第121話:新エリアPV







 PV撮影は恙なく終了した。

 最終日は奉納試合の1部分の撮り直しがあっただけですぐに御神輿の撮影に移り、こちらもほどなく無事に撮り終われば完全な自由時間となり、帰る人は誰もおらず、全員がのんびりと解散時間ギリギリまで探索して帰っていった。







 βテスターたちを現実世界へと帰した後、一颯はモンスターたちだけで撮れる残りの動画素材を撮り、PV作成へと移っていった。

 既に曲は用意してある。

 だから後は作っていくだけだったのだが。



「やばい、尺内に収まらぬ」

「曲をループさせるか?」

「それは嫌でござる」


 使いたい場面が多すぎて用意した曲の尺内に収まってくれないことに一颯は頭を抱えた。

 しかも、曲に合わせて場面を繋いでいこうとしても、タイミングがずれる。

 そう、使いたい場面が多すぎる所為で。

 事前にそうなるかもしれないとは考えていたが、本当にそうなってしまって唸っているのである。

 プロならば尺内に収めろ、というところではあるが、何度も言うが、一颯は作曲家であって、動画クリエイターではないし、これはある意味で仕事だが正式な仕事ではない。

 だからこそ色々と好き勝手出来るのだが。しかも自分のダンジョンのPVなので本気で好き勝手作れるわけで。

 一颯の仕事部屋でひすいといなほを撫でまわしていた朧が提案するとそれは嫌だと首を横に振る。



「……しゃあない。もう1曲作る」

「間に合うのか?」

「大丈夫。もともとどっちにするか悩んでたのがあるんよ。それを仕上げてええ感じに繋げて尺伸ばして、構想ちょっと練り直す。PV2つ作るんもありかとも思ったけど、ちとそれじゃない感があってやめた。尺伸ばす方向でおk。あと今回はNG集というか、面白場面集をまとめたんも一緒に出したい」

「ああ、錦の腹筋がやられっぱなしだった場面がいくつもある故、良いのでは?」

「錦、最後の方は笑いすぎて無の境地におったもんなぁ……」


 本当に奉納試合の時は裏に引っ込んでてくれて良かったと思わずにはいられない。

 なんせ、後で撮った物を見た錦が爆笑して陸に打ち上げられた魚よろしくぴくぴくしていたので。



 一颯がPVを作るのにはそこそこ時間を要した。

 何せPV楽曲をほぼ作っていたと言っても、もう1つ用意したうえで違和感なく繋ぐ作業に伸びた尺に合わせて動画を作り、おまけにNG集なんてものも作ったので。

 配信にはPVまだー?なんてコメントも結構寄せられていたそうである。

 一颯は作るのに必死で朧に引きずり出されない限り仕事部屋にいたので見ていないが、馨や繊月たちが教えてくれた。





 そして本日、PVが神様配信動画サイトにアップロードされた。

 NG集と言う名の面白場面集は明日、アップロードされる予定である。














 いつにもまして長いPVの始まりは神楽鈴の幾重にも連なる音から始まった。

 画面にぼんやりと映り、少しずつ輪郭を形成していくのは山道を歩いている自衛隊たちの姿が映された静止画。

 神楽鈴の音だけが鳴る中、自衛隊たちの静止画は徐々に登っていく様に場面を切り張りされるように映されていく。

 静止画が幾つか映された後、自衛隊のそれに、彼らではなくミニマキッツネとユキキッツネの姿が映ったものが紛れ込み始める。

 どこか畏れを感じる山に神楽鈴のどこかぞわりと背筋が泡立つような連なった音。

 それらに目を、耳を奪われていればひときわ大きく短く鳴った神楽鈴。


 1拍音が止み、また涼やかな鈴の音が響き渡り始めて静止画だった自衛隊の人達が動き始める。

 視点は彼らを背後から映す。そして、彼らがたどり着いた場所。

 ぴたりと足を止めた姿を視点は追い越し、神社の様な建物を映した後に石造りの鳥居を映して後ろへと引いていく。


 画面には鳥居の傍に立って景色を眺める自衛隊員の後ろ姿が映し出され、彼らを追い抜く様に視点はスピードを上げて鳥居を潜り抜けて、ぴたりと止まる。


 そこに映し出されたのは、眼下に悠然と広がる新エリア。

 ドン、という和太鼓の太い音と共に暗転。




 更にドン、と和太鼓の音が響き、金の文字で「土方ダンジョン 新エリア」と筆で書かれた様に現れ、滲んで消えた。




 太い和太鼓の音に重なる様に軽やかな別種の和太鼓の音が混ざり、祭囃子で使われる篠笛しのぶえの音が響き渡り、暗転していた画面に夜の門前町エリアの坂道に妖狐の衣墨と白夜が狐面で顔の半分を隠してこちらを振り返る姿が映り、その姿がふっと消えて道端に屋台が出現し、賑やかにそれらを見ている浴衣や甚平姿のβテスターたちが映し出される。

