第126話:取材のための帰省4





 お世話になる地区への挨拶は夜だったので、一度実家に送ってもらってそこでダンジョン省の女性とは別れる。

 次会うのは帰る時である。


「迎えに来たでー」


 早めの晩御飯も食べて寛いでいた所にひょっこりと従兄がやってくる。


「あれおじさんは?」

「親父は車ん中。運転はおれや」

「この人数乗れるん?」

「うちの車でかいけん問題ない」

「ほうか。ほな、行こうかな。行って来るー」


 両親や祖父母、妹にそう声をかけて一颯たちは従兄の車に乗り込んだ。


「おう、よろしく頼むで」

「そらこっちの台詞やわ」


 助手席に座っている叔父が体を捻って後部座席に乗り込んだ一颯達に声をかけてきたのでそう返す。

 従兄が言うように車は大きくて、後部座席が2列になっていたので1列目に一颯と朧、その後ろに矢馳と深山が乗り込む。


「ほな出発するで」

「一応昼間に見に行ったんやけど、代表がまあ挙動不審でな、その場におった若い衆とかがめっちゃ怪訝な目ぇしとったわ」


 カラカラと叔父は笑うが、それ、大丈夫か?と一颯たちは心配になった。


「そういえば、前回主の帰省に付いてきたおり、主の家は女しか生まれない女系だと聞いたのだが、汝は男だな?主の母方の従兄であると前回聞いたのだが」

「ああ、それ?女系なんは一颯んでもある本家だけやで。そっから他所に嫁にいったらその限りやないし分家もやな。よう分からんけど、本家だけが完全な女系なんやって」

「昔は分家から養子とったこともあったらしいんやけど、本家に入った途端、生まれてくる子は全員女になるから、もう本家の女が家を継ぐようになったんやて」


 従兄の横から叔父も説明を入れる。


「汝の家系、何かあるのでは?」

「あるんかな?うちの家、遡れば起源ここにないしな。随分昔にここに引っ越してきて根付いた家なんよ。実際、今まで小中高と地元の学校通ってて“土方”なんてわたしの家以外で聞いたことなかったし」

「おれも全部は分からんけど、一颯んとこの地区で県外から引っ越してきた人とかでない限り“土方”は一颯んとこの一族だけの苗字やな。ここらではかなり珍しい苗字やで」

「神さんの存在が神話の話やなくて実際に存在してるって知った今ではなんかあるとしか思えんけど、まあええんでない?義姉さんらもなんも困ってないし」


「一応、一颯んとこは妹が継ぐんやろ?後数年岡山で過ごした後戻ってくるっていう話聞いてるで」

「あ、そうなん?」

「まあ一颯はダンジョン創造主やし、そうやなかったとしても結婚出来るか分からんくらいの陰キャ引きこもりやけんな!」

「……事実やけど腹立つわ」

「はっはっは!」

「で、兄ちゃん彼女は?」

「……聞くな」

「はよ嫁捕まえて来てくれんかなぁ、こいつ」


 従兄は一颯の2つ上なので、本当にもういい年である。

 一応、従兄の1歳下にもう1人、一颯にとっては従姉がいるが、そちらにも結婚のけの字も出ていないのである。

 叔父が遠い目をするのも分かる。

 何せ母方従兄妹連中の中で真っ先に結婚したのが一颯の妹なので。

 叔父の家も家で家業があるので、それを継ぐ兄が結婚していないのは後継問題があるのだろう。

 一颯のところは妹が結婚したので後継問題から一抜けしているので大変だなぁくらいの感想なのだが。


「まあ今お見合いサイトに登録してるから、時間の問題やわ。あと、あんま使いたくなけど、おまえの従兄っちゅう最強のカードがあるけん、まあ、なんとか?なったら……いいなぁ」


