第四話 人生初ダンジョンと、超レア級モンスターとのエンカウント②

 ぶにょ、とゾッとするほど冷たい感触にぶち当たる。

 ナイフをぐりぐりと押し込んでもまるで攻撃できた気がしない。


 さすが超レア級モンスターだ。俺な敵ではないのだろう。

 上級の冒険者ですら歯が立たないというのだから当然だった。


 俺に向かって何本も伸びてくるスライムの触手。それをどうにか掻い潜り、俺は少女の元を目指す。


「だ、れか……」


 可愛い声が聞こえた。

 こんな状況でもそう思ってしまうくらい、綺麗な声だった。


「――俺の手を掴んで!」


 少女の顔が俺を振り向く。

 今にもスライムに覆い尽くされようとしているその顔を見て、俺は一瞬固まった。


 ぱっちりした目に長いまつ毛。形のいいまゆ桜色の唇。

 モデルやアイドルと言われても疑わないほどの、とんでもない美少女がそこにいたのである。


「あっ……」


 冷え切った白い指先が触れてきて、やっと我に返った。

 体温を奪われているのだろう。このままではまずそうだ。


 早くしなければ。


 少女を引っ張り出そうとするが、スライム触手の拘束が激しくて剥がれない。スライムに呑み込まれそうになっていたナイフをなんとか引き抜き、触手を薙ぎ払う。


 それからは夢中だった。

 少女の手を引き、ナイフを振るいを繰り返し――やがて。


「抜、けた……!」


 それはほんの一瞬。

 右手の拘束が解けた少女が、胸のあたりを素早くまさぐり、取り出したものを口に放り入れた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『なんだこれw』

『今北。スライム出たってマジ?』

『カズがんばれ!』

『初心者配信チャンネルなのにスライム出現ってどゆこと?』

『超レア級モンスターじゃねえか((((;゜Д゜))))ガクガク』

『ナイフ一本で戦ってるぞあいつ』

『弾丸も通らないスライムに勝てるわけないじゃん』

『ここまでやると嘘くさくて草』

『詳しい知り合いに聞いたらマジモンのスライムっぽいって。大丈夫かこれ?』

『これ配信者が死んだらホラーだな』

『女の子引っ張ってる!!』

『配信者が女の子を引っ張ってるぞ!』

『 (*ノ´□`)ノガンバレェェェェ』

『釣り動画だろこれ』

『女の子がなんか食べた!』

『もしかしてあれは強制強化キノコでは??』

『何それkwsk』

『毒じゃねえかw w』

『強制強化キノコ!?!?!?』

『暗いからはっきり見えないけど多分強制強化キノコだと思う』

『盛 り あ が っ て ま い り ま し た』

『めっちゃ美少女なんだが』

『あんな子を捕まえられるなんてスライムが羨ましくなってきた』

『いけいけー!!!』



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ぶちぶちと音を立ててスライムが引き剥がされ、少女が立ち上がる。

 次の瞬間にはスライムが襲い来るが、驚くべきことに少女はその全てを跳ね除け、腰から抜き放った剣で断ち切った。


「本当は使いたい手じゃなかったけど、命懸けで助けてくれた人がいたんだもの。絶対に……倒してみせるッ!』


 一体、何が起こった?

 握っていた少女の手はもう俺の手の中にはなく、スライムに向かって果敢に挑んでいるという事実をまざまざと見せつけられ、脳が追いつかなかった。


 上級者、いや、SSランクダンジョンに潜れる超上級者のような剣捌き。

 先ほどまでスライムに囚われていたのと同一人物には見えない腕前で、少女がスライムを仕留めるまでにはさほど時間を要しなかったように感じる。

 気づけばスライムは粉々に切り分けられ、塵となって消滅していた。


 ダンジョンの最奥から光が溢れ出す。


 光を放つのは踏破の証である、宝箱に入った金銀財宝の数々。

 地上から差していた日光とは違って黄金に輝きを放つそれに照らされた少女の後ろ姿は、まるで女神かのように美しかった。


 ダンジョン踏破を生で見られた感動や、今もカメラが回り続けている配信のことがどうでも良くなるくらいには。

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