第124話:取材のための帰省2
「早まったかもしれん」
それが、金刀比羅宮の石段を見上げて放った一颯の絶望の第一声目であった。
帰省2日目、事前に持たされていた薬師兎印の睡眠薬と気付け薬で夜寝て朝起きた一颯を迎えに来たダンジョン省の人と一緒に金刀比羅宮へとやってきている。
車から降りた時点でその場にいた人達に2度見されて騒がれつつ、表参道を通り抜け、たどり着いた先。
取材の一環だと思って車で乗り込むルートではなく、石段登りルートを選択していた一颯は登る前から心が折れそうになっている。
「汝が選択したルートであろうが」
「主、もやしだもんなぁ」
「生粋のインドア派が挑むにはきつそうだね」
容赦ないモンスター3人の言葉にうっと胸を抑える。
ちなみについてきているダンジョン省の女性も頬を引きつらせて石段を見上げているので、恐らく一颯の仲間だろう。石段きついという意味で。
「ま、休み休みいこうぜ!」
にかっと笑って矢馳が昇り始めると、深山もそれに続く。
そして、諦めた様に深くため息を吐きだして一颯と覚悟を決めた付き添いの女性も登り始め、それを追いかけるように朧もやれやれと言わんばかりの表情で登り始めた。
ぜえひい言いながらものろのろ石段を登り、到着した大門。
石段登りで真っ先にダウンしたのは予想通り一颯。ついでダンジョン省の女性。
モンスター3人はピンピンしていて、矢馳や深山は一颯と女性を応援していたし、朧はため息を吐きながらのろのろ登る一颯についてきていた。
「約束の時間は大丈夫か」
「じ、時間は、も、問題なし……まって、休憩……」
「休憩できる場所あるか?」
きょろきょろあたりを矢馳が見渡しているがそれらしき場所はない。
端によけたとしても、もうすでに注目の的の彼らはどうあがいても邪魔になるだろう。
息も絶え絶えの一颯にそれよりはましだがへろへろのダンジョン省の女性。
「も、もう少し、いけば……御本宮の下あたりに、カフェレストランがあるらしいの、ですが……すみません、他は把握しておらず……」
「わたしも、もう、何年も来てないんで、分からん……」
「主様も君もそこまで持たないよね。まだ先はあるわけだし」
「仕方あるまい」
「あー……」
ため息と共に朧の尻尾が一颯に巻き付いてそのまま持ち上げた。
「朧さま、それ主の腹がやばいことになるだろ」
ため息と共に矢馳が手足をぷらーんとたれ下げ、されるがままに持ち上げられていた一颯の態勢を整えてやり、朧の尻尾に座るような形に整える。
「これでよし!あ、朧さま、これで大丈夫か?主運べる?」
「問題ない」
「君はわたしがおんぶしようか。矢馳の方がいいかな?」
「す、すみません……深山さまで、お願いします」
まだ同性の方が安心できるのか、ダンジョン省の女性は断る方が色々と迷惑になると判断し、深山の背に負ぶわれた。
「じゃあおれは主が落ちない様に補佐すっかな!あと、荷物持ち!」
「主よ、汝はもっと体力をつけるべきであるな」
「すまぬ、すまぬ……根っからの引きこもりゆえ……」
「帰ったら散歩から始めような!」
「ひぇ……お外に出される……」
「本にも虫干しは必要。汝にもそろそろ必要であろう」
「わたしは本だった?」
一颯とダンジョン省の女性の体勢が整ったのを確認してから石段をするすると登り始める。
一颯たちのスピードに合わせる必要がないので本当にもうするすると石段を登り進めて行くので流石モンスターと心の中で感心する。
「時間は大丈夫なのだな?」
「おん……わたしがくたばるの見越して多めに見積もってるんで、このままのスピードでいくと結構早めに着くと思われ」
「ふむ、遅れるよりはましであるな」
「早く着いたのならその分あたりを見て回れるし、いいんじゃないかな」
朧の言葉に深山も頷いた。
「ついたぞ。ここであろう?」
「おん、御本宮の近くにある授与所に声かけてくれって言われてるんやけど……その前に下ろしてクレメンス……」
「深山さま、ありがとうございました」
