
事前に光留には反対されたが、冬休み最後なのだからと懇願してどうにか聞き入れてもらえた。
制限時間は二時間、それ以内に踏破できなければゲームオーバとなるが、クリアした場合は
「――今回は今までと違って安全とは限らないから、細心の注意を払ってね」
「わかってる」
光留に言われても、すっかり期待に胸を躍らせてしまっていた俺は、まるでわかっていないくせに軽く頷くだけだった。
「ではダンジョン踏破スタートです!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンの中も、天井から壁、床を覆い尽くす勢いの一面の雪。
腹這いになってようやく通れるほどの細い道を抜けたあとは広い空間に出る。日光は差していないはずなのだが雪が光を反射しているおかげで薄明るかった。
そしてそんな中にぼんやりと見える影が複数。
モンスターである。
見るからに凶暴で厄介そうだ。
近くに寄るだけで凍てつくような冷気を放ってくる小人型のモンスター。狼に似たもの、禍々しい角を生やした鹿型のモンスターまでいる。
本当は慎重に戦うべき……だが、モンスターなどにいちいち時間はかけていられない。
カウントはもう始まっている。ダンジョンの最奥に辿り着き、ボス戦までするのを考えればできるだけ時間を取られたくはなかった。
とはいえ、モンスターたちはAランクとだけあって俺が簡単に手を出せないほどの強敵揃い。
バットを三回振って一回当たればいい方で、光留の背中に庇われているような状態のままに奥へ奥へと進んでいく。
『すご』
『スタートから五分経過』
『たった五分で結構進んでない?』
『ひかるちゃん無理してないといいけど……』
そのコメントが書き込まれた時、光留は肩で大きく息をしていた。
「はぁっ、はぁっ! 加寿貴さん、大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、光留は……」
「Aランクダンジョンだからね。でも心配しないで。まだこれくらい序の口だから。――本当はこの程度じゃないはずなの」
この程度じゃないはずとは、どういうことだろう。
光留が自分の能力を低く見積もっていて、簡単に先に進めてしまうのを理由に違和感を持っているだけだろうか。それとももっと何か理由があるのか?
訊き返そうかと悩んだが――その時ちょうど、異質なものが目の前に現れたので俺は慌ててカメラを向ける。
「おぉっ、これは……!!」
薄い氷でできた道、それに沿って敷かれたレールの上に置かれていたそれは、錆びついたトロッコらしきものだった。
橋の左右は氷の剣山のようになっているので進めない。つまりトロッコに乗るしかないわけだ。
おそらくこれは何らかの仕掛けだろう。
薄明るいとはいえ遠くまでは見えないのでトロッコの行き先は不明だから、どういう仕掛けかは予想もつかないが……。
『トロッコじゃん』
『なんかオンボロで古臭く見えるなw w』
『こういう人工物っぽいのを見るといつも思うけどダンジョンってどうやってできてるんだろうな』
『七分経過』
『乗れ乗れー!!』
近くに寄ってよく見てみるとトロッコの前方にレバーらしきものがあった。これで操縦するのか。
光留にはこういう乗り物を操作した経験が一切なく、自転車にすら乗れないらしいので俺が前方に乗り、レバーを押し倒して発進させる。
――だが。
ギギギギィィィィィィィ!!