 信号待ちで止まっているのをいいことにハンドルにのしかかって深くため息を吐きだしている。


「わたしの名前でつられてくるんは碌なんおらんと思うけど?」

「それなー」


 そんな嫁ほしい?と言わんばかりの一颯の言葉に従兄も頷きを返した。


「お、ここや。ついたで」


 叔父の言葉と共に従兄がハンドルを切ってとある倉庫のような建物の近くに車を寄せて、道端に止めた。






「お疲れさーん」

「なんや三好んとこの。来たんか」


 車から下りた叔父に倉庫前にいた男性が気づいて声を返す。

 車内では三好?と聞いてきた朧に「おじさんとこの苗字」と一颯が返している。


「代表おるか?」

「おるで。おーい!三好んとこのがお前呼んどるでー!」


 男性の声の直後、慌てたように出てきた、ちょっと額の広い男性。

 彼が代表なのだろう。


「おう。連れてきたで……っちゅうか、お前大丈夫か?汗凄いで」

「す、すまん……もう緊張しっぱなしでな……」

「なんや?連れてきたって……?」


 代表の慌てっぷりに倉庫内にいた面々もひょっこりと顔を出す。


「おじさん、出ても大丈夫?」

「おう、ええで!」


 返事を返した叔父が立っている場所の反対側の扉をあけてひょっこりと一颯一行が車外に出ていく。

 その時見えたとても目立つに倉庫から顔を出していた面々も含めて騒めきが起きた。


「ど、ども……あの、ほんま有難うございます。明日、明後日、明々後日はお世話んなるます」

「い、いや、ほんまうちでええんか分からんけど、よろしく頼んます」


 一颯の挨拶に代表が頭を下げる。


「はぁ!?朧さま、深山さま、矢馳くんやんけ!!なんで土方さんが来とるん!?」

「あ、そういや三好んとこは土方さんとこと親戚や。三好の嫁が土方家の出や」

「それでなんでここに!?ていうか代表のよろしくってどういう!?」

「明日から3日間よろしくって……!?」

「おう、お前ら落ち着ぃ。秋祭りの間、一颯とこいつらがうちのちょうさに付いてくるけん、よろしく頼むわ」


 叔父がカラカラ笑いながら伝えた言葉に暫く沈黙が降りた後、驚きの声が上がった。


「さ、騒ぎになるん分かってるんやけど、祭に興味津々な子がおるけん、ほんま申し訳ないんやけど、お願いします」

「悪いな。楽しみなんだ」


 すまなさそうに頭を下げる一颯の横で矢馳が眉を下げている。

 なるほど、矢馳が興味を示したからか、と混乱する頭で何とか納得していく。


「おじさんがおる地域やけん、無理言って許可もろたんです」

「や、それは……かまんのやけど。おい代表!?なんで黙っとったんや!心臓に悪いやろがい!」

「そうやそうや!こっちに覚悟決める時間くれてもよかったんちゃうの!?」

「い、いや、事前に知らせたら多分あっちゅうまに広まって、普段祭に来んような親戚来てとんでもないことになりそうやったけん、黙っとったんや」

「そらそうや!」


 キレ気味に納得の声がぽつぽつと上がる。

 言われてみればその通りなのでなんも言えねえ!と言わんばかりの表情を作っている人が多い。






「あれ!?土方!?なんでここにおるん!?」

「ん?あ、真鍋やん」


 背後から聞こえてきた声に反応して振り返った一颯は、顔見知りなのだろう驚いた様子の男に呑気に久しぶりと声をかけている。


「帰省してるん知っとったけど、なんでここに?」

「というか、こやつは誰だ」

「こいつは、中高と同じ学校かつ合わせて6年ぶっ通しで同じクラスやった腐れ縁の真鍋」

「ど、どうも、土方と6年間学校もクラスも同じやった真鍋言います。で、なんでここにおるんや自分」

「明日からの祭りで、ここのちょうさについていくから?」

「は?はぁ?!おまえらどんだけ目立つ思うてるん!?構わんけど!構わんけど!!楽しんで行けよ!!」

「おう!楽しむぜ!」