「構わないよ」
尻尾に座らされていた一颯を地面に下ろし、あたりを見渡す。
まあ見渡すと言っても彼らを遠巻きに取り囲む参拝客であふれているので良く見ることは出来ないのだが。
「とりま、お参りしにいこ」
「うむ、確かに挨拶は大事であるな」
「お賽銭、お賽銭……。矢馳、荷物」
「おう!」
矢馳から鞄を貰って財布をだし、5円玉を彼らの手に乗せる。
「あ、わたしは自前で用意しておりますので」
ダンジョン省の人にもと一颯が差し出したのを断り、彼女も矢馳が持ってくれていた鞄を受け取り財布を出した。
「主、何故5円玉なのだ?」
「なんだっけ、ご縁がありますようにっていう語呂合わせ……だったような」
「そのとおりです。こちらではお賽銭として結構メジャーですね、5円玉。他にも語呂合わせあるんですよ」
「え、知らないです」
「まあ、一般的なのは5円でしょうし、問題ないかと」
「はえー……」
「そうなのか。ご縁……ガチャか?」
「……違うとは言えない」
朧の言葉に一颯がしょっぱい表情になる。
「では行きましょうか」
「はい」
ダンジョン省の女性の言葉に頷いて一颯たちは本宮へと足を向けた。
「………あー、そうか……」
「……うそやん?」
「うーん……そうか、こう来るんだね……」
「担当さんがおれら行く寸前に言葉濁してた理由これかぁ」
「え、皆さまどうされました?」
本宮前に来た瞬間、何かを見たらしい一颯、朧、深山、矢馳がなんとも言えない表情になった。
1人だけ分からないらしいダンジョン省の女性がおろおろしているけれど、今の一颯に彼女を気遣う余裕はない。
「えっと、な。本宮の目の前で満面の笑顔向けてきているその、神さまたちが、いて……な。あー……金刀比羅宮の御祭神さま方がな、お出迎えというかなんというか……」
「え」
矢馳のとぎれとぎれの説明でダンジョン省の女性が濁点が付きそうな潰れた声をあげた。
「待ってください。土方さんの目にも映っていらっしゃるのですか……?」
「はっきりと……。創造主やからですかね……」
「わ、わたし、ど、ど、どうすれば……!?」
「……神さまたち目の前にしてお賽銭投げていいものかどうか……え、あ、ありがとうございます。それでは、その、遠慮なく……」
「何をおっしゃって……!?」
「遠慮なく参るが良いと、仰せだ」
何とも言えない表情のまま、朧が答え、一颯が恐る恐るお賽銭を投げ入れると、それに朧達が続き、慌ててダンジョン省の女性もお賽銭を投げて手を合わせた。
ちなみにダンジョン省の女性はこの時、頭真っ白で何をお願いしたのか、何を思っていたのか一切覚えていないと後に供述している。
「人の子の祈りは心地よいものだ、とおっしゃっている」
「ひぇ」
祈りを終えて目を開けた後、朧から告げられ、喉から引きつる様な声がダンジョン省の女性から漏れ聞こえた。
「と、とりま他の参拝客の邪魔になるんで端によけよ……」
「そうであるな」
御前失礼しますと会釈してそろそろと端の方に一颯達が移動するが、その目はちらちらと斜め前方に向いているので、多分、おそらく、きっと、神々が付いてきているのだと気づき、ダンジョン省の女性の、ただでさえ伸びている背筋が更に伸びた。
その後、一颯や朧たちの通訳を挟みながらも恐れ多くも神々に挨拶し、会話を続けていれば、慌てたように神職の人が数人駆けつけ、一颯たちは彼らに案内されて本宮を離れた。
ちなみに一颯たちはまず真っ先にエリアのモチーフにしたことの詫びと感謝を伝え、鷹揚に許しの言葉を頂いたようである。
なお、神々は本宮付近以外には出られないようで、途中で名残惜しそうにしながらも見送っていたそうだ。残念ながらダンジョン省の女性は姿も見えなければ声も聞こえないので一颯のいう事を信じるのであれば、だが。
「すみません、出迎えが遅くなりまして……」
「いえ、早く着いたのはこちらなので。その、なので、先に御本宮に挨拶にとお参りしようとしたらその……」
「……なるほど、そういうことでしたか」
