第十三話 海中ダンジョン踏破
『お、なんか始まったぞ』
『いい飛び込みっぷりじゃん』
『カズも潜るのか』
『遊んでただけかと思ってた』
『泳ぎうまくね? 今時の高校生ってこんなに泳げるもんなの?』
『ひかるちゃん運動神経良すぎて草』
『最初から海のダンジョンだってわかってたならちゃんと水中カメラ用意しとけよーw』
『二人とも姿が見えなくなった……』
『あんな格好で水に潜って低体温症で死なないのか不安になるな』これどっちかが凍死したら誰も助けてくれないだろ』
『ダンジョンだし今更』
『それにしてもまったりした配信だな…って言おうとしたらなんか海から音が』
『あ!!!!!』
『いよいよ』
『仕掛け発動したな』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
潜って探すこと五分。
深い海を漂い、壁伝いに手をついて探し回っていると、海水より一層冷たい何かに手が触れた。
それは、綺麗な海には相応しくない錆びた鉄扉だった。
試しに押し引きしてみるがびくともせず、先に俺が溺れてしまいそうになってやめる。ガッチリと閉ざされた扉のすぐ横に鍵穴が口を開け、差し込んでくださいとばかりにその存在を主張していた。
しかし鍵がどこにも見当たらない。海から顔を上げて一息吐きながら、今からそれを探さなければならないのか……。
そう考えていた時、俺のすぐ背後で水が動く気配がした。
振り返ると、ぼんやりと周囲を照らす何かを手にした光留がいた。
しばらく目を凝らして――俺は「あ」と声を漏らす。
「それ……」
「真珠の鍵。鍵があれば当然鍵穴があるとは思ってたけど、加寿貴さんの方も見つけてくれてたんだ。この勝負はおあいこってことだね」
残念ながら、そうらしい。
だがまあいい。遊びはここまでだ。
「さて、早速扉の向こうに行ってみるとしますか」
持ち手にいくつもの真珠が飾られ、先端部分は扉と同じ錆びた鉄で作られている小さな鍵。
それをそっと扉に差し込めば、かちりと音がして扉が開いた。
しかしおかしい。扉の中に見えたのは新しい道ではなく、鉄柵のような……?
と、その直後だった。
ゴゴゴ、ゴゴ、ゴゴゴゴゴ……!!
「――っ」
水が鉄扉の向こうへと呑まれていっているのだと気づくまでにしばらく時間が必要だった。それほどに目の前で起きた異変が凄まじいものだったから。
鉄柵がなければきっと吸い込まれて溺死していただろう。叩きつけられた程度で済んだのは幸いだったかも知れない。
中に入るための扉ではなく、海水を引かせるための仕掛けだったらしい。このダンジョンの外、ちょうど真上に広がっているであろう海から大量の水が流れ込み始めていた。
「落ち着くまで、一旦岸に上がっておいた方が良さそうかな」
「そうだな。配信も盛り上がってるかも知れないし」
「でも下手に泳いだら流されちゃいそうだよね。……あ、そうだ。加寿貴さん、良かったらなんだけど、手を握っててくれない?」
そんな言葉と共に、俺に向かって伸ばされる掌。
握手したこともあるし、何よりこれは必要なことなのだ。だから動揺も緊張もなく頷くことができた。
「ああ、わかった」
「ありがとう」
ぎゅっと手を繋ぎ、二人で岸まで泳ぎ始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えー、戻って参りました、カズです。ちょっと遊び過ぎた気がしますが仕掛けはきちんと解きました!」
『おかえりー』
『ひかるたんもカズも泳ぎ良かった』
『海中ダンジョン迫力あるな〜』
『そんなことよりイチャイチャし過ぎだぞカズ』
『これでただのコンビとかマ?』
「正真正銘コンビなだけです。別にイチャイチャもしてませんから」
再生回数とコメント数を見ると、意外なことにまた増えていた。
これでまた俺の小遣いが増えてくれそうで何よりだ。
「えーそれでは、最奥へと進みたいと思います」
「私と加寿貴さんが格好良く倒してみせるのでお楽しみに!!」
「主に光留が、だと思いますけどねー」
俺と光留の背景に見えていた濁流は徐々に収まり、懐中電灯で照らすと遠くにも地面が見えるようになっている。これなら先に行けそうだ。
海が干上がってしまえばなんら障害はない。俺は水着から元の服に着替え直し、光留はそのままのビキニアーマーで進む。
そして呆気なく辿り着いた最奥、そこで待っていたのは――。
「タコ、か?」
「体は青いし、普通じゃ見かけないくらいに特大だけどね」
ドーム型になった岩の隙間にすっぽりと身を収める、八本の脚を持ったタコ似のモンスターだった。
『ボスキタ――(゜∀゜)――!!』
『タコか。珍しいな』
『まさかまたレア級モンスターだったり?』
『ナイナイ』
『数は少ないけど他の海中ダンジョンでも発見されてるからレア級ではないはず』
『ヒカルちゃんもカズも頑張れー!!!』
俺はバットを、光留は腰の剣を構える。
それからは一瞬の出来事だった。
全速力で走り出し、剣先を巧みに使ってモンスターの脚の上へよじ登る光留。
俺がめちゃくちゃにバッドを振り回し、手当たり次第に殴りつけている傍、モンスターの脚を順番に斬り飛ばしていった。
絶叫が響き、モンスターがじたばたと大暴れして墨を吐き出す。
墨をひっ被せられて怯んでしまう光留の代わり、前に出るのは俺だ。
バッドじゃぬるぬるのタコには効かない。だが、これなら。
「喰らえ――!」
出せる限りの全力で投げつけた懐中電灯の光が煌めき、タコの目に焼き付く。
目眩しを思いついたのは咄嗟のことで、我ながらなかなかすごいと思う。
その間に光留は復活。墨まみれのまま、タコ型モンスターの両目の間に剣を向け、躊躇いなく突き刺した。
――それが、このダンジョンのボスの最期。
全身から色が抜け落ちたかのように真っ白に染まったモンスターが力無く地面に崩れ落ちたのである。
奥からはダンジョン踏破の証である宝物の光が漏れ出していた。
『ダンジョン踏破おめ!』
『瞬殺だった』
『さすが中級冒険者』
『え、めっちゃ強ない??』
『ひかるちゃんスゲー!』
祝福されながら、お宝を手にした光留は「加寿貴さんのおかげです」と嬉しそうに微笑んだ。
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