第三話 人生初ダンジョンと、超レア級モンスターとのエンカウント①
結論から言おう。
蛇を相手した俺は、暗闇の中で少しも手出しできないままに逃げ出した。
動画が回っている手前、ワクワクドキドキな冒険を求めていると言ったがこれはあくまで小遣い稼ぎ。頭だけではなく全身を土から出した蛇は案外大きくて、怖気付いたのだ。
それに俺が所持している武器はナイフ一本のみ。
ダンジョンの中では武器の所持が認められ、思う存分に振るえるとはいえ、それをいきなり動物……正確にはモンスターだが、いずれにせよ生物相手に突き立てるのはなかなかの勇気が必要だと気づいてしまった。
「はぁっ、はぁっ……あいつ、ちょっとデカ過ぎましたね。仕方ないので撤退しました」
へらへらと笑って誤魔化す。
大丈夫。再生数は伸びている。モンスターの出現のおかげか、あるいは配信タイトルに未踏破ダンジョンと銘打ったおかげなのか、初配信とは思えないくらい好調だ。
早速コメントが一つついていた。
『なんだこの新人配信者、ビビり散らかし過ぎっしょw w』
「おっ、初コメント来た! ありがとうございまーす。別にビビってなんかいませんよー? ただ初エンカウントで大物だったもんで圧巻されちゃって」
そう言いつつも分かれ道まで引き返してきた俺は、左の目の端に映った別のモンスターを避けて中央を選ぶ。
すぐに広い場所に出た。
元は側溝だったのだろうか。天井にグレーチングがあり、そこから光が差し込んでいる。
眩い光に目を細めずにいられない。
「明るいですねー。どうやらモンスターはいないみたいです。次への道らしきものは……奥の壁面に開けっぱなしの扉が見えますね。そして隅の方になんか怪しげな石の置物があります」
広場の中央にどんと置かれた巨大な石。それは明らかに異質なものだ。
ダンジョンというのがどういう原理でこの世界に現れたかは不明だが、それらがダンジョンと呼ばれる所以はただの洞穴ではなく何らかのカラクリがあることが多いからだ。
まるでゲームのように。
石は魔法陣の上に置かれていた。
試しに石を少しずらしてみると、ゴゴゴと音を立てて扉が閉まる。元の位置に戻せば再び開いた。
「おっ、これは……!!」
謎解き済み。
ダンジョンは仕掛けを解いた者がダンジョンを抜けると元通りの状態になる仕組みなので、今現在ダンジョン内に人がいるということになる。
それが誰かはわからないが、共演できたら再生数が伸びてお小遣いが効率的に稼げそうだ。
そう考えると興奮してきた。
「この先で誰かと出会えるかも知れません! 早速行ってみましょう!」
そして――。
扉の向こう、暗い道を突き進んだ俺は凄まじい光景を見ることになる。
うねうねとした触手に絡み取られ、今にも呑み込まれようとしている少女がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……っ」
目を見張り、思わず息を詰める。
ダンジョンの最奥。雑魚モンスターをかわせば意外と簡単に辿り着けたその場所に、もぞもぞと蠢く何かがいた。
懐中電灯を向ければ、赤とも青とも言えない気色悪い色が目に飛び込んでくる。
粘着質でドロドロ。見るだけで吐き気を催しそうになるモンスターの名前は……スライム。
スライムと言っても某RPGゲームのような可愛らしいものではない。
はっきりとした形をとどめず、弾丸をも簡単に受け止めてしまう体を持つと聞いたことがあった。
本当に
『もしかしてあれスライムじゃ?』
新たなコメントが書き込まれた。
それに追従するように、それまでROMっていたのであろう視聴者から次々と通知が来た。
『ほんとだ』
『CGじゃねえの?』
『スライムがEランクダンジョンなんかにいるわけないだろww』
『ちょっと詳しい知り合いに見せてくるわ』
『本物だったとしたら危なくね?』
『逃げろ配信者!!』
『おい!ちょっと待て!スライムの中に女の子が!!!』
初配信とは思えない再生数だな、と俺は現実逃避のように手元を見た。
百を超え、毎秒ごとに増えていた。百五十、二百、三百……止まりそうもない。
この世界におけるスライムは、年に一度発見されるかどうかの超レア級モンスターだ。
中級冒険者の一人が死亡、上級者でさえ何もできずに逃亡したという化け物は今、少女を襲っている真っ最中なのだった。
手足をじたばたと動かしてもがく彼女はきっと、俺の一歩先で仕掛けを解いた人物に違いない。
せっかく会えたのに、想像していたのと全く違う展開になってしまった。
さて、俺には二つの選択肢がある。
彼女を見捨てて逃げるか、助けるか。雑魚モンスターを一匹たりとも殺さずにここまで来た俺にとっては実質一択だ。
「でも……それじゃ夢見が悪いな」
スライムに襲われた人間の末路。
それは、全身を溶かされるようにして吸収されるという残酷なものだ。
見知らぬ他人だが、女の子がそんな目に遭うのを黙認して逃げ帰るなんて、あまりにも人でなしだろう。
視聴者に情けない姿を晒して笑われたくはないし――。
「助け出すしか、ない」
倒せずともいい。あの少女を連れ帰るのだ。連れ帰ってみせるのだ。
スマホを洞窟の壁に立てかける。これで俺の勇姿をしっかり配信し続けられるはず。
それから俺は、「行ってきます」と言って、スライムへと突進していった。
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