連れられてきた建物に入った後、神職の人はほっと息を吐き出した。
「あの、神々が御本宮にいらっしゃるのは、その、御存じなのでしょうか」
そろりと話を切り出したダンジョン省の女性に神職の人はゆっくりと頷いた。
「ええ。神職についている人間の間ではもう常識なのです。ここだけではなく、他の神社も同様でして。ただ、神々は御本宮付近からは離れられないらしく、御本宮以外でお見掛けすることはないのですが」
「そ、それは……あの」
「世間が混乱すると判断し、我らの間だけでの常識としておりました。中には一般の参拝者にも神々の御姿を見ることの出来る人もいるようですが、そこまで話題にはならず。どうやら見間違いか幻覚かと思うようでして。流石に我々はそうもいきませんでしょう?」
「な、なるほど」
何とも言えない笑みを浮かべる神職の人にこれまた何とも言えない表情で頷きを返す女性は大分混乱しているようである。
「おっと、すみません。本日担当させていただく者でございます。なんなりとお聞きください」
御祭神の話だけで時間が潰れると思ったのだろう、神職の人が姿勢を正し、一颯達に挨拶してきた。
「あ、えと、本日はよろしくお願いします。早速で申し訳ないのですが、ダンジョン省から軽く話はいっていると聞いています。その、今回新エリアにこちらの金刀比羅宮をモチーフさせていただいた場所を作りまして。その、出来ればお祭りをダンジョン内でやりたいと思い、実際に話を聞きに来た次第です。
その、香川に住んでいた頃は初詣には来たことがあったのですが、それ以外で足を運んだことがなく、またこちらのお祭の様子を探したのですが、探し方が悪いのか、出てきた動画では今一把握できず、お祭の記事で文字や写真も拝見しましたし、こちらのホームページでも確認させていただきましたが、それだけでダンジョン内の祭りを作るのに納得がいかず、こうして取材をお願いした次第です」
ぺこりと頭を下げた一颯に納得した様に神職の人は頷いた。
「なるほど、土方さんは香川出身の方と聞き及んでいます。こちらにも来たことがあるとのこと、嬉しく思います。まあ地元の人以外は祭の事は分かりませんよね。どういうことを聞きたいのでしょうか」
そこから許可をとり、ボイスレコーダーを起動させ、更にメモ帳代わりのノートを広げて一颯の怒涛の質問が始まった。
神職の人も嫌な顔1つせず、丁寧に教えてくれ、時々朧たちからの質問も入りつつ、事前に話を通していたからか、資料やここ数年の例大祭の様子を映した写真なども見せてもらいながら時間はどんどんと過ぎて行った。
途中でお茶も出されたのでありがたくいただきながら途切れることなく次から次へと質問をし、神職の人もそれに詰まることなく答えるという応酬にダンジョン省の女性が目を白黒させていた。
「おや、もうこんなに時間が過ぎているとは」
「すみません、次々と」
「いえいえ。むしろそこまで聞いてくださったことに嬉しく思っているくらいですよ。この後はどうされます?参拝時間はまだありますが」
「出来れば奥社にも行きたかったのですが……」
「奥社は行ってすぐに帰る事になりそうな時間ですね」
「ですよね」
神社の時間、事前に調べていた限り、奥社の方が本宮に比べて1時間早く閉められるらしい。
今からだと朧たちに運ばれたとしても周囲を見る時間はとれないだろう。
それほどまでに質問攻めをしていた一颯はびっちりとメモをとったノートを見て反省した。
「失礼いたします」
「おや、どうしました?」
一颯たちを通した部屋の扉、そこに困った顔をした別の神職の人がいて、彼女たちの対応をしてくれていた人が訪ねる。
「その、神々が土方さんたちはこの後本宮に来るのか、どうなのか、と」
「……伺わせていただきます」
ノーと言えるわけがねえ!とばかりに重く頷いて一颯たちは立ち上がった。
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