 だが、鮮明な姿は突如ぼやけ、画面中央に狐面をつけた弓弦と矢馳他、狐人がこちらを見つめる様に佇む姿が映る。周囲はぼやけているのに、狐人だけやけに鮮明に輪郭を作り上げた姿にどうしてか目線が逸らせない。


 1拍の後、神楽鈴が大きく鳴り響き、画面転換。

 神社の前から狩衣の様な装束を来た担ぎ手が神輿を担い石段と坂道を下っていく姿が映り込む。

 篠笛の音は止み、和太鼓としょう篳篥ひちりきの音色が響き渡る中、相変わらず神楽鈴は鳴り続けている。


 神輿の歩みはどこかゆっくりと進んでいく。

 そこに、画面がぶれて朧を先頭にした土方ダンジョンのモンスターの行列が映り込み、また神輿の歩みへと戻る、というのを数回繰り返した後、視点は横から映していた光景から後方へ下がり、前方を映す。

 映し出された先にはPV最初に映ったそれよりも大きな石造りの鳥居。


 視点は神輿を追い越す様にスピードを上げて近づいていき、鳥居を潜って空を映して場面は暗転。




 そして曲が途絶えたと思った瞬間、和太鼓が激しく打ち鳴らされ始める。そこにベースやギター、もちろん他の和楽器も加わり明るくアップテンポなものへと変化し、画面がぱっと明るくなる。


 山の中を調査するβテスターの姿や盆地、田園エリアで野菜型のモンスターを引っこ抜いて慌てて応戦する姿、茶畑でイタチの様なモンスターと戦う姿や、鎧を着た鬼の様なモンスターと戦う姿、道を歩きながらステータス画面を表示して何かを話している人、茶畑や田んぼ、畑で採取している姿などが次々と映し出されていく。



 鳴り響く神楽鈴の連なった音。



 画面は夜明けの空と山城を映し出し、その天守閣へとズームしていく。

 そこには望遠鏡を横に空を見上げるβテスターたちの姿。そんな人たちがふと空から視線を下げると目を細め、何かを観察するような仕草をした後、目を見開いて天守閣の中へと入っていった次の瞬間、廻縁にわっと人が押し寄せ、眼下を見下ろし、すぐに中へと引き返していった姿が映り込むと、画面は四方を囲む山側から白い霧の様な物が広がっていく姿が映り、全てを白に塗り替えて画面転換。



 PV最初に映った鳥居と同じ場所が映り、盆地を覆い隠した朝焼けに染まった雲海と山城が映し出された。

 その光景は肌が泡立つ程に美しい光景で。


 それに見惚れていれば場面は転換して雲の上を探索するβテスターたちが映し出される。

 見たこともないような樹木を見上げ、採取可能な野草を観察する姿などが次々映し出され、またも場面は転換する。


 視点は上空。映し出されたのは上から見た城下町エリアで、中央を通る大通りにはちらほらとβテスターが歩いている姿が映し出された。


 視点はぐっと眼下へと迫り、大通りを歩く人々を背後から映しだしたところで画面の端から桜吹雪が押し寄せて映っていた物を覆い隠して場面の転換と共に神楽鈴の連なる音だけを残して他の音が消えた。


 そして神楽鈴の涼やかな音色と共に、白い弓が映り、武骨な指が弦をはじく様がアップで映り込む。弦をはじく音が耳に入り、次の瞬間、刀を手に舞う朧と錦の姿に変わる。

 時に刀を交え、時に動きを揃えて舞う彼らは時々手にしている刀が花びらを舞散らせる桜の枝へと代わり、瞬き一つで2人は消え、舞扇を手に舞う馨へと変わる。

 彼女もまた手に持つ舞扇が時々桜の枝に変わって桜の花びらを纏う。

 伏し目がちな彼女の両の目がアップで映し出された後、舞扇を閉じるかのように画面転換。


 またもアップテンポに戻った曲に、映ったのは何やら盛り上がっている観客に囲まれた舞台上で戦うβテスターたちの姿や、弓道の試合の様に的に矢を射るβテスターたちの姿。

 どんどんと曲が盛り上がるにつれ、目まぐるしく場面は転換を続け、そして神楽鈴がひときわ大きく鳴り響き、他の音が消え、映し出されたのは石造りの鳥居。


 その前に佇みこちらをじっと見据えるのは狛犬の白木と獅子の榊。

 またも神楽鈴が鳴り響き、画面は暗転。


 リリース日が金色の文字で現れてPVは終了した。









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