第五話 自己紹介と慌ただしい配信終了
「助けていただいて本当にありがとうございました。スライムから抜け出せなかったら私、あのまま終わりだったから、ほんとのほんとに感謝してます」
ダンジョン踏破者となった少女が、俺の方にやって来て深々と頭を下げていた。
ボブカットにされた黒髪がさらりと垂れる。そんな動作さえ可愛い。
こんな美少女、リアルで見るのは初めてだ。
スライムに溶かされたせいで服がところどころ破れているので、あまり目を向けられないのが残念だが。
ちなみに彼女のパーカーのポケットには、宝箱から抜き出した金銀財宝がたっぷり詰まった袋が入れられていた。それがあればゲームなんて好きなだけ買えるだろうが、踏破者ではない俺が羨んでも仕方ないので諦めよう。
「ええと……俺はただ、当然のことをしたまでで」
「私、
栗瀬光留と名乗ったその少女の笑顔があまりに純粋で、心を掴まれる。
俺はどうにか平静を装って答えた。
「加寿貴。三井倉加寿貴」
「加寿貴さんですか。失礼ですけど聞いたことない名前ですね。もしかして新人の冒険者とか?」
「あ、いや、俺はなりたてほやほやの配信者で――」
そこまで口にしてふと、たった今まで失念していたことを思い出した。
そうだ、俺はここへダンジョン配信をしに来たのだ。そしてまだカメラを止めていない。
――やばい。初配信なのにしくじった。
俺は壁際に駆け寄り、スマホの存在を確認する。幸いなことにスライムとの戦いの中で溶かされたりはせず、きちんと原型を留めていた。
しかし安堵してはいられない。
すぐに再生回数に目をやり、呟く。
「三千って、マジか……」
バズったと言えるほどの数字ではない。
それでも多くの視聴者がいるのは確かなことで、信じられないほど多くのコメントがあった。
「えー、カズです。配信放ったらかしにしてすみませんでした。今コメ確認しますね」
『戻ってきた!!』
『すごかったぞさっきの奮闘ぶり』
『スライム倒してダンジョン踏破とか前人未到過ぎるだろw w』
『怪我は!?』
『美少女に頭下げられるなんてずるい俺に代われ』
『何あの子かわいいじゃん』
『ひかるちゃん?っていう子聞いたことないけど無名とは思えない快挙』
『実名出していいのか?』
『聞き取りづらかったけど確かに聞こえたよね本名』
『最初の動画で早速本名バレしてて草生える』
『配信主、無事そうでよかったー』
『釣りでも面白かったからヨシ』
『実況動画なのに全然実況できてなかったなw w w』
『ふらっと立ち寄っただけの配信ですさまじいもの見せられて脳が受け入れられない』
『可愛い女の子助けるなんてヒーローかよ』
『すげぇ』
『結局スライム本物だったの?』
五秒ごとくらいに増えていくコメントにまるで追いつきそうにない。
仕方ないので過去まで遡るのを諦めて答えていく。
「スライムは本物みたいでした。最高に強かったです。それから本名ですがさっきのは聞かないことにしてもらえますかね? あとは……」
必死に話していると、背後で気配がした。
光留が画面を覗き込んできたのだ。
「へー、配信動画ってこんな感じなんだ。面白いですね!」
「……っ!?」
美少女の顔が至近距離にあり過ぎて飛び退く。
その時に手の中でスマホが滑り、光留が映った。
『可愛い』
『天使か?』
『マジで可愛過ぎじゃね』
『!!!!!』
『脳壊れる』
『これは推す』
『激かわでヤバ』
『何このアングルあざとい』
『てか皆忘れてるけどキノコ!!』
『そうだキノコ大丈夫!?!?!?』
慌てて画面を逸らした。
コメント欄を見てみれば一気に『可愛い』の言葉で埋め尽くされている。わかる。確かに彼女はとんでもない美少女だから。
でも……。
「キノコってなんだ? まさかさっきの」
口に放り入れたあれではないか。
そう考えたと同時――背中に光留が崩れ落ちるようにしてもたれかかってきた。
そして彼女の唇から真っ赤な何かが溢れ出し、俺の服を染め上げる。
あまりに突然で状況が理解できなかった。
「あはは。ダンジョン出るまでくらいはどうにか持つかなぁって思ったけど、ダメでした。多分死にはしないので大丈夫です。ただちょっと意識保てな……」
そのまま彼女は、動かなくなる。
しんと静まり返るダンジョン。その中で取り残される俺。
何が、どういう??
『大丈夫か!?』
『カズ知らないのか強制強化キノコ』
『死ぬな美少女、死ぬなー!!!』
『やばいよ病院早く病院!』
『俺もどういうことかわからん。食べたあれが原因?』
『強制強化キノコとは、一部のダンジョン内に生えるキノコの一種。金色に赤いまだら模様が特徴。食すと一定の間人体を通常の数倍まで強化できるが、反動で猛毒に冒されることになる毒キノコである。(ネット記事より引用)』
『何それ怖い』
『配信はもういいから早くダンジョン出ろ!!』
最後のコメントを見てハッとなった。
そうだ、ここでぼぅっとしている場合ではない。
助けるなら最後まで助けなくては意味がないだろう。
意識を失ってしまっているらしい光留を背負う。
女の子なのに冒険者とだけあって重い。ドキドキする余裕すらない中で、手にしたスマホに笑顔を向けた。
「ちょっと異常事態なのでここで一旦配信終わります! 次の配信は未定です! 以上、カズでしたー!!」
――そうして。
成功したのか失敗したのかよくわからないまま、慌ただしい初配信は幕を閉じたのだった。
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