 矢馳の元気な声に、真鍋の顔が「あ、察し」と言わんばかりの表情になった。


「せやけど、かまんの?無断撮影多発するやろうし、大丈夫なん?」

「祭りの間だけ許可しとるけん、どんどん撮りぃ。あと、深山怒らせてもわたしの静止間に合わん可能性あり」

「……分かった。気を付けさすわ」


 軽快にやり取りする一颯と真鍋の会話を聞いていた他の面々も真剣に頷いた。


「この地区に残ってるん真鍋以外に誰がおる?」

「あー……お前と仲良かった連中でいうと、加藤と馬場は家継いどるけんおる。女やと、筒井がおるな」

「意外なやつがおるやん」

「あいつ家業の手伝いしとるけん、多分婿とって家、継ぐやろ。あいつ、兄貴と弟おるけど、どっちも県外出てるって聞いてるし。筒井は大学卒業後に大阪で就職したらしいんやけど、もう都会嫌やいうて去年、こっちに戻ってきたんよ」

「そうやったんか」


 おじさん連中に連れられて倉庫の中にあるちょうさを見せて貰っているらしいテンション高い矢馳の声が聞こえてくる。


「主!主!法被貰った!」

「おー、良かったなぁ」

「でな、祭の間、おれもちょうさの担ぎ手やってもいいか?!」

「みんながええなら良き。わたしはついてくだけなんで」

「我も主についていく故、汝は楽しむと良い」

「わたしも主様についていよ」


 この地区の法被を着てうきうきしている矢馳の少し後ろにいる代表に視線を向けるとにっこにこの笑顔で頷いている。

 緊張はどこかに飛んで行ったのだろう、自然体だ。


「やったぜ!よろしくなー!」

「おう、一颯らにも法被用意してるで」

「ええの?なら有難く着させてもらうます」


 叔父がぽんと折りたたまれた新品の法被を人数分一颯に手渡してきたのでありがたく受け取った。


「矢馳、テンション上がってわたしから半径10M以内から出んようにな。強制的にダンジョンに帰りたくないでそ?」

「!き、気を付ける……」

「なんや護衛にはそういう決まりあるんか」

「おん。10M以上離れることなんてそうそうないんやけど、今回は分からんですし?わたしはついていくだけで、矢馳は担ぎ手に回るんやったらそこそこ距離あきそうやし」

「ならおまえら担ぎ棒に乗ればええわ。掛け布団とこ座っとればええ。構わんよな?」


 叔父が代表を見ながら提案してきたことに目を見開く。


「は?ええの?うちの春祭りんとこのちょうさやと女の子も担ぎ手してるけど、おじさんとこ男ばっかしかおらんやん」

「子供はよう乗ってるで。あと、お前ら乗ってくれた方が色々助かる。人が寄ってくるのとかある程度防げそうっていう意味でやけど」


 真鍋の言葉に代表たちも頷いているのでその方が良いのだろう。

 ならば、と一颯も了解の意味で頷いた。


「あー……」

「掛け布団?」

「土台んとこの担ぎ棒の上に前後左右に乗ってる4枚の四角くて分厚い座布団みたいなやつのこと」


 深山の疑問に一颯が答える。


「その掛け布団の横っていうんかな、そこに丁度、木の棒が組まれてるんがむき出しになっとって、そこ座れるんよ」

「なるほど」


 実際に倉庫に入ってあとちょっとで組み立てが終わりそうなちょうさの該当部分を見せられた朧が頷く。


「明日はまだ平日やけん、学生はおらんのやが、学校終わりの後は来るやろうし、土日は例年以上に増えるやろなぁ。担ぎ棒からあぶれた連中もついてくるやろうし、他の地区の連中から羨ましがられそうやし」

「おう、おれらは家帰っても誰にも土方さんらが来ること言わんぞ!」



「その心は?」

「おれらだけが驚きで心臓痛めたんは気に食わん!全員びっくりして心臓飛び出せばええわ!!」



 高笑いしそうなほど笑い声をあげるこの場にいる1人の言葉に全員が頷いた。







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