耳をつんざくような軋む音が上がると同時、一気に暴力的なまでの速さになった。
慌ててレバーを押し戻すも、まるで言うことを聞かずに加速するばかり。もはや絶叫マシンと変わらぬ凶器に変貌したトロッコが一本道を爆走し始めた。
トロッコに乗っていた時間は三分にも満たない。
しかしその間に前方から次々に飛翔するモンスター、例えばワシを何倍も凶悪にしたような奴らにぶつかられそうになり、ギリギリで叩き落とさなければならなかったおかげでスリル満点だった。
光留はといえば身を震わせながらもグッと耐えているらしかったが、やっとトロッコを降りた時は膝から崩れ落ちていた。
『十三分経過』
『今のヤバない?』
『ヒヤヒヤして見てられなかった』
『さすがAランク』
『俺だったら絶対ゲロ吐く』
『ひかるたん震えててかわいい』
『ジェットコースター苦手だったりする?』
コメント欄にきた質問を俺が読み上げていると、彼女は首を横に振った。
「道の途中に岩でも置かれてるんじゃないかと身構えてたの。でもそうじゃなかったみたいで良かったなと思ってるよ」
確かに岩と激突でもしたら一巻の終わりに違いない。想像するだけでゾッとする。
とりあえずは命拾いした。
ホッと胸を撫で下ろす俺だが、まだまだ危険地帯は続いていたようで。
崩れていく薄氷の上を走ったり、上から降り注ぐ鋭利な氷柱を回避しながら進まなければならなかったり、何度もひやっとする展開ばかりが続いた。
なるほど、今までのダンジョンとは難易度が違うと納得するし、光留が身構えていた理由もわかる。でもこの調子なら制限時間以内に踏破できそうだ。
「そろそろダンジョンの最奥でもおかしくないですね。まだたったの一時間! これは余裕なのでは!?」
『こいつ調子に乗ってやがる』
『二時間はちょっと長過ぎだと思ってたけど案の定で草』
『疑問なんだけど、モンスターが弱い気がするのは俺だけか? MOEとかのつよつよ配信者ならサクッとやれるとしてもヒカルちゃんはあくまで中級冒険者だろ』
『Aでこれは肩透かし感』
『ボスがめっちゃ強いかもだぞ』
『油断するなよw』
再び現れた雪のトンネルを潜り抜け、奥へ。
そして現れたのは――――。
見渡す限りの断崖絶壁、そして雪と氷しかないこの場所には似合わない黄金の草の群れであった。
T字路のような形になっていて、右と左に行き道が続いている。けれどもそんなことがどうでも良く思えるくらい強烈な存在感を放っていた。
光留が強制強化キノコを食べて倒れたあの時、最初のダンジョンで探し回った薬草と同じ形をしたその草の名を俺は知っている。
「万能薬草!! 万能薬草じゃないか、これ!」
万能薬草とは、聞いてわかる通り擦り傷や毒のみならず、四肢の大きな欠損までも癒してしまうという高性能な薬草。その存在は非常にレア中のレアで、テンションが上がってしまう。
だがそれにしたって、次の瞬間に取った行動は完全なる油断でしかなかった。
光留の忠告をよくよく聞いていれば、もしくはコメント欄の声を真面目に受け止めていれば防げたかも知れない。光留を先に行かせることもなく、カメラ片手に勝手に走り出した俺のなんと浅はかなことか。
パッと周囲に視線を走らせた限りではモンスターの影も形も見えなかったというのも油断した原因であったのだろう。
崖っぷちにかがみ込んで、黄金の草を手にしようとする。
だがその直前……背後に嫌な気配を感じた。
「…………っ!!」
振り返った俺は、慌てて駆け寄ってくる光留を見た。そして――間近に迫るおぞましいケダモノの顔も。
どこに潜伏してたのだろうか。熊のような顔つきをしたモンスターだというのだけはわかった。
凶悪な牙を持つそれらに取り囲まれるまでにかかった時間はほんの一瞬。何が何だかわからないうちにモンスターのうちの一匹に大きく突き飛ばされる。
気づいた時にはもう遅い。
視界の端に飛ぶ血飛沫は俺自身のものか、はたまた、光留に斬られた熊のものであったのか。それを横目に宙へと投げ出され、下へ下へと落下を始めていた。
急激に浮遊感に襲われた俺はもうパニックだ。
助けを求めるように光留の腕を引っ掴む。
光留ならなんとかしてくれると思っていたからきっとその行動を取ったのだろう。そんなことをしても自分が助かるわけがないことも、彼女が巻き添えになることも考える余裕なんてなかったのだ。
――せっかく特別な配信にしたかったのに、これじゃあ配信事故だな。
考えられたのはせいぜい配信の心配くらいなものだった。
落ちる、落ちる、どこまでも。
それまでの薄明るさとは真反対に暗く底の見えない闇の中へと。
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