第129話:取材のための帰省7
「うわ、すごい行列だね。壮観だなぁ」
「せやろ」
宮入りのために移動を始めてわりとすぐ、ちょうさが連なる行列に一颯達が参加している地区のちょうさも加わった。
ずっと一颯達がいるちょうさについてきていた観客には遠慮してもらって、ちょうさが連なる行列からは出て貰っている。
その分、その行列を凄い数の人が取り囲んでいるのだが。
そもそもちょうさの大きさ的に道いっぱいいっぱいなので、反対車線に人が溢れない様先ほどからずっと注意が飛んでいる。
何度注意しても反対車線に立ち入って、そこから出ようとしない人たちがいたのだが、あんまりにも注意を聞かない人に深山がキレて複数人病院送りにした後は皆粛々と従ってくれている。
まあ注意が飛ぶ前に反対車線に出るなという話ではあるのだが、興奮している人たちの耳にはあまり届かなかった様で被害が出てしまった。朧は深くため息を吐きだしたし、矢馳もハゲの呪いを飛ばそうとして一颯に止められて不服そうにしていたし、そんな一颯の目は遠くなっていた。
行列は進みが遅く、のろのろ進行か、止まっているかの時間が長い。だからか、一颯達は写真や動画をとられまくりである。
まあ、祭だからと許可したのは彼女たちなので甘んじて受け入れているが、たまに深山のこめかみに青筋が浮かぶので、撮影している人たちの中に不愉快な人が混ざっているのかもしれない。あいにく一颯にはそれが誰でどこにいるのかさっぱり分からないけれど。
注意されてもそれを無視した人たちにキレて病院送りにした先ほどとは違い、まだ我慢がきいているのは、撮影を許可していることも大いにあるのだろう。
こうなるのは予想がついていたし、事前に一颯からも伝えられていたので。
ただそれでも我慢の限界もあるのだろう、たまに腰から触手が出たり入ったりしている。問答無用で血を吸い上げようとはしていないが、あと少し限界を超えれば多分、先ほどの様に病院送りになる人たちが出てくるはずである。今は周囲を威嚇する程度で留まっているのでこれ以上刺激しないでほしいところである。
一颯たちが参加している地区のちょうさは丁度行列の真ん中くらいにいるのでもう少し宮入りには時間がかかりそうだ。
それまでどうか深山が持ってくれればいいなぁ、と彼女の横に座る一颯は遠い目をした。
「おーし、少しの間自由時間や!」
無事に宮入りした後、代表の言葉が響いた。
一颯は彼や従兄に少し離れると伝えて奥に見える立派な建物へと向かった。
それに合わせて人も沢山付いてくるが気にしていたら御祭神の方々が降りてきているかの確認が出来ないので無視しておく。
「あ、いらっしゃるね」
「降りてこれるんだな」
見えてきた建物の正面、ニコニコとあたりを見渡している神々を見つけた深山と矢馳が呟く。
神々のすぐ近くにはこの八幡宮の神職の人もいて、一颯達に気づいて会釈してきたので会釈を返してそちらに近づいていく。
「すみません、わたしたちが来た所為で人がすごくなって」
「なんの、なんの。有難い限りです。神々も例年以上に楽しそうですし、ええことです。ただ、まあ、わたしは神々の御姿は見れるのですが、お声は聞けないタイプでして……信仰云々ではなく、能力の所為だとは神々から伝えられているのですけれども。まあそれでも神々がとても楽しそうなのは見るだけで分かりますので、なんもいう事はありません」
神職の人の横でうんうんと神々が頷いているのが見える。
金刀比羅宮の神職の人達の中にも姿だけ見える、声だけ聞こえる、気配だけ感じるという人もいたので、神職だからと言って必ずしも姿が見えて声も聞こえるわけではないと一颯たちも知ったので、驚くことはなかった。
「神々は本殿、本宮付近から動けないとお聞きしましたが、祭の時は降りてこれるんですね」
「ええ。祭りだけは特別らしくて」
「あ、えと、すみません。祭の前日に本殿の方にご挨拶に伺ったのですが、その、いらっしゃらなくて、今日になって申し訳なく……あ、ありがとございます」
「神々はなんと?」
「気にするな、と仰っている」
ぺこぺこと一颯が頭を下げているのが不思議なのだろう神職の人が尋ねれば朧がそう答える。
そんな神々の近くの机の上には屋台の食べ物がずらりと並んでいる。
一颯がそれを見たのに気づいたのだろう神々が、「食べたかったから買ってきてもらった」「おいしい」「祭りを堪能しながら食べるのは格別」など色々と話してくれる。
確かに、と思わず頷いた一颯にそうだろうとばかりに嬉しそうな声が返ってくる。
ただ、人目に付く様にでーんと置かれたそれらが知らぬ間にちょくちょく数を減らしていく様を神々の姿を見ることが出来ない人達のうち誰も不思議に思わないのだろうか、と心配になる。
まあ、周囲も今は一颯達がここにいるから注目が集まっているが、一颯達が引けば視線はおのずと逸れるだろうし、一颯達がいなかったとしても目の前でずらりと並んでいるちょうさに視線が行くので案外気づかれていないのかもしれない。
暫く神々や神職の人と話した後、一颯たちは途中で合流した友人と従兄を連れて屋台へと繰り出した。
「主、主!あれ!」
「あーはいはい」
ぐいぐいと一颯を引っ張っていく矢馳に全員がついていく形で彼らが気に入った屋台の品物を片っ端から購入していく。
すでに朧の両手は塞がり、ビニール袋を提げているし、深山はビニール袋を下げた状態でたこ焼きを食べている。
一颯も矢馳に掴まれていない方の手で食べかけのフランクフルトの棒を握っているし、友人や従兄も各々買い込んで食べながらついてきている。
なりは立派な成人男性なのに中身は何時まで経っても無邪気で元気な少年のままな矢馳に一颯はずるずると引っ張られていくし、朧と深山も何も言わずについていく。
「そういえば別地区に素行の悪い者がいると聞いたが、我らに突撃してこぬな?」
「あー、その地区の知り合いに聞いたんすけど、周りが全力で止めとるみたいで。やけん来んみたいです」
朧の問いに真鍋が答える。その横で他の友人も従兄も頷いているので本当の事なのだろう。
「ふむ、気を使わせたか」
「わたしが血を吸うだけなんだけどな?」
「それがダメなのであろう。ここに来るまでの行列時にマナーの悪い者たちを数人病院送りにしたというのも広まっているのだろうよ」
「数人……?」
朧の言葉に友人たちの頬が引きつる。
道中キレた深山の餌食になった人数は両手で足りないのだが、そうか、朧の感覚では数人なのか、と心の中で戦慄した。
しかもその餌食になったのはぽつぽつ時間をおいて数人ずつというのが積み重なって、というわけではなくて一気に出た被害人数である。お陰で深山の肌が艶々している。
「矢馳、一回食べて持ってるもん減らさん?それ以上どう持つん?」
「……確かに!」
少しだけ前にいる矢馳は一颯に言われて屋台巡りの足を止めたので、朧たちと一緒に道の端へと